第2話 愛のメッセージ
新木家は執事であってもプライベートな時間と場所は持った方がいい、という旦那さまの考えのもとで、どの従業員も屋敷の外に住む場所を確保されている。
なのでオレの住まいは、新木家が借り上げた単身者用のマンションの一室。
暖己は春日井家の執事なので、昔ながらに、春日井家の屋敷内に住み込んでいる。
故に、仕事で会うことがあっても、日々のプライベートでは会うことなんてまずない。
それでも暖己は、年に数度あるかないかの休日を、ほぼオレの部屋で過ごす。
春日井家の私室以外に『暖己が私物をおけるような暖己だけの場所』というのはなくて、ずっとお仕えしますよっていう、暖己の心意気の現れなんだと思う。
そんな暖己の数少ない私物は、現在、オレのものみたいに扱われている。
いや、実際、暖己がオレのために手配したんじゃないかと、勝手に思っているくらい。
オレたちが学生の頃に流行った、オリジナル音声の目覚まし時計は、今でも毎朝指定の時間に、確実にオレを起こしてくれる。
『おい、起きろ、朝だぞ。おい、起きろ』
「ああ、おはよ……」
経年劣化してきたのか、少し割れているその音声は若いころの暖己の、少し照れたようなクールヴォイス。
たとえ録音されたものでも、それが暖己のものである限りは当然のように返事を返してしまう。
返事をしながら目覚まし時計を止めるのとほぼ同時に、スマホに入るメッセージ。
今朝もありがとう。
『おはよう。総会資料の提出を忘れないように。 追伸:大旦那様が、喜久子刀自の梅酒の出来を気にしておられる』
そっけないメッセージ。
けど、ほら、オレに会いたいと思ってくれているって、じわっと伝わってくる。
総会の資料というのは、半月ほど先にある春日井家全体の集まりの資料。
本家と分家がかかわっている事業全体の報告会と、親戚の集まり。
とはいえ、今年は大旦那さまのご意向で、次代の皆さま方の成績を見て今後の話をすることになっているのだ。
大旦那さまは春日井本家の総領で、対外的には隠居されている。
ウチの祖母にプロポーズしたのはこのお方で、今でもことあるごとにオレに言づけしたり、祖母を呼び出そうとなさって祖父に阻まれたりなさっている。
オレにはかわいらしい方で敬愛する方でもあるけど、春日井家の中では絶対的存在。
ご長男が春日井家当代を担われる旦那さまで、ご次男は新木家の当主。
オレがついているのは、この新木家のご長男の笙介さま。
今回の総会次第で、笙介さまの将来が決まる。
新木家を継がれるのか、新木だけではなく、春日井の事業に食い込んでいけるのか。
二十六歳とまだ若輩ではいらっしゃるけれど、笙介さまは才能にあふれた方。
きっと大丈夫とは思いつつも、下についている者としては、少しでも良い評価をされて欲しいと願うものだろう?
なのでここしばらくのオレは、ブラック企業もかくやという勢いで、いつも以上に仕事に励んでいるのだ。
そんなオレの邪魔にならないように、けれど気にかけているよと伝わるように、暖己はメッセージをくれる。
資料の締め切りだなんて、まだ先なのに。
祖母の梅酒なんて口実だろう?
わかっているから、朝からオレのやる気は満タンだ。
『おはよう。昼一番で梅酒をお届けする。大旦那さまによろしくお伝えください』
『くれぐれも味見はしないように』
返ってきたメッセージにふふふっと笑いがこぼれる。
オレは見た目に反して酒に弱くて、散々そのしりぬぐいをしてきたのは暖己。
自分のいないところでアルコールを呑むなと散々説教されてきた。
何なら、頼み込まれたこともあるくらいだ。
追加のメッセージはやっぱり暖己からの愛にあふれていて、オレは了解の返事を送りつつにやにや笑いが止まらない。
今日は運が良ければ、一瞬だけでも暖己の姿が見られるだろう。
さあ、これを励みに今日も頑張ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます