誓い

ふぁる

誓い

「その健やかなるときも、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も……」


 牧師が読み上げるその言葉を聞きながら、僕はチラリと盗み見る様にこれから自分の妻となる女性を見つめた。

 感極まって瞳を潤ませているのではと思いきや、彼女は笑いを押し殺した様に唇をきゅっと横に引き、上目遣いで僕を見つめ返した。


 シン……と静まり返る様子に、僕はハッとした。


「ち、誓います!」


——危ない、僕が答える番だった。

 慌てて放った声が僅かに上ずり、彼女は思わず顔を背けた。恐らく必死に笑いを押し込めているに違いない。


 牧師はそんな状況など慣れている様で、朗らかな笑顔を浮かべ、僕達を微笑ましそうに見つめた。


「これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くす事を誓いますか?」


「誓います」


彼女は、僕と違って良く通る声でハッキリとそう答えた。


 辺りの空気が突然神聖で厳かな雰囲気に包まれた。


 彼女のお腹の中には、既に僕との間に出来た新たな生命が宿っている。コロナ禍の影響で式が延期となってしまった為だ。誰よりも彼女はその生命を身近に感じているからこそ、誓いの言葉を口にする様子は覚悟が込められており、勇敢にすら見えたのだろう。


 僕達は負けない。


 これからどんな困難が行く手を阻もうとも、こうして誓い合った絆は何人たりとも断ち切る事などできやしないのだから。


 彼女のお腹に宿った生命が、例え障害を持った命であったのだとしても……。


 誓いのキスを終えた僕達を、祝福の拍手が包む事は無かった。


 この式は、僕達二人だけでひっそりと行われたからだ。僕の両親も彼女の両親も、障害児を産む事に反対だったのだ。

 彼女の母親の強い意向で出生前診断をし、その結果がだ。

 ただでさえ馬の合わない両親同士が、更に険悪となり、互いの子供のせいだと言い合う様子に嫌気が差した。

 友人達とも疎遠になった。どう言葉を掛けて良いのか、どう関わっていいのか悩んだのだろう。気持ちは分からないでもない。


 だから僕達は決めたのだ。この門出は二人だけで行うのだと。子供の誕生を祝う事のできない者など要らない。


 祝福の拍手が無いまま、僕達は式場から退場すべく、カーペットの上をゆっくりと踏みしめながら歩いた。静かで寂しくも思えたけれど、それでも彼女は微笑んだ。彼女の微笑みが美しく、明るく幸せそうで、僕も満面の笑みを返した。


 『少しも悩まなかった』というと嘘になる。僕は、子供を『困難』であると考えたからだ。どんな困難であろうと、二人で頑張れば大丈夫なのだと。そう言い聞かせようとした。


 けれど彼女はこう言った。


『私達なら大丈夫って、この子は選んでくれたのね』


 きれいごとだと言えばその通りかもしれない。


 でも、あの時の彼女の幸せそうな笑みを見た僕は、心の底から幸福に包まれたのだ。彼女が望むのなら、彼女が幸せなら、僕は幸福なのだから。

 もしかしたら、彼女だって精一杯の強がりだったのかもしれない。


『僕達は、幸福を手に入れたんだね。ありがとう』


 そう言った僕を、彼女は優しく包み込む様に抱きしめた。


『困難』なんかじゃない。僕達に舞い降りた『幸福』を、二人だけで独占できるのだ。


 式場の扉が開け放たれて、眩い光が僕達を包み込んだ。


「おめでとう!!」


 一斉に辺りから声が掛けられて、痛いくらいにライスシャワーを浴び、僕と彼女は瞳を白黒させた。


「二人だけでこっそり式を挙げるとか、抜け駆けは赦さないぞ!」

「そうだぞ、幸せは皆におすそ分けするものだっ!」


 腐れ縁と言っても過言ではない友人達がライスシャワーを投げつけ、僕は思わず「痛いって!」と叫んだ。


「節分の豆まきじゃないんだから、そんな風に投げつけるなよ!」


パチパチと顔面に生米を投げつけられ、痛くて目も開けられない。彼女が楽しそうに声を上げて笑い、僕を盾にして隠れた。


 久々に声を上げて笑う彼女に、僕は嬉しくなってじんわりと瞳が熱くなった。


——僕達は、覚悟を決めながらもずっと不安だったのだ。誰からの協力も得ずに、二人だけで険しくも冷たい社会で子供を育てる事が。


「ほーら、余ったやつも全部食らえっ!」


 籠を振ってざんぶと生米を掛けられて、僕は襟や袖の中や至る所が生米だらけで、身体が少し重くなった気がした。


「全く、無茶苦茶だっ」


 悪態をついた僕に、今度はぽこぽこと身体に鈍い感触を受け、一体何だと見つめると、僕と彼女の両親が花を投げつけていた。


「これなら痛く無いでしょう?」

「全く、黙って式を挙げるとは何事だ!」

「あら、怒らない約束でしょう?」

「そうだとも。二人共……いや、三人共。幸せになるんだよ」


「え……?」


——これは……驚いた。犬猿の仲とも言える程に不仲な両親同士が、まるでずっと昔から友人であったかの様に一緒になって僕達に花を投げつけている。


「……エイプリルフールか?」


ポツリと言った僕の言葉に、彼女が微笑んだ。


「仕方ないわね。皆に幸せのおすそ分けをしてあげるわ!」


そう言って、手に持っていたブーケをポンと高く投げた。

 彼女の言った言葉通り、勢いよく放り投げられたブーケはハラリと解けて、式場に駆けつけた全員の手にそれぞれ収まった。


 僕達は、これから全員で幸せへの道を歩むのだ。

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誓い ふぁる @alra_fal

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