ユウキの崩壊

ユウキの崩壊 1

 一限目が終わると直ぐにみのりが優希の机に飛んできた。


「優希!どうした?」


「うっうん、何でもない、大丈夫だから」


「何でもない人が泣かないっしょ」


 優希は硬直したように椅子から動かない。


「みのりん、おっは」


 振り向くと両腕を後ろで組みながら陽菜が立っていた。小首をかしげ軽くウェーブがかかったロングの髪を揺らす様は、自分が愛されるべき存在であるとを疑っていないように見えるし、実際にそう思ってもいるだろう。


「おう中川、昨日はゴメンな」


「昨日?」陽菜は首を傾げた。


「えっほら、優希が中川のハンカチ踏んじゃってさ」


「優希?誰それ?」


「はあ?」


「優希だよ、ほら昨日」


 みのりは硬直したままの優希をテーピングの中指で指さした。


「えっ?どこ?机しか見えませ~ん」


 陽菜は右手でひさしをつくりキョロキョロと見渡すと、教室中から失笑が漏れた。


「中川、何なんだよそれ?」みのりの声のトーンが下がる。


「だから~優希なんて人はこのクラスに居ないの、人の大事なハンカチを踏んで無視する人なんて人じゃないし、要らないし」


「はあ?昨日ちゃんと謝っただろっ」みのりは激高しながら陽菜に詰め寄る。


「みのりん、何怒ってんの?」


「陽菜どうしたの?」


「ん~分かんない」


 次々と陽菜と親しくしているクラスメイト達が寄ってくる。


「あんたらも優希をシカトする気?」


 みのりがめ付ける。


「んっ?優希って誰」


「誰それ、分かんない」


「何言ってんの?」


 皆口元を緩めながら陽菜と同じ反応をした。優希は下を向いたまま涙を堪えていた。耳が真っ赤になって肩が小刻みに震えている。


「そーいうことかよ」


 みのりの短く刈り込んだうなじが総毛立つ。


「ほら~授業はじまるぞ」


「みのりん、早く座らないと怒られちゃうよ」


 剣呑とした空気は教師によって破られ、普段と変わらないように見える授業が始まった。



 昼休み、優希とみのりは校庭のフェンスに寄りかかって今日の出来事を話し合う。


「中川のやつ、いつの間に皆を仲間にしたんだ?」


「……」


「てゆーか、茅原と大野は1年の時からの友達だろ?」


「……2人とも陽菜と同じ中学だから……」


「何だよそれ!ムカつくなっ、このまま明日も同じだったら、あいつら皆ひっぱたいてやる」


「だっ大丈夫だよ。多分、もう高校生だし直ぐに止めると思うから」


「そもそもハンカチ落としたのは陽菜だろっ、優希だってちゃんと謝ったし」


「大丈夫だよ……多分……大丈夫」


 自分に言い聞かせるように繰り返し呟く。


 そんな優希の願いもむなしく、クラス内での孤立が始まって2週間が過ぎた。


 優希は少しでも孤独の時間を減らそうと始業時間ギリギリに登校するようになり、休み時間はみのりと教室の外に出た。


 陽菜を始めとするクラスメイトはみのりに対しては普通の態度で接してくるので、それが増々優希の孤立感を際立たせた。ベトベトした薄気味悪いやり方だとみのり憤るが、優希は大丈夫の一点張りで実力行使に出るのを止め続けている。

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