おもひでつるつる

真朱マロ

第1話 うどん

 うどんといえば、祖母を思い出す。

 大正生まれの祖母は、うどんが好物だった。


「何か食べたいものがある?」と聞けば、必ず「ふくほどに熱いうどん」と答えていた。


 朝もうどん、昼もうどん。夜もうどん。

 暑い日もうどん。寒い日もうどん。病気でも、元気でもうどん。

 いつ・どこで・何を食べたいかを訊いても、食べたいものは火傷しそうなほど熱いうどん一択。

 週に三回は祖母だけうどんを食べていたけど、毎日のように「うどんを食べたい」とか「うどんぐらい食べさせてもらいたいけどダメかなぁ」なんて言っていた。

 昨日食べたよね?! という突っ込みに、今日は食べてないと無邪気に答える人だけど、流石に三食うどんは用意ができなかったので、しょっちゅうションボリしていた。


 祖母はとにかく、うどんさえ食べれたら幸せで、うどんが好きな人だった。

 祖父がウナギ屋さんに連れて行ったときに、うどんがないとションボリするような人だった。

 ちょっと良い店にうどんを食べに連れて行ったときに、父が色々なお総菜のついてるうどん御膳を頼むと、今度は熱いうどんのある店がいいなぁと言うような人だった。

 家族が食べさせたいうどんと、本人が食べたいうどんは違っていて、そのことが横にいてちょっとだけ心の座りが悪かったのを覚えている。


 たぶん、祖母が行きたかったうどんのお店は、セルフうどんのように「うどん」だけが前面に推されたお店だったのだろう。

 祖母はうどんに対して、一寸もブレない人だった。 

 その時、子供だった私は「面白い人だなぁ」としか思わなかったけれど、それだけ一途に自分の好きなものを知っているのはすごいことなのかもしれない。


 今、大人になったので、どちらの気持ちもわかる。


 たまの外食に、贅沢をさせたい家族の気持ちも。

 たまの外食だから、自分の一番好きなものを食べたい祖母の気持ちも。


 どちらも正しくて、どちらも少し寂しい。


 だけど、結局のところは、一緒に食事をした幸せな記憶でしかないので、それでいいのだろう。

 この先も私はうどんを食べるたびに、思い出ごと美味しくいただくことになる。


 もう二度と、訪れない時間と思い出で味付けされた、熱いうどんはとても美味しい。

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