ひきこもりヲタ少女、時空管理局に就職する

皇魔ガトキ

【短編】ひきこもりヲタ少女、時空管理局に就職する

 「ふんふふーん♪」

 正月休み。それは親類が集うような実家に寄生する引きこもりの人間にとって、居心地は最悪のイベントだった。

 服は上下を地味な灰色のスウェットで固め、五年近く切っていない長い髪の毛もボサボサな十七歳の少女、月ヶ谷花枝つきがやはなえ。彼女にとってもそれは同様で、幼い従兄弟たちが遊びに来ては部屋のドアをガチャガチャやって入れないと騒がれたり、親からは「お姉ちゃんなんだから正月くらいは出てきて皆と遊んであげなさい」と言われたり。兎にも角にも心身ともに疲弊しまくるデスマーチ期間だった。

 そんな彼女でもお年玉だけはちゃっかり貰い、その資金で早速ネット通販にて注文。こうして頼んだ荷物が届いたある日。

 これまでの鬱憤を撃ち晴らすように、荷物を抱えた彼女は満面の笑みで部屋に入っていった。

 六畳一間の薄暗い部屋の中。プライズ景品のぬいぐるみで埋め尽くされたベッドはお世辞にも綺麗とは言えず、周囲には背の高いスチールラックが立ち並び、古今東西のゲームソフトや様々なジャンルのフィギュアで埋め尽くされていた。勉強机? そんな物は通販で届いたダンボールの山でとっくに埋もれてしまっている。ここはとてもではないが、年頃の十代の少女が暮らしている部屋とは思えない空間だった。当然良い匂いなど皆無である。

 部屋の中央に置かれた折り畳みの机にはコミックスの山が築かれており、それを足で退けると荷物を置いた。

「ぶふふー! さてさて、今年は何が入ってるのかなあ? いざ、オープン!!」

 傍から見ると気味の悪い薄ら笑いを浮かべながら、カッターやハサミなど使わず、素手で勢いよくテープをはがすと楽しそうに荷解きをしていく。

「去年はケチって五千円のにしたらショボいのばっかりだったからなあ。

 今年は大奮発の三万円なんだし、少しは良い物が入っていてくれると良いんだけど……」

 などとブツブツ独り言を言いながら一つ一つ「お宝」を取り出していく。

 花枝が取り寄せたのは、いわゆるカセット型のレトロゲームが詰まったお正月限定の、ある種風物詩と言っても良い、そう「福袋」だった。

「まず最初はーっと……かぁーっ! ウルトラモンキーブラザーズかあ、いきなり去年とダブったなあ。いや、確かに名作だよ? でもこれはなあ……しかも状態も悪いし。お次はー……お! スライムクエスト1だ。良いじゃん良いじゃん! 一回やってみたかったんだ。やっぱこういう王道は抑えとかないとね! さて、三つ目、三つ目は……と、グラウンドベースボール! 来ました野球系。必ず一本は入ってるイメージだよねー」

 等々、二十本入りの福袋の中身を次々と物色しては「これは良いじゃん」とか「ないわー」とか「神かよ!」と。一人で楽しそうに盛り上がっていた。

「ぶっちゃけ福袋って開封する時が一番楽しいまであるからなあ。って、あれ? もう今ので二十本だったのにまだあと一本入ってる。おまけかな……まさかね。入れ間違えたとか? でもラッキー。

 えーっと、なになに~……時空管理局物語ぃ? 地味なタイトルだなあ。アドベンチャーゲームか? 知らないタイトルだけど。まあ、元々アドベンチャー系って面倒そうだしあんまりやらないからなあ」

 手にしたそのカセットは艶ひとつないマットなブラックで、ラベルもタイトルが書かれただけのシンプルな物だった。

「まあいいや。元は十分取れたし! うん……うんうん! 今年は大当たりだったんじゃねえのこれ! 私の時代来ちゃう感じ?! あー、ゲーム配信とかやってみようかなあ。でも機材とかなあ……撮影も編集もめんどくさいし……よし、とりあえず早速プレイしよう! プレイプレイ―っと」

 そう言うとモニターの電源を入れ、手慣れた動作でゲーム機を用意する。傍らにはこの日の為にお母さんに買ってきてもらっていたジュースとお菓子を置いてあり抜かりはない。そして取り出した順にゲームをプレイし始めた――。


 ――数時間後。

 半分くらいのゲームをプレイし一端トイレ休憩を挟んで戻ってきた花枝は、ふと最後に取り出していたゲームソフトが目に入ったのでコレを手に取った。

「なーんか、そこはかとなく気になるんだよな……一応取り出した順にプレイするのが私のルールなんだが……いいや! このままモヤモヤするならやっちゃおう!」

 と、意を決してゲーム機にセットする。モニターにはこれまた黒い背景に「時空管理局物語」と白い単純なドットのフォントで書かれただけのシンプルな画面が映った。もちろんBGMも無い。

「何もかも地味だなこれ……もうこの時点でクソゲー臭半端ないんですけど? ……とりあえずスタートボタンで良いのかな――」

 そして言った通りコントローラーのスタートボタンを押したその瞬間だった。

「?!?!」

 画面の中ではなく部屋の中の周囲が夜空の星のような光に囲まれたかと思ったら、光は弾け飛ぶかのようにどこかへと四方八方に飛び去り、部屋全体が目も眩むような明るい光に包まれてしまった――。


「い、一体何が……」

 思わず目を瞑ってしまっていた花枝が恐る恐る開けると、そこは虹色の靄がかかったこれまた白い空間だった。辺りを見渡して焦る。

「え? えっ?!! わ、私の部屋……じゃない?」

 手には先ほどまで持っていたはずのコントローラーの存在も消えていた。当然、モニターもフィギュア棚も何も無い。

「どーなってんだよこれ?! そ、そうだ、落ち着け、とりあえず落ち着け私。

 ……ふーむ、状況から察するにあのゲームが何かしらのトリガーになっていて、どこか別の空間に飛ばされたのか……?

 いや、無い。無いわー。これは無いって。夢、そう、夢だよ夢。ゲームやりすぎて寝落ちしたなーこりゃ。さあ、そうと分かれば、とっととこんな分けわからん空間とはおさらばを……したいけど出来ないな、まいったー……やっべ、どーーーしよ」

 立ち上がり、腕を組んで考えてみるがさっぱり分からない。とりあえずあてもなく歩いてみる――。すると。

「ぶべっ!! ……いったー……なにこれ。見えない壁かー?」

 何かにぶつかったが、そこに何かあるわけでもなく、ただただ先に進めない見えない壁が立ちはだかっているだけだった。ぶつかった周囲を手探りで探ってみるが、どこまでも壁は続いている。

「……時空管理局物語、か。この不思議空間があながち嘘じゃないなら、つまりそういう事なのか?」

 その時だった。

「御明察。ようやく気が付きましたね」

「だ、誰?!」

 突然どこからともなく女性の声が聞こえてドキッとした。内心はバクバクと心臓が飛び跳ねている。

「ここは時空管理局。あなたにいくつかの質問をさせていただきます」

 しかしどこか優し気な声だったので少し安心してしまう。

「は、はあ……」

「まずお名前は、月ヶ谷花枝さん。十七歳でお間違いないですね?」

「はい」

「太陽系第三惑星地球、日本の長野県出身で現在もそこに在住している」

「はい」

「中学一年の時に周囲に馴染めず二学期に入ってすぐ不登校を開始。そのまま引きこもり現在に至る。恋愛経験は無く趣味は特にレトロゲームをこよなく愛し、時間を忘れてプレイし続ける毎日」

「……はい」

「性格は臆病のくせに横柄で鈍感。学校の成績こそ良かったものの、反面友達作りは面倒と感じ世間からは徐々に置いて行かれるようになった。心のどこかで親に対して悪いなとは感じつつも、何となく送れている日々にそれなりに満足している、と」

「……………………」

「そして今「時空管理局とは随分失礼な所だな」と思った」

「?! こ、心の中が読めるのか?!」

「ええ。なので隠し事は無意味ですので悪しからず」

「まじかよー……」

「そして、こんな所に連れてきて何をされるのか、気になっていますね?」

「そりゃそうでしょ。ていうか心の中が読めるなら、いちいちこんな面倒な質疑応答せずにちゃっちゃと話したらどうなんですか?」

「なるほど。効率重視の傾向あり、と」

「むぐっ……どこまで人を分析すりゃ気が済むのよ」

「良いでしょう、軽くお話します。

 時空管理局とは、あらゆる時空の倫理規定を定め、それを守る為の神的機関です」

「そりゃまた随分とお偉い機関だこと」

「そうですね。あなた方の概念で言えば上位存在、すなわち「神」に相当するモノになるでしょう」

「神的って言うぐらいだもんね。で、そのお偉い神様が引きこもりのゲーヲタに何の用なんです?

 私のひきこもり生活が倫理規定に違反でもしましたか?」

「単刀直入に言いましょう。時空管理局で働く気はありませんか?」

「……はい?」

「宇宙は広く、幾多も存在し、現在も増え続ける始末。故に問題は都度起こっています。そして我々時空管理局は事案の起こる度にエージェントを派遣していますが、常に人材不足で悩まされているのです。あ、ちなみに福利厚生は完備の上、アットホームな職場であることは保証しましょう」

「どんなブラック企業だよ……で、それが何で私なんかに用があるんですか?」

「単純に言えば「波長」です。言わば、社風に合いそうだな、と判断したのでこうしてお声がけしました。そう、ヘッドハンティングというやつですね。花枝さんのその横柄な態度も悪くありません。私が言うのも何ですが、現場の捜査官たちは曲者揃いなので彼らを管理する上でもそのくらいが好ましいと判断しています。それに定職に就かれていないのも誘いやすかったのでポイント高いですね」

「「波長」とか、今度はスピリチュアル系……とことん怪しいんですけど。どうせあれだ、その誘い断ってこの面接終わったら私の記憶消されるんでしょ?」

「おや、そういう所の勘は良い」

「ったく。なるほど、ようは派遣会社のマネージャーみたいなもんか。よく知らんけど」

「そうかもしれません。さて、どうなさいますか?」

「どうも何も、ゲームがやれないなら私は降ろさせて貰う」

「できますよ?」

「え、出来るの?! レトロゲームとか、そういうのも……?」

「はい。福利厚生は完備していますので」

「そもそも人付き合い苦手だから引きこもってたわけですけど?」

「似た境遇の方が大勢働いております」

「大勢かー。私大勢いる場所って苦手だし」

「基本的に個室ですが」

「むぐぐ……そうだ、お母さんに会えなくなるのは困る!」

「当然、労働時間外はお家に帰れますよ? というかそもそもここは多次元宇宙ですから時間の流れが違います。なので、基本的には時空間航行装置、分かりやすく言うところのタイムマシンを使って好きな時に好きなだけお母さまにお会いできるかと」

「た、タイムマシン……?!」

 尽く断る余地を消してくるのに困ってしまう。

「あ、ちなみに自分の過去を変えるとか未来を見たいとか、そういう私的な用途には使えません」

「そそそ、そんな事考えてませんから。タイムパラドックスとかノーサンキューなんで」

「それを聞いて安心しました」

 花枝はしばらく考えた。

「うーん、分かった。断る理由は無さそうだし……でも結局時空管理局とか何やるのかいまいち良く分からないけど、面白そうだなって思ったのも事実だし」

「それは何よりです。仕事はやりながら覚えて貰うので構いません。あなたに合ったやり方で進めてください。

 ではこれより月ヶ谷花枝さん、あなたを時空管理局捜査官対応管理員第9854680113番として雇用契約を結ばせていただきます。以降、本名ではなくコードネーム「ハナ」として勤務してください」

「こ、コードネーム?! 何それやっば! ちょっとテンション上がって来たかも」

「それは何より。では、このまま引き続き案内しますね」

「はい! 宜しくお願いします!」

 そして花枝は再び星々と光りに包まれると、どこかにワープさせられた……


 花枝が、いや、ハナが目を開くと、そこは清潔で広大なオフィスの様な空間が広がっていた。上は百メートル以上の吹き抜けとなっており、いくつもの通路が伸びている。透明な筒に包まれた管の中には光る円盤が上下に動き、エレベーターとなっている。周囲を忙しそうに様々な人種が行き交いそれこそ人種の種類は千差万別で、触手の束で歩くタコがいたかと思えば、精悍な狼の様な顔をしたスーツ姿の青年が書類端末を片手に足早に去っていく。

「うぉーすっげー。ここが時空管理局か、やるなあ……って、あれ?」

 ハナは自身の姿も変わっている事に気が付いた。

「何これ、ちゃんとした服着てるじゃん私! にしても高そうなスーツだなおい……」

 白を基調としたそのスーツは黒と青のアクセントと金の装飾が施されており、ここで内勤をする職員の制服だった。ひょっとしたらと思い手繰り寄せた髪も、あんなにボサボサだったのに綺麗なストレートに整えられていた。

「上位存在すげーな……ん?」

 と、ハナから少し遅れてもう一人彼女の隣に「転送」させられてきた。

「ちょっと待ってください! まだ聞きたいことが――って、え? ここどこー?!」

「マジかよ!! 超絶ケモ耳美少女キタコレー! 尻尾まで着いてんじゃん! うわー、動いてる! 本物かよ?!」

 見ればそこには、ハナとそう歳の変わらなさそうな獣耳の生えた黒髪美少女が立っている。それを見ただけでテンションが爆上がりするハナ。だが、その少女はハナと違い制服は着ておらず、どこぞの西洋ファンタジーに出てくるような民族衣装のような出で立ちをしていた。

「な、なんですか大きな声で?! ていうか近い――」

「あ、ご、ごめんなさい……つい……」

 人との距離感が分からなかったので、びっくりさせてしまったようで流石に申し訳なくなり委縮してしまう。しかし少女は遠慮なく普通に話しかけてきてくれた。

「大丈夫ですよ。ちょっとびっくりしちゃっただけで。

 ひょっとして、あなたも時空管理局に入ったばかりなんですか?」

「あ、はい。つい今しがた……あなたも、ですか?」

「そうなんだ! 私ウララって言います。何か現場担当の捜査官らしいんですが、あなたは?」

「何かって……わ、私はハナ。あなた達捜査官を管理する対応管理員……とかいうやつらしいです」

「あはは。そっちも慣れてないんですね」

「そ、そうかも。あははー……(やっべ、ケモ耳美少女が超絶美少女すぎて逆に引くわー。でも性格も良さそう。美少女って心まで美少女なのかな? 癒されるなあ)」

 すると、先ほどの声が聞こえてきた。

「どうやら自己紹介も終わったようですね。気も合いそうで安心しました」

「と言うと、私とウララさんで組んで仕事しろってこと?」

「ええ、ハナさんには行く行くは多くの捜査官を担当して頂きますが、まずはウララ捜査官と組んでお願いします。お互い同年の新人同士、切磋琢磨してみてください。あ、もし何か困った事があればサポートはしますので、遠慮なくどうぞ」

「へーい。そっか、同い歳なんだ。あなたとなら思ったより気楽に出来そうで良かったかも」

「が、頑張りましょうね。ハナさん!」

「ハナさん……何かくすぐったいな。ハナで良いよ」

「じゃ、じゃあ、私もウララで」

「うん……よろしく。ウララ」

「よろしくね、ハナ!」


 こうしてハナの新人管理員としての仕事がスタートした。

 聞けばウララも学校に馴染めなかったみたいで、よく虐められていたそうだ。研修中に二人はあっという間に意気投合し、やがて初任務を迎える事になる。

 ハナはパーテーションで仕切られたミーティングルームで端末片手にウララに任務の説明を行っていた。

「えーっと、何々……え、こんな中世みたいな世界に大魔王が攻めてきてるとかマジかよ。ファンタジーじゃん。ちょっと面白そうなんじゃね?」

「そ、そんな世界に行けってことなの? 大魔王とか昔話でしか読んだ事無い」

「だよね。にしてもいきなりハードなのぶつけて来たな。しかもこれ一回失敗してるミッションだし。新人には荷が重すぎなんじゃねえのか?」

「で、でもこれをこなせば一気に評価上がるんだよね?」

「まあ、加算ポイントは期待できるだろうし理論上はねー。うーん、とは言えどーすっかなあ」

「私、魔王なんて倒せないよ? 戦闘とか無理だと思うし……」

 ウララの言葉を話半分に聞きつつ、端末で情報を収集し続ける。

「ですよねー。ふむふむ、そうか。魔王がいるってことは魔法が使える世界なんだな……」

「てことは現地にも戦える人はいるんだよね? 誰か他の人に助けて貰うっていうのはダメなのかな」

「ダメって規約は無いっぽいよ。けど、すでに侵略されててどうにもならないから、私たちに話が来たんじゃないかなあ」

「そっかー……どうしよう」

「ふむ……ふむふむ。てことは、この世界の住人じゃなければ良いんだ。ふっふっふ、いい事思いついたぞ」

「と言うと?」

「誰か戦えそうな奴をこの世界に転生させるんだよ」

「転生……?」

「現代日本のヒキニートの男とかなら、喜んで行きたがるやつ多いだろ」

「そういう物なの?」

「女でも好きな人は好きだけど、まず間違いないね。私としても日本語対応できるから何かあっても対処しやすいし、うん、これで行こう!」

「良く分からないけどお任せする」

「おうよ!

 となると、魔力に順応しそうな奴がいいよなー。そういう奴いないのかなあ……」

 ハナは端末を手慣れた手つきで操作するが、ウララにはあまり馴染みがないようで感心しながらのぞき込んでいた。

「お! 良いじゃん、いるいる。にしても凄いな、年齢は勿論、体力から何から全部ステータス管理されてるのかよ。へー、私のいた世界でも魔力持ちっているんだな」

「魔法が使えない世界なのに、そういうのって大丈夫な物なの?」

「大丈夫大丈夫。そういう「世界観」には抵抗ないって。

 ……お、こいつ何か良いんじゃねえか? ニートだけどジム通いで体力はそこそこ、身体能力も悪くない……あ、でも家族持ちかー。ちょっと気が引けるなあ」

「そうね、家族と離れ離れになるのは可哀そうかも」

「だよなー。お、こいつは?! あ、こいつも犬飼ってやがる。ダメだなあ……」

 と、端末とにらめっこをして一時間程経った時。

「あ、ハナ。この人は? ほらほら魔力数値、滅茶苦茶高い!」

「んー、どれどれー? あ、ほんとだ。他の誰よりも桁が四つも違うじゃねえか!

 家族構成も問題無さそうなニートだし……けど体力はむしろ低いのか……どうすっかな」

「魔法が使えれば体力なんてどうにでもなるんじゃない?」

「だよな! ウララがその辺の話通じる奴で助かる。となると、あとはこいつの詳細なデータが欲しいなーっと。お、この項目か。

 名前、鈴木たかし。年齢は二十歳か。趣味はゲームにVtuberっと」

「ぶいちゅーばあ? ハナ、知ってる?」

「人並みには……あ! じゃあさ、ウララがVtuberに扮してこいつ誘ってくるってどう?」

「で、出来るかなあ……」

「大丈夫大丈夫。男なんてちょろっと甘い言葉かければ一発なんだから。

 私はやったことないけど……ウララならたぶん大丈夫!」

「たぶんって……」

「弱気になってどうする。任務成し遂げたいって言ったのウララだろ?

 あ、そうだ。モデルとか用意しないとだな。ちょっと上に確認とってみるよ」

「う、うん。何だか分からないけど、私、やってみるね!」


 こうして上位存在の造った3Dモデルを使い、ハルとウララは日本に在住の青年を一人転生させることに成功。もっぱらハルはウララからの定時連絡などで状況確認とアドバイスに専念し、裏方に徹する。現場はウララが担当する形で連携を取っていった。

 気が付けば、本物のエルフとの出会いや、大豪邸での食事やら。はたまた巨大なドラゴンなど、ウララからの報告に胸を躍らせながら聞くのが楽しみになっていた。彼女が困ったときには助言やアイテムを渡してサポートし、大魔王討伐へのルートを少しづつだが、着実に歩んでいく。


 そんな平和だが刺激的な日々を送ってしばらく経ったある日の事だった。ハルがまた例の空間に呼び出される。

「なんすか? 今、たかしのいる王都に魔王軍が本格的に攻めてきてて超忙しいんですけど」

「ええ、しばらく見ていましたが、どうやらウララ一人でも何とかなりそうじゃないですか?」

「ですかね。思った以上にたかしが優秀だったんで。ま、色々と作戦を成功させている私が優秀だったのかもしれませんけど?」

 鼻の頭を掻きながらハナは自慢してみる。

「時間はもうちょっとかかるかもしれませんが、このまま行けば大魔王攻略も夢じゃないかなと……そうか、もしかしてボーナスの話だったりしました?

 ですよねー。先代が失敗した穴埋めてるんだし、ここらで何かしら臨時収入的な。あ、個人的には何かしらの九十年代のアーケード筐体なんか貰えたりしたら最高かなーって――」

 一人で突っ走るハルに、上位存在が待ったをかける。

「申し訳ありませんが、当組織にボーナスという概念は存在していません」

「存在しないーっ?! 完備されてる福利厚生どこ行ったんですか!」

「そして謝るついでにもう一つ。至急、捜査官に移動願います。何分人員不足で」

「……は? え、捜査官ってあの現場であくせくする?」

「はい」

「ウララがやってるような?」

「はい」

「ちょっと待って、ウララのサポートは? てか、私のサポートとか誰かしてくれるんですか?! いや、無理無理無理無理! 絶対無理! 万年引きこもりのニートですよ?! そんな現場でやれる体力なんて無いですから! 残念!」

 ハルは自分が他所のニートの青年を異世界に送り込んでおきながら、自分の事は棚に上げて全否定した。

「二人のサポートは緊急事態につき私が行います」

「え、そこまでするならあなたが直接介入すれば……」

「尚、ボーナスはありませんが捜査官としての任務中、報酬は五倍にしましょう」

 それを聞いてハルのスイッチが入った。五倍もあればあらゆるゲームが買い放題である。

「やらせて下さい神様仏様! 私の事は犬とお呼びください!」

「宜しい。感謝しますよ、ハル」

 こうしてハルの捜査官生活は幕を上げることになる。

 だがそれは、また別のお話――。


 <終>

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