第21話 予想外の人物

 やがて羅奈は「これに決めた!」と言って僕に紺の浴衣と真っ赤な帯を見せた。


「定番だけど、やっぱり紺が落ち着くものね。赤い帯が可愛いし」


「いいんじゃない?」


「じゃあ買ってくるね。もう少しだけ待ってて!」


 羅奈は嬉しそうに浴衣を持って店の中に駆け込んで行った。

 

 羅奈は笑顔でいるのがいい。

 羅奈が笑うと、僕は何かをつぐなえたような満足感を得ることができる。

 僕が何を償いたいのかは、分からないけれど……。


 そうして待っていた僕は、突然思いがけない人に声をかけられた。


「南くん?」


「?」


 白藤さんだった。


 地元のショッピングモールで学校の生徒に会うことはないと思っていたが、哲太や白藤さんは同じ小学校出身の地元民だ。会う可能性は充分あった。


 だが、この数年、遠目に見かけたとしてもお互い気付かないふりをして通り過ぎていた。

 まさか声をかけてくるとは思わなかった。


「浴衣を……買ったの?」


 白藤さんは、僕の持つ紙袋のロゴを見て尋ねた。


「ああ。うん」


 それ以外答える言葉はない。

 会話の弾まない男に話しかけてしまったと、呆れて立ち去ってくれればいい。


 しかし白藤さんは、まだ何か言いたげに立っていた。


「あの……南くん。私……本当は……」


 何かを決心したように言いかけた白藤さんだったが、ちょうどそこに支払いを済ませた羅奈が店から駆けだしてきた。


「見て見て、蒼佑! おまけでこんな可愛い帯紐も付けてくれたわ」


 手に綺麗に編まれた紐を持っている。


 白藤さんは羅奈を見て目を見開いた。


「そうすけ……?」


 まずいことに羅奈はしっかり僕の名を呼んでいた。

 人違いのフリをして誤魔化すこともできそうにない。


「あれ? 蒼佑の知り合い?」


 羅奈はようやく白藤さんに気付いて尋ねた。

 なんか浮気がバレた彼氏みたいな雰囲気に包まれている。


 いやいや、なんでだよ。

 僕にはやましいことなど一ミリもない。


 だがここは一応説明しなければならないだろう。

 このままでは白藤さんは羅奈と僕が付き合っていると勘違いするかもしれない。


「あの……。白藤さん、実は……」


 しかし言いかけた僕より早く、白藤さんが「ごめんなさい」と謝った。


「え?」


 白藤さんが謝ることなんてあったか?


「デートの邪魔をしちゃってごめんなさい。もう行くわね、南くん」


「え? いや、あの……」


 呼び止めようとしたが、白藤さんは顔をこわばらせて逃げるように行ってしまった。



 僕と羅奈は買い物を済ませ、家に向かって歩いていた。


「白藤さんに……僕達のことを言おうと思う。たぶん彼女は黙っていて欲しいと頼めば、言いふらすようなことはしないと思うから、いいかな?」


 僕と羅奈の関係については、僕の一存で誰彼なく話していいことではない。

 羅奈の学園生活に支障が出るなら、極力黙っておこうと思っていた。


「あの人が白藤さんなのね」

「え? 知ってるの?」


 白藤さんは特進クラスだが、文系だから羅奈とは違うクラスのはずだ。


「うん。神谷くんに聞いたわ」

「神谷に……?」


 そういえば哲太が神谷と白藤さんが付き合っていたとか言ってたっけか。

 神谷は元カノの話まで羅奈に話していたのか……と思った。しかし。


「蒼佑の彼女なんでしょ?」


「は?」


 なんの話だ? 誰が誰の彼女だって?


「蒼佑にあんな美人の彼女がいたなんてね。ていうか、彼女にぐらい前もって話してあげなさいよ。すっかり誤解して不安になっていると思うわ。私のことなんて放っておいて追いかけてあげれば良かったのに」


 いやいや、話が勝手に進み過ぎだ。

 なんでそんな話になっているんだ。


「いや、付き合ってないし」

「え? そうなの⁉」

「なんでそんな話になってるの?」

「だって神谷くんが……」


 いや、神谷のやつ、なんでそんなデマを流しているんだ。

 僕より白藤さんが大迷惑だろうが。


「そっか……。なんだ……」


 羅奈は「ふふ」と笑うと、くるりと僕の前に立ちふさがった。


「おかしいと思ったのよ。こんな冴えない蒼佑にあんな美人の彼女なんてね」

「あっそ」


 言われなくても僕の方が分かっている。


「白藤さんに言ってもいいわ」

「え?」


「私たちのこと。別に私は最初から隠してくれなんて一度も言ってないわ。だから蒼佑は言いたい人に言えばいいわ」


 言われてみれば、羅奈の迷惑そうな表情で僕が勝手に思い込んでいただけで、羅奈が秘密にしてくれと頼んだことはない。


「うん。分かった」


 でも僕は必要のない人に言うつもりはない。

 特に哲太を含め、クラスの男どもには。

 想像しただけでも面倒なことになるのは分かり切っているから。


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