第72話 愛おしい子どもたち
「まさか…この国に戻ってまで娼婦として生活していただなんて…」
「本当に驚きましたわ!あのミリー嬢が…」
「ええ。かつてのフィールズ公爵家のお嬢さんがねぇ…。まさかこんなことになろうとは…。あの頃は想像さえできませんでしたわね」
「罰が当たったのでしょう。彼女たちは妃殿下にひどいことばかりしていましたもの。忘れもしませんわ」
「あの元ディンズモア公爵家の息子も…、まさか犯罪者にまで落ちるなんて、ねぇ…」
「もう行方知れずだそうですわ。生きているのかしら」
「ふ…、因果応報ですわよ」
社交界の噂話とはなぜここまであっという間に広まるのだろう。誰がどうやって最初に情報を得るのかと不思議に思うほどに、あらゆる貴族家の醜聞はまたたく間に社交界の人々全てに行き渡ることとなる。
さっきまで私のそばでお利口に座っていたジェイミーが他の子どもたちと一緒に向こうの方で遊びはじめた途端に、和やかだった中庭での茶会の話題はスルッと入れ替わった。ソフィアは今は乳母たちが別室で見てくれている。
「あら、そのミリー嬢の件ですけれど、もうその娼館からはとうにいなくなってるそうですわよ」
また一人の婦人がそんなことを言い出した。
「あら、そうですの?」
「ええ。聞いたところによると、南方のアトキンズ領の端にある小さな古い修道院で、あの姉のアレイナ嬢と一緒に暮らしているそうですわ」
「まぁっ!本当ですの?!」
「あの姉妹が…、二人で?まぁ…」
「ええ。バンクス子爵夫人がそう言ってましたわ」
その言葉を聞いて心臓がドクッと大きく跳ねた。その修道院で、私もかつてアレイナ嬢と再会したことがある。あの時以来彼女に遠慮して私はもうそこに顔を出してはいなかった。信頼できる侍女たちに代わりに行ってもらい連絡事項などのやり取りをしている。
そこにあの姉妹二人がいるというのは…あながち根も葉もない話ではなさそうだ。
(…こんな結末を知ることになるなんて…)
彼ら3人は、これから一体どんな人生を生きていくのだろうか。
「…失礼いたしましたわ、妃殿下。こんな話、お腹の御子によくありませんわよね」
一人の婦人にそう声をかけられ、私はハッとして顔を上げる。私を取り囲むようにして座っていた高位貴族のご婦人やご令嬢方が皆こちらに注目していた。私は慌てて微笑み答える。
「…大丈夫よ。体調は安定しているし。お気遣いありがとう、皆さん」
「楽しみですわねぇ!次はどちらでしょうか、妃殿下」
「男の子でも女の子でも、きっとエリオット殿下や妃殿下によく似た美しい御子に決まってますわ!」
「ええ!ジェイミー様もソフィア様も、あんなにもお可愛らしいんですもの。まるでお人形のようですわ」
皆が瞳を輝かせながら口々にそう言うのを、私は曖昧に笑って聞き流す。
そう。今私のお腹の中には、エリオット殿下との3番目の愛の証が宿っている。私の妊娠が分かるやいなや、先の2人の時と同じようにまた殿下の過保護なまでの私への気遣いが始まった。本当は今日のこの茶会の開催だって殿下はあまりいい顔をしなかった。
『茶会か…。君が神経をすり減らしそうで心配だよ。何も今じゃなくてもいいんじゃないか?しばらくはゆっくりしていればいいよ。そうだな…、せめて茶会は、出産後数ヶ月くらいまではもう開かなくていいんじゃ…』
過保護な殿下の表情を思い出すだけでつい笑ってしまう。私はまだ妊娠6ヶ月に入ったところで、産まれてくるまでにはまだまだ時間があるというのに。
王太子妃として、社交界の貴婦人方との交流は欠かせないもの。こういった場ではあらゆる情報を得られるのだから。世の中で起こっている問題や、どこの家がどんなことで困っているのかなど様々なことを知ることができる。それに、そろそろジェイミーの婚約者候補についても考えはじめなくてはいけない。ジェイミーはもう3歳になっていた。今すぐでなくても、めぼしい候補者を選定して殿下と相談しておきたい。そのために大切な我が子の様子を見て相性の良さそうな子はどんな子なのかを知っておかなくては…。…もちろん相性の良さだけで王家の子どもたちの婚約者を決められるはずもないけれど、同じ年頃の子どもたちと関わりを持たせて社交性を磨くことはとても大事なことだと思っている。
周囲の貴婦人たちとの会話に花を咲かせながら、ふと向こうの花壇の前で遊んでいるジェイミーに目をやった。同じ歳の女の子が服についた虫を嫌がって泣いているのを気遣ってか、頑張ってその虫を小さな手でせっせと払ってあげている。その可愛らしい仕草に思わず頬が緩む。まるで小さなエリオット殿下のよう。あんなにも幼いのに、ちゃんと周りの子を思いやるような行動をするのだから。
子どもたちが可愛くて愛おしくて仕方がない。
殿下は昔から少しも変わることなく、いや、むしろますますその愛は深くなるばかりで、私の毎日は今とても満たされていた。こんなにも幸せでいいのだろうかと恐ろしくなるほどに。
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