第65話 5年後の再会

 産まれた男の子は皆から祝福され可愛がられた。殿下と同じ輝く金髪に、私に似た紫色の瞳。両陛下はもちろんのこと、エリオット殿下も初めての我が子にメロメロだ。


「ジェイミー、いい子にしていたかい?元気かな?お父様だよ。泣いてばかりでお母様を困らせていなかったかな」


 公務の合間にたびたび私室に戻ってきては、まだ首の据わらぬ息子を抱き上げ目尻を下げている。その姿を後ろで見ている兄のウォルターも最近では呆れ顔だ。


「元気かなも何も……2時間ほど前に見に来たばかりではないですか。さっさと戻って書類を確認してくださいよ、殿下」


 殿下は側近である兄の苦言を無視して私に話しかける。


「具合はどうだい?クラリッサ。大丈夫?体は辛くない?」


 私もつい笑ってしまう。


「ふふ…、ええ、殿下。2ヶ月前にジェイミーを出産した時からずっと申しておりますわ。私はちっとも辛くありません。あんなに安産だったのですし、公務も随分休ませていただいてますもの。体調なんて崩しようがありませんわ」

「そうですよ。妃殿下もジェイミー様も大丈夫ですから、お早く」

「それならいいのだが…。君はいつも頑張りすぎてしまうタイプだから。…絶対に無理をしてはいけないよ。今はとにかく、乳母や侍女たちに存分に頼って自分の体をゆっくりと休めておくれ」


 これも出産の直後から何度も言い聞かせられていることだった。いつも何よりも真っ先に私のことを気遣い、そして朝から晩まで国や民たちのためにしっかりと働いている。その上子煩悩で息子に対してもとても愛情深い。


(…こんなに優しくて素敵な人って他にいないんじゃないかしら)


 殿下の温かい眼差しを見つめ返して微笑みながら私は心の中でそんなことを思っていた。




 ジェイミーはとても可愛くて、毎日が夢のようだった。両陛下は後継ぎの誕生を心から喜んでくださり、実家の両親も初孫に会いに来るたび幸せそうだった。


 さらにその2年後、今度は女の子が産まれた。ソフィアと名付けられた私譲りのピンクブロンドの髪を持つその子は、殿下にそっくりの美しい青色の瞳を持ち、その愛らしさで皆を虜にしていた。

 

 二人の子を産んだ私はその後殿下と共にますます公務に精を出した。それでも互いに子どもたちと過ごす時間は大切にしていた。子どもたちは皆に優しく見守られながらすくすくと成長し、私を喜ばせてくれた。




 何もかもが順調だった、そんなある日の出来事。

 それはエリオット殿下との幸せな結婚から、ちょうど5年の月日が経った頃のことだった。




 その日私は馬車で出発し、王家が支援している遠方の修道院や孤児院の視察にまわっていた。大勢の護衛や侍女たちと共に幾日もかけて行う大がかりな行程だ。

 数日の後、最後の訪問予定地である南方の小さな修道院に辿り着いた。


 門の前に降り立ち、護衛らと共に中に入る。もうすぐ日が沈みそうだ。今夜はまた近場の宿に一泊する予定になっていた。


 修道院の建物を目指して敷地内を歩いていると、退屈そうに草むしりをしている金髪の女性がいた。質素な黒いワンピースを着て、こちらに背を向けるようにしてしゃがみ込んでは草をプチプチ引っこ抜いている。けれどその手付きにはやる気が全くうかがえない。いかにも気怠げだ。ここの修道院は行き場をなくした女性や子どもを一時的に保護していることがある。シスターの修道服を着ていないから、きっとこの女性もそういう人なのだろう。…疲れているのだろうか。


「こんばんは」


 ぞろぞろとやって来た私たち一行の足音にも振り返る様子がないその女性を驚かせないように、私はできる限り優しく声をかけた。ようやく女性が振り返り、こちらを見上げる。その赤銅色の瞳と目があった、その瞬間、




「…………っ?!……ア……」



「────────っ!!」




 どんよりとした目で私を見上げた女性は、目があったその直後、赤い瞳を大きく見開き口元を引き攣らせた。私も驚きのあまり心臓が痛いほど跳ねる。心の準備がまるでなかった。

 艶を失って傷んだ金髪に、カサついた肌と唇。疲れが滲む老け込んだ雰囲気。


 それは他ならぬアレイナ・フィールズ元公爵令嬢その人だった。


「…………っ、」

「ア…………アレイナ、さん、ですわよね……?」 


 次の瞬間慌てふためいたようにバッと顔を背けた彼女に、私は無意識に呼びかけていた。まさか、こんなところで突然再会することになるなんて…。

 生きていたのか、という妙な安心感が湧いたのと同時に、かつての輝きを完全に失ってしまったその変わり果てた風貌にいささか衝撃を受けもしていた。


「…………。」

「……お……お久しぶりですわ…。まさか…、ここで出会うことになるなんて…」

「…………。」

「……お元気でしたか?……その……、ご両親や、…ご主人も、ご無事で……?」

「…………よく言うわ」

「……え?」


 顔を背けていた彼女は、ようやく私の言葉に反応したかと思うと突如立ち上がりこちらを振り返った。だけど私をキッと睨みつけるその眼差しにはあの頃のような強さはなかった。

 

「……ここなら、会うこともないと思ったのに……。ご立派なことね、わざわざこんな遠くの修道院にまで訪問していたなんて。……ふん。何がお久しぶりよ。お元気でしたかよ。わざとらしい。私の心配なんて微塵もしていなかったくせに」

「……ア……、アレイナ、さん…」

「ざまぁみろと思ってるんでしょう?!嬉しい?!落ちぶれた私の姿を見て!いい気味だと思ってるんでしょう?!よかったじゃない!あなたの大勝利ね!そっちは王子と王女を両方産んで、ご夫婦で民たちからの信頼も厚く評判も良くて、順調そのものじゃないの。さぞかし気分がいいでしょうね、こんな私の姿を見て!!」

「おい!王太子妃殿下に向かって何という口のきき方だ。わきまえよ」


 不穏な空気に私の護衛たちが殺気立ちはじめる。私は震える手でそれを制した。


「さっさと行ってよ!私に構わないで、この偽善者!!」


 そう言うとアレイナ嬢はまた私に背を向け屈み込んで乱暴に草をむしり出した。取り付く島もないといったかんじだ。


 私はもう何も言わず、黙ってその場を立ち去り修道院の中へ入った。






「……ええ、彼女は数週間前にうちへやって来ました。お金も食べ物もなく、頼る人もいない、しばらく置いてほしい、と…。どうやら離婚して、親御さんの面倒を一人で見ていたようなのですが、そのご両親もしばらく前に他界されたようです。…過酷な生活を強いられていたのでしょうね…」

「…………。……そうですか……」


 院長に話を聞き、私は気持ちが沈んだ。まさか、彼女がそんな境遇に置かれていただなんて…。






 

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