第59話 夫婦喧嘩(※sideアレイナ)

 その翌日から私は本当にディンズモア公爵家の経営する店に店員として立たされた。朝食をゆっくりととっていると、公爵夫人が半ば強引に私を馬車に連れ込んだのだ。信じられない。


 私が連れて行かれたのは外国から輸入した古美術品や骨董品、珍しい異国の古いアクセサリーなどを取り扱った店だった。

 そこで私と大して歳も変わらないような若い女に毎日偉そうにこき使われ、ネチネチと説教ばかりされる。


「アレイナさん、あなたさっきのお客様に対するあの態度は一体何なの?せっかく商品に興味を持って質問してくださっているご婦人に向かって失礼だわ」

「……何がかしら。たくさんの商品についていちいちどこの国の物かってしつこく聞かれたから丁寧に答えただけだわ。私はまだ働き出したばかりで何の知識もないから分からないわよって」


 女はいつものようにわざとらしく大きな溜息をつくとまた文句を言いはじめる。


「だから、その態度は何なの?って言ってるのよ。あなた私たち従業員だけではなくてお客様に対してもそうやって上から目線で話すでしょう?さっきのご婦人、怒ってらっしゃったわ。いい対応をしたらリピーターになってくださったかもしれないのに。あの様子じゃ二度と来てくれないわよ。知識がなくて分からないというのなら丁寧に謝罪をして他の店員を呼びに行くぐらいのことはしなさいよ。それが常識よ」


 カチンとくる物言いをする厚化粧の女を睨みつける。上から目線で偉そうなのはあんたの方でしょう。こいつどこの出身よ。どうせ大した家柄の娘でもないくせに、なんでこの私に向かってこんなに偉そうにするわけ?


「……あなた、私がディンズモア公爵家の子息の妻だってこと、分かってるの?あなたから見れば言わば雇い主の家族なのよ。この私に向かってあまり失礼な態度をとるようなら、公爵に言って首にしてもらうわよ」

「あらどうぞ。勝手になさって。そんなことをすればお説教されるのはあなたの方よ。私はディンズモア公爵夫人から言いつけられているんだもの。世の中のことを何も分かっていない嫁だから、あなたが商売の現場のことをきちんと教育してやってほしいってね」

「…………っ!」


 勝ち誇ったような顔をして鼻で笑う女に腹が立って仕方がなかった。






「ひどいのよ、ダリウス……。お、お母様ったら、私を店に立たせるの……商売を学べって……。まだ嫁いできたばかりなのに……っ」

「…………。」

「店員の女がね、すごく意地が悪いの。毎日毎日私をいびってくるのよ……!細かなことでいちいち怒鳴りつけてくるし、私の一挙手一投足を見張っては文句を言うのよ……ひどいでしょ?もう私、辛すぎて頭がおかしくなりそうよ……!うぅぅっ……」

「……。……うん」


 学園から帰ってきて夕食を済ませたダリウスを部屋で捕まえて、私は泣き落とし作戦を開始した。だけどダリウスは私の話を聞いてるのかいないのか、なんだか上の空だ。


「……。ねぇ、ダリウス!聞いてるの?!私結婚してからずっと辛い思いばかりさせられているのよ。あなたのお父様とお母様に!!」

「……。……うん、聞いてるって」

「最近お父様の具合が悪いのは、全部私のせいだとも言うのよ!そんなはずないのに!お父様もお母様も私を虐めることでストレスを発散しているとしか思えないわ。領地の経営が思うようにいかないものだから、私に八つ当たりしてるのよ!うっ……うぅぅぅ……ひっく」

「…………。」


 ……おかしい。愛する妻が目の前で泣き崩れているっていうのに、ダリウスは額に手を当て大きな溜息をつくばかりだ。それも、一度もこっちを見ずに。私のことなどまるで眼中に入っていないみたい。ただでさえ苛立ちを抱えていた私はダリウスのこの態度にカッとなった。


「…ねぇ!!ねぇってば!聞いてるの?!ダリウス!」

「……。ああ、うるさいな……聞いてるよ」

「うるさい?!今うるさいって言ったわね?!何よその態度は!私はあなたの妻になったのよ?!真実の愛で結ばれた愛しい女性がこうして苦しんでいるのに、それを見てうるさいって何よ!!あなたがどうにかしてって言ってるのよ!!お父様とお母様をちゃんと説得してよ!アレイナを店に立たせるな、使用人みたいに働かせるなって!!ちゃんとこのディンズモア公爵家の一員として大切に扱えって!!あなたが…」

「ああもういい加減にしてくれ!!」


 突然ダリウスは私の言葉を遮り大きな声で怒鳴った。心臓に響くようなその大声に驚いて、私の言葉は喉元でヒクッと詰まった。

 ダリウスは頭をガシガシと掻きむしりながらさらに怒鳴る。


「こっちは今それどころじゃないんだよ!!俺だっていろいろと問題を抱えていて疲れてるんだ!!…毎回毎回金だって工面しなきゃいけないし…」

「……金?……何よ、それ。何の話してるの?」

「…………いいんだよこっちのことは。なぁ、お前も俺の妻になったんだからもう泣き言ばかり言わずにしっかり働いてくれよ。店に立つのは当たり前だろ?!従業員を限界まで少人数に絞って回してるんだからさ。そんなこと俺にだって分かるぞ。何のために学園を中退したんだよ。アレイナ、君は働きながらこのディンズモア公爵家を窮地から救い出す画期的な方法でも考え出してくれよ。優秀な元フィールズ公爵家の娘だろ?!」

「……は…………はぁ……?何で私が?!」


 一体何を言い出すの?この男。

 何故私が画期的な方法なんか考えなくてはいけないの?それをするのがあんたの仕事でしょうが。


「あなたこそちゃんと考えてよ!自分の方が大変みたいな顔しないで!一番大変で可哀相なのはこの私なのよ?!慣れない家で毎日苦労して……それでもあなたとの真実の愛を貫くために身一つでこの家にやって来たというのに、……もっと私を大事にしてよね!学園の勉強をしながらまた領地の仕事を軌道に乗せる方法を考えなさいよ!!」

「は?!そんなこと無理に決まってるだろうが!!俺は今学園のことだけで手一杯なんだよ!ただでさえ皆が手のひらを返して針のむしろだというのに……。そんな中で勉強しながら、他にも考えなきゃいけないことがあるんだよ!今の窮状は全部お前の言うとおりにしてきた結果じゃないか!俺にクラリッサを捨てさせ、親に歯向かって意地でも別れず、妊娠を偽り強引に結婚して……せめてしっかり働いて両親を納得させろ!!」

「な……何よそれ!何よその態度は!」

「いいからもう部屋から出て行け!俺は疲れてるんだ!!」


 ダリウスはそう叫ぶと私の腕を掴み強引に部屋の外に引っ張り出した。そして大きな音を立ててドアを閉めてしまったのだった。





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