第52話 ついに手に入れた(※sideアレイナ)

「ええ、ええ。はいはいはい。たしかにこん子は妊娠しとるよ。間違いねぇだわ」


 我がフィールズ公爵家の屋敷にやって来たその女は、詰め寄る両親の前で妙な喋り方をしながらコクコクと頷いた。

 薄汚れた浅黒い肌にボサボサの巻き毛の中年女は、一見して医師というにはあまりにも信憑性がなかった。とってつけたように着ている白衣もまるっきり似合っていない。両親はますます不審がった。


「……本当に、間違いないんですな?マルゴー医師とやら。アレイナと共謀して我がフィールズ公爵家を騙していた場合、あんたの背負う刑罰はとてつもなく大きなものになりますぞ」

「止めてよお父様!!どうしてそんなひどいことを言うの?!マルゴー先生がもう診てくれないなんてことになったら……私はどうしたらいいのよ!!」


 私はわざと父に言い返したが、中年女はガハガハと気さくに笑った。


「あっはっは。大丈夫さ、アレイナちゃんよ。赤ん坊を腹に抱えて困っとる娘を誰が途中で見捨てるもんかね。あたしゃこれでももう600人以上の赤子を取り上げてきとるんよ。まぁどうか、信用ならんでしょうが、がはっ。任せてくだんせ」

「…………。」


 両親はいまだに訝しげな顔で気の良さそうな中年女を値踏みするように見ている。


(だけど関係ない。何が何でもこの女にしか私の体は診せないし、このまま結婚するまで妊婦を貫き通してやるんだから)




 両親の無礼な視線をものともせずにガハガハ笑っているこの女も、例の貧民街の詐欺グループの一人だ。

 見事ミリーを騙してくれたサミュエル役の男には大金を支払い、そして次はこのマルゴー医師役の女にも多額の報酬を約束してある。時期が来れば、その金を握らせてどこか遠くへ姿を消してもらうまでだ。

 怪しげな場所にひっそりと足を踏み入れ、何度も危険を冒してまで秘密裏に知り合った連中だ。しっかり働いてもらわなきゃ。


(あとはこのまま結婚するまで、母にお金のことがバレないのを祈るのみだわ…)


 2件分の慰謝料支払いのために我がフィールズ公爵家からは途方もない額の金が動くことになる。その時に母個人の貯金にも手を付けることになるだろうか。とにかくダリウスとの入籍を急がなくては。


 サミュエル役の男と、そしてこの医師役の女に支払う予定の金も、私が母の通帳から勝手に抜き取ったものだ。普段は私室の金庫の奥にしまい込んでいるその通帳を母が手に取ることは滅多にない。その必要がないからだ。結婚の時の持参金の一部なのか何なのかは分からないが、母の通帳には驚くほど多額の金が入っていた。


 私はそれをがっぽりと使い、自分の目論見を達成していたのだ。


(悪いわね、お母様。…大丈夫よ。無事ダリウスと結婚さえしてしまえば、お金なんて後からどうにでもなるの。だって彼がその能力をフルに発揮して両公爵家を立て直してくれるはずだから)



『あんた何を期待しているのか知らないけど、ちょっと買いかぶりすぎじゃない?ディンズモア公爵家の息子はあんたが思ってるような力は何もないわよ。ただの馬鹿だもの。頭の回転は鈍いし成績も悪い。そんな男にここまで墜ちた実家の復興なんてできるわけないじゃないの』



「……っ、」


 ふいにミリーのあの日の言葉が頭に蘇ってきた。


(……ふん。あれぞ負け惜しみってやつよね。私だけ幸せになるのがよっぽど悔しかったんでしょう。馬鹿な子)


 そのミリーも先日ついに異国へと旅立っていった。連行される死刑囚のような生気のない顔で馬車に乗り込むミリーを部屋の窓から見下ろしながら、私は自分の勝利に酔いしれた。


 あいつは娼婦、私は公爵夫人…。あいつは娼婦、私は公爵夫人……。


 そうよ。負け犬の負け惜しみなんていちいち気にしなくていいの。ダリウスに力がない?馬鹿言わないでよ。あんただってフィールズ公爵家の娘として充分な教育を受けさせてもらっていたから天才だの秀才だのともてはやされる知力を手に入れていたのよ。ディンズモア公爵家だって一人息子の教育には心血を注いできているはずだわ。






 両親はそれからもしつこく私を別の医者に診せたがった。私は死に物狂いで抵抗した。王都の評判の良い医師が皆男ばかりであったことから、父はある日ようやく見つけたという女医を国の端っこの辺境地から連れてきたけれど、私は絶対に診察させなかった。トラウマがあるから知らない医者は女でももう絶対に嫌だと、強引なことをするのなら妊娠を学園中に言いふらしてやると父を脅した。

 さすがに娘が未成年の学生の分際で妊娠したというのは外聞が悪すぎる。ただでさえ醜聞まみれのフィールズ公爵家なのだ。父は憎々しげに私を睨みつけながらも結局夜には諦めた。

 母は私にマルゴー医師を紹介したという友人が誰なのか言えと何度も迫ってきた。だけどこれも意地でも言わなかった。うちのいざこざのせいで先方に迷惑をかけるようなことはしたくない、ただ女性医師を知っていると教えてくれただけの人に迷惑をかけたくないと頑なに拒んだ。

 実際には誰にも紹介などされていないのだから、言いようがないのだけれど。


 そして私は希望通りに学園を中退した。これ以上お腹が目立ってきてからではマズいと両親も思ったようだ。詰め物がバレないように日常生活では細心の注意を払った。




 それから数週間後、私はついにダリウスと結婚したのだった。

 誰一人、互いの両親さえも祝福してくれない結婚だった。


(だけど構わない。私はついに真実の愛を実らせたんだもの)


 人を傷付け、自分たちも苦労した。いくつもの困難を乗り越えてきた。そして結ばれた今でも、まだハッピーエンドとは言えない。私たちの戦いはまだまだ続いていくのだから。


(だけど私はただ愛する夫を見守り、支えるだけ。学園を卒業したら死に物狂いで働くであろう夫をそばで癒し、励ますのよ)

 

 そう。私を本当のハッピーエンドに導いてくれるはずの愛しい夫を。


 私を裕福なディンズモア公爵夫人にしてくれるであろう夫を。


 本当に妊娠するのはその後よ。全てが順調に進みはじめてから。お金のことで苦労しながら子育てなんてまっぴらごめんだもの。そんな状況じゃ乳母だってろくに雇えないかもしれないし。

 数年ぐらいかかったっていい。ダリウスがディンズモア公爵家を立て直して裕福さが戻ってきてから、落ち着いた頃に跡継ぎを産みましょう。


 なんて完璧な計画なのかしら。





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