第42話 彼女を妻に(※sideエリオット)

 このティナレイン王国の国王陛下である父に相談しながら、僕は内心すこぶる緊張していた。


 相談、というよりは、決断したことにどうかイエスと答えてほしいと、ただそれだけを願って座っていたのだが。


「…………ふむ。……妥当なところではあるな。ジェニング侯爵家は偏った思想の派閥に属する家ではない。王家への忠誠心も強い。娘のクラリッサ嬢は抜きん出て聡明であることも聞いておる。人柄も問題ないしな」

「……ええ。…………。……では…」

「ああ。その方向で議会で話を進め、ジェニング侯爵へも打診しよう」

「……っ、」



 よし!!来た!!



 一瞬自分の立場も何もかも忘れて飛び上がりそうになった。……いかんいかん。落ち着け。


「…ありがとうございます、陛下」


 上擦った声にならないように充分注意しながら、僕は静かに答えた。






 王太子の私室に戻りながら、僕は様々な考えを巡らせ一人でそわそわしていた。


(…そう。妥当なところだ。フィールズ公爵家の娘は二人とも候補者から外れた。であれば順当に考えて、思想や政治的立場も鑑みるとやはりクラリッサで間違いはない。彼女自身にその素質も充分に備わっていると思っているし、父上さえもあっさりと認めてくれた。何も間違ってはいない。僕の判断は至極公平で、真っ当であると言える)


 ……そう。誰も不審には思わないはずだし、実際不審な点はない。


 ……けれど。


(……駄目だ……。どうにも気まずいような、後ろめたいような妙な気持ちだ…。中立な立場にある者たちの誰が見てもきっとクラリッサがいいと言うに決まっているだろう。それに、ちょうど今彼女には婚約者もいない。相手側から一方的に婚約を破棄された形だが、ウォルターの話によると完全に相手側、つまりディンズモア公爵家とフィールズ公爵家に非があるという判決が裁判で出ている。クラリッサは何も悪くない。落ち度はない。僕の婚約者として、彼女が今最も相応しい。……これでいいんだ……)


 いいはずなのに、妙に悪いことをしている気がしてしまう。


 僕がクラリッサのことを好きすぎるからだ。


 昔からずっと大好きだった彼女のことを、ミリーの大失態をこれ幸いとばかりにそそくさと後釜に据えている。

 我ながらそんな感じがするのだ。

 実際ミリーのあの現場を見た瞬間も、たしかに大きなショックを受けたけれど、それ以上に、あ、やっとこれでこの子と縁を切ることができるな、などと頭をよぎったことは否定できない。それどころか……


(足元に縋ってくるミリーを払ってあの公園を去る時、すでに頭の中にクラリッサのことが浮かんでいた……。僕もなかなかひどい男だな…)


 もしも僕のクラリッサへの恋心に感付いている者がいれば、きっと今の僕を見てニヤニヤ笑うだろうな。






 自己嫌悪と高揚感、それに何ともいえないバツの悪さを感じながら部屋まで戻ってくると、中で待っていたウォルターがニヤニヤしながら声をかけてきた。


「陛下とのお話はいかがでしたか?」

「……あ、ああ。うん。まとまりそうだ」

「何がです?」

「……え、…だから、婚約だよ。クラリッサ嬢との」

「それはそれは。よかったですね、殿下」



 …………ん?



 何だか変な言い方をするウォルターを見ると、まだニヤニヤ笑っている。


 ……もしかして……。


 意に反して、僕の顔は熱を帯びはじめた。気まずさにコホン、と咳払いをして目を逸らすと、何事もなかったかのような顔をして机に向かう。

 そのまま椅子に座って何食わぬ顔で書類を広げていると、ウォルターがまだ食い下がってきた。


「嬉しいですか?別にいいじゃないですか、積年の想い人と結ばれたって。たまたま妥当な相手がクラリッサだったわけですから。運が良かっただけですよ殿下は。……妹のこと、よろしく頼みます」

「…………。」


 耳まで熱くなってきて、どんな顔をすればいいやら分からない。……え?いつから気付いていたんだろうか、ウォルターは。


「……コホン。……ああ、もちろんだ。…まだ正式に決まったわけじゃないがな」


 せめて冷静なふりをしようとするけれど、ウォルターは容赦ない。


「ふっ……またまた。もう決まったようなものですよ。客観的に見てもクラリッサが一番相応しいと思います」

「…………茶化さないでくれよ」

「俺も嬉しいんですよ。クラリッサは……、あいつは本当に深く傷付いていたから。不実な相手に理不尽に婚約を破棄されて。だから、あなたのように一途に妹を想ってくれる人と結ばれるのであれば、兄としてこれほど安心なことはありません。王太子妃という役目は荷が重いでしょうが、あいつは一生懸命務めると思いますので、見守ってやってください」

「……ウォルター……」


 そうか。こいつもずっと心配していたんだよな。

 ウォルターの兄としての深い愛情を思い、何だか胸にグッとくるものがあった。


「…ああ。任せてくれ。僕がちゃんとそばで支えていくから」


 心を込めてそう答えると、ウォルターは本当に嬉しそうにニコリと笑った。




(……それにしても……、……え?本当にいつから気付いていたんだろう…こいつ…)





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