第4話 悪夢の日々

 結局話し合いは平行線のまま、誰もが不満を抱えた状態でお開きとなった。


 我がジェニング侯爵家は、虐めの事実などはない、どうしても婚約破棄するというのなら全ての責任はダリウス様とアレイナ様側にあると、徹底的に争う姿勢を貫いた。


 ダリウス様のご両親ディンズモア公爵夫妻は、ひたすら私たちに申し訳ないと謝罪を続けた。だけどダリウス様やアレイナ様から何度も「フィールズ公爵家との繋がりの方がメリットがあるでしょう」と説得され、まんざらでもなさそうな雰囲気が見え隠れし、その謝罪も上っ面なものに見えて仕方がなかった。


 フィールズ公爵夫妻が一番困っているように見えた。ご夫妻揃って難しい顔をしており、だけど最後の方はもう諦めて二人の言い分を受け入れつつあるように思えた。結局はフィールズ公爵家にとっても、娘がベイル伯爵家よりもディンズモア公爵家の子息と結婚してくれた方がいいと判断したのではないかと思う。ただ、そうなるとベイル伯爵家に慰謝料を支払うことは避けられない。そのことにフィールズ公爵がポツリと言及すると、すかさずアレイナ様が「それでもディンズモア公爵家に嫁ぐ方がいいに決まっているわ」と後押ししていた。


 私は最後まで一言も発することはなかった。そして誰も私の気持ちなど聞こうともしなかった。


 アレイナ様は帰っていくその時まで、私の方を一度も見なかった。そして謝罪もその他の言葉も何もなく、私の前を素通りして帰っていったのだった。

 

 ダリウス様も同様だった。ただ互いの両親にアレイナ様との結婚を認めさせればそれでいい、私の気持ちなどどうでもいいと、そう思っているのが悲しいほどに伝わってきた。


 ディンズモア公爵夫妻、フィールズ公爵夫妻は、座ったままずっと俯いている私の前を通る時、気遣わしげに歩みを緩めた。けれど結局声をかけてくださったのは、ディンズモア公爵夫人だけだった。


「……言葉もないわ。こんなことになるなんて……。ごめんなさいね、クラリッサさん」

「…………。」


 何も言えないでいる私の前から、ディンズモア公爵夫人も静かに帰っていった。




 まるで悪い夢を見ているようだった。

 話し合いの翌日から私は学園を休み、自分の部屋のベッドの上にずっと横たわっていた。

 起きていれば自然と涙が零れる。どうにかして眠ろうとした。意識さえなければ、楽になれるから。

 だけどようやく訪れた眠りの中でも、私はダリウス様を追いかけていた。二人の間で現実に起こったことが奇妙に交錯した悪夢を何度も見た。




『ダリウス様!』

『……なんだ?クラリッサ』

『これを……、先週頼まれていたラィーア語の論文です。ダリウス様の分も書きました』

『おおっ!すごいなクラリッサ!え?自分の分はもう終わっているのか?』

『はい。ダリウス様、ラィーア語が苦手だから助けて欲しいと仰っていたので…、頑張りましたわ!』

『ははは!お前は本当に頼りになる!お前のような優秀な女が妻になってくれるんだからなぁ。心強いよ』

『ふふ…。喜んでいただけて嬉しゅうございますわ。私、頑張りますから…。ダリウス様の苦手なことは、私がずっとおそばでサポートしていけるように…。ディンズモア公爵家の嫁として、ダリウス様に誇りに思っていただけるように、これからも、ずっと…』

『……。いや、もういい。お前はもう用済みなんだ、クラリッサ』


 突然、楽しそうに笑っていたダリウス様の顔から表情が消える。その生気のない瞳の色に、私は恐怖を覚える。


『……。……え?…い、今、何と仰いましたか…?』

『クラリッサ、俺はお前との婚約を破棄する。愛する人ができた。アレイナ・フィールズ公爵令嬢だ。彼女はか弱くて優しい人だ。……それにお前は……アレイナのことを虐めていただろうが!!』

『ひ…………っ!!』




「───────っ!!……はぁ……っ…」


 そうして目が覚めて、現実を思い出し、涙を流す。この繰り返しだった。


 子どもの頃からずっと追いかけてきたダリウス様の背中を追うことは、もう許されない。

 だって彼はもう、他の女性との間に真実の愛を見つけてしまったのだから。


 そうと分かっていても、ダリウス様の心変わりを受け入れることができなかった。私は長い間ずっと、あまりにも彼一筋だったから。

 心が粉々に引き裂かれるような苦しみの日々が続いた。




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