第2話 報われなかった努力
学園に入学する頃まで、私とダリウス様は互いの親に連れられて何度か顔を合わせることがあった。私はそのたびに胸がドキドキして、視線はダリウス様に釘付けだった。
「ごっ……、ごきげんよう、ダリウスさま」
「ふん。……ねー、この辺虫とかいないの?虫」
半年に一度程度しかない、貴重な対面の日。私は婚約者のダリウス様に会えると思うと朝からそわそわして、侍女たちにたっぷりおめかしをしてもらいその時を迎えていたのだが、ダリウス様はいつも私には興味がなさそうだった。
「俺の家の裏の森にはすげー変わった虫とかいるんだぜ。なー、探しに行こうよ、虫」
「えっ?あ、で、でも…」
「行くぞ!」
「…は、はいっ」
“婚約者には、尽くすもの”。真面目で大人しかった私はいつしかそう思い込んでおり、ダリウス様が私を連れて行こうとしてくれたことも嬉しくて、言われるがまま勝手に屋敷を出て外についていったりもしていた。
「もう、探したじゃないのクラリッサ!どうして勝手に外へ行ってしまったの。きちんとお母様に言って侍女たちを連れてからでないと駄目でしょう。何かあってからでは遅いのよ?!」
「…ごっ、ごめんなさい、おかあさま…」
「いいえジェニング侯爵夫人。ごめんなさいね、きっとダリウスよ。もう、この子ったら…!無鉄砲で全然言うことを聞かないし、真面目に勉強しようともしないし……本当に困ってしまうわ。きっとクラリッサさんにたくさん迷惑をかけてしまうわね…」
「ふふ、いいえディンズモア公爵夫人。男の子ですもの、元気な方が安心ですわ」
怒られる傍ら母親たちの会話を聞きながら、そうか、ダリウス様はお勉強やお行儀の良いことが好きではないのか、じゃあ私が婚約者としてその分しっかり助けていかなくちゃ、だって私はダリウス様のお嫁さんになるんだもの、などと秘かに決意を固めていた。
こうして少しずつ成長していった私たち。私は会うたびにダリウス様の細かな変化に気付き、それでまた心をときめかせていた。虫や動物が好きだった彼はだんだん体を動かすスポーツなどが好きになり、そのうちカードゲームや同年代の男の子との遊びに夢中になっていった。私のことを気にかけてくれる様子は全く見られなかったけど、「男の子って子どものうちはそういうものよ」と母に言われれば、なるほどと納得し、彼と会話を楽しむことや二人でゆったりと時を過ごすことなどは早々に諦めた。それでも会えた時には彼の後を追ってどこにでもついていき、彼が遊んでいる姿をそばでジッと見ていたものだった。
そして互いに16歳になり、私たちは貴族学園に入学した。
ダリウス様は見目麗しく成長しており、また女性たちにとても優しく、入学するなり学園の人気者になった。
私もまた、多くの男子生徒から声をかけられるようになり、戸惑っていた。
「クラリッサ嬢、君って本当に可愛いよね。その艶やかなピンクブロンドの髪も、優しく光る紫色の瞳も……唯一無二のものだよ。素敵だね。…ねぇ、よかったら放課後二人で勉強会しない?」
「…あ、ありがとう、ございます…。ですが、二人きりは……。こ、婚約者に、怒られるかもしれませんので…」
「えっ?君婚約者いるの?本当に?男と一緒にいるの見たことないけど。誰?」
「……ダリウス・ディンズモア公爵令息様ですわ」
「え、えぇっ?!そうなの?!あのディンズモア公爵令息?!」
「……。」
入学当初はこんな会話が日常茶飯事だった。ダリウス様が全然私に話しかけてこずに他のご令嬢方とばかり仲良くしているので、私たちのことをよく知らない貴族家の子息たちも多かったのだ。
(…私が婚約者だってこと、もしかしてダリウス様はあまり話していないのかしら…)
私はダリウス様にとって恥ずかしい婚約者なのかもしれない。まだまだ私の努力は足りないのかもしれない。
そんな風に思うようになった私は、ますます勉強に打ち込んだ。ダリウス様がいつどの分野で困ってもすぐにフォローしてあげられるようにと、あらゆる座学に真剣に取り組み、公爵家の跡継ぎである彼の今後のことを考え、他国の言語もたくさん勉強した。
また、見目麗しいダリウス様の隣に立つにふさわしくあろうと、自分磨きにも余念がなかった。朝から晩まで必死に勉強して、夜は髪や肌を入念に手入れした。
そのうち私はダリウス様から宿題を手伝ってほしいとか、提出する論文を書くのにアドバイスがほしいとか、何かと頼られるようになっていった。
認められてきたようで嬉しくて、私は彼にねだられるがままに何でも手伝った。
(ダリウス様の婚約者として、将来の妻として、勤勉に、美しく…。あの方にふさわしい人間でいられるように)
私の心にあった思いはいつもこれだけだった。
だけど。
それらの私の無駄な努力は、報われることはなかった。
それは入学してからおよそ1年が経った、ある日のことだった。
何の約束もしていなかったダリウス様が、突然屋敷に私を訪ねてやって来たのだ。
私は胸が高鳴った。もしかして…、デートの誘いだろうか。まだ一度もそんなことをしたことがなかった。二人きりで話がしたいと仰っていると侍女に告げられ、では部屋に上がってもらってと私は伝えた。
(ああ…、もっとおめかししておけばよかった…)
ドキドキしながら待っていた私の元にやって来たダリウス様の顔に笑みはなく、部屋に入るやいなやドカッとソファーに腰を下ろし、お前も座れと命じられた。
おずおずと私が腰かけると、彼は言った。
「クラリッサ、俺はお前との婚約を破棄する。愛する人ができた。アレイナ・フィールズ公爵令嬢だ」
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