【完結済】恋の魔法が解けた時 ~ 理不尽な婚約破棄の後には、王太子殿下との幸せな結婚が待っていました ~

鳴宮野々花@初書籍発売中【二度も婚約破棄

第1話 突然の婚約破棄

「…ああ、そうだ。たしかに俺は浮気をした。だが、別にそれを悪いことだとは思わない。だってお前は……アレイナのことを虐めていただろう。俺がそんな姑息で意地の悪いお前から気弱で優しいアレイナに心を移すのは至極当然のことだ」

「…………い、……虐めて、いた……?そんな……、何のことですか?ダリウス様…。わ、私は…」


 アレイナ様を虐めたことなんてありません。


 あまりのショックに声が震え、まともに話すことさえできない。私がその言葉を発する前に、ダリウス様はさらに辛辣な言葉を私に投げつけた。


「いいか?この婚約破棄は全てお前の責任だ。俺だって元々はお前のことをきちんと愛していたんだ、クラリッサ。だが、か弱いアレイナが泣きながら俺を頼ってくれた…。その相談に乗っているうちに、徐々に俺の気持ちはお前から離れ、アレイナの元へ行った。分かるか?決してフィールズ公爵家の権力や財産に目がくらんだわけじゃない。これは純粋な恋心…、真実の愛なんだ」

「……ダ、……ダリウスさま……っ」


 きちんと話をしなくてはと思うのに、目の前の受け止めきれない辛い現実に涙がボロボロと溢れ出す。


「…はぁーっ……。そうやって泣けば何とかなるとでも思っているのか?クラリッサ。お前のそういう陰険なところに愛想が尽きたんだよ。真似しているつもりなのかもしらんが、アレイナが俺を頼ってきた時に見せた可愛い涙はそんなものじゃない。お前のその、下心が見え隠れする汚い涙とは大違いなんだよ。だから俺はアレイナに心を揺さぶられたんだ」

「……っ!ち、……ちが……っ、違います……っ!私…」

「ああ、もう止めてくれ。うんざりだ!俺の実家であるディンズモア公爵家も、アレイナの実家であるフィールズ公爵家も、お前のところに慰謝料などは払わないぞ。何故なら、この婚約破棄は全て!お前の責任なんだからな!……では、後日改めてお前のご両親と話をしに来る」

「……っ!ま、まってください……っ、ダリウスさまぁ……っ!」


 言いたいことは言い切った、とでも言わんばかりに、ダリウス様はスッと立ち上がり私の部屋から出て行ってしまった。


「……ぅ…………う゛ぅぅ……っ、……あぁぁ……」


 ダリウス様を追いかけたくて立ち上がった私の足は、一歩も動かなかった。


 私はその場に崩れ落ち、ただひたすら涙を流し続けた。






 私クラリッサ・ジェニングは、ジェニング侯爵家の末娘として生まれ、父や母、兄や姉たちからとても可愛がられて育った。優しい家族からの温かい愛に包まれて幸せに暮らしていた。

 ダリウス・ディンズモア公爵令息とは6歳の頃にすでに婚約が決まっていた。ある日の茶会で母からそっと、


「ほら、クラリッサ、あの方。あなたが将来結婚するお相手、ダリウス・ディンズモア様よ。ふふ。素敵な方でしょう?…ダリウス様を大切にして、よく尽くすんですよ」


と、耳元で囁かれた。その言葉はまるで魔法のように、私の心をダリウス様に甘く柔らかく縛り付けた。


(……ダリウスさま……)


 幼い私は、少し離れたところに立って窓の外をぼんやりと眺めているダリウス様の姿に釘付けになった。

 窓からの日差しを浴びて柔らかそうな栗色の髪がキラキラと光っていた。意志の強そうな漆黒の瞳を、格好いいと思った。

 皆がテーブルを囲んで談笑を始めても、ダリウス様だけは窓辺から離れなかった。そんなマイペースなところも、何だか彼だけが特別な存在のようで私をときめかせた。


「ダリウス、何をしているの。早くこちらへいらっしゃい。皆さんお利口に座っているでしょう」


 ダリウス様のお母様であるディンズモア公爵夫人が厳しい声でそう呼んでも、ダリウス様は動じない。


「……すごい!すっごく変わった色のちょうちょがいた!ちょっと俺見てくる!」

「…ダリウス!待ちなさい!……もう……。ごめんなさいね、せっかくのお茶会の席で、あの子ったら……恥ずかしいわ、もう…」


 ご婦人方や他の子どもたちが皆席に座る中、ダリウス様はなんと勝手にドアを開けて外へ飛び出して行ってしまったのだ。数人の大人が慌ててその後を追っていった。皆クスクスと笑っている。ディンズモア公爵夫人はばつが悪そうな顔をしてゆっくりと席についた。


(……すごい……)


 私はそのダリウス様の行動を、度胸があってますます格好いいと思ったのだった。私には絶対にできない。だって怒られるのが怖いもの。こうすることがお行儀の良い行動ですよ、と教えられたら、そうとしかできない。

 でもダリウス様は違うんだ。

 周りの言うことよりも、自分のしたいことをする。なんて強い人なんだろう。

 6歳の私は、将来の旦那様になるのだと聞かされた相手のことをそのように解釈した。


 そう。この時もうすでに恋の魔法はかかっていたのかもしれない。





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