3分後
隕石が降ってきた。
最初の隕石は東京タワーのちょうど真ん中辺りにぶつかって、その鉄塔が半分に折れる。空の彼方に予兆もなく音もなく現れた隕石にスマホのカメラを向けて、SNSにアップロードするべくして撮影していた十数人は、衝撃波によってスマホもろとも吹き飛ばされた。隕石の勢いは赤い鉄塔では受け止めきれなかったので、芝公園にめり込んだ。
二個目の隕石はスカイツリーを狙ってきた。スカイツリーの真上から落ちてきて、その地上634メートルを圧縮する。この狙い澄ました二個の隕石により、日本の首都は大混乱。公共交通機関は全線見合わせとなった。
しかしながら、地方もこの騒ぎをテレビの向こう側の出来事だと笑って見てはいられない。三個目以降の隕石は、さながら流星群のごとく、各地に降り注いだ。海を隔てた諸外国にも、均等に落とされていく。
都内では、地下鉄道が一時的な避難場所として開放された。地上に安全な場所はない。地下も100パーセント安全とは言い難いが、地上にいるよりは生存率が上がる。今、地上に出るのは死にに行くのと同義だ。
わたしは、都営大江戸線の新御徒町駅にいる。
お父さんと連絡が取れない。心配だ。お母さんとは合流できたので、家族用のテントを借りた。もしわたしだけだったら、一人用の寝袋を渡されるか、未成年の共同スペースに押し込まれていたところだった。
どんな人がいるかもわからないのに、一人で寝るのは嫌だ。
どんな人がいるかもわからないのに、複数人での生活を強制されるのも嫌だ。
酒木は、わたしが止めたのにもかかわらず「ちょっと撮ってくる!」と出ていってしまって、それっきり。あいつはそういうやつだから仕方ない、とわたしは納得しようとする。行かないでほしかった。まだ思いを伝えていない。伝えられないまま、関係がぷっつりと切れてしまった。
「だから、ぼくは言ったのにね」
トイレの待ち列に並んでいたら、聞き覚えのある声がする。創くんだ。気付かなかった。
「三分後に滅亡する、とはいかなかったね。でも、このままだと一週間だね」
なんて不謹慎なことを、とわたしは慌てて周りを見る。みんな沈痛な面持ちで、前にある背中以外は目に入っていないようだった。だから、創くんの言葉も耳から通り抜けてしまっているだろう。あるいは、聞こえていても怒る元気がないのかも。怒るって、力がいるから。
「美琴さんの能力を使えば、こうなってしまう前にどうにかできるかもしれないけど、どうかね?」
「わたしの、能力?」
そんなの知らない。……本当に?
「わたし、そんなすごい人じゃないよ」
「そうだね。美琴さんはごく普通の女子高生だしね」
「でも、能力を使えば、って」
「人類の滅亡ルートを回避できる可能性はあるね」
そう語る創くんはどこからどう見ても小学生で、創くんの言葉のどこを信用すればいいのか、わたしにはてんでわからない。ただ、このままでは遅かれ早かれみんな死ぬ。避難所の、名前も素性もわからない人たちごと、わたしもお母さんも死んじゃうのは嫌だなって、思う。
「その能力って、どうすれば使えるのよ」
こんな未来が回避できる手段があるのなら、使いたい。誰かが持ってきたラジオで、政府の偉い人がああだこうだと喋っているのは聞いた。いつになったら元の暮らしに戻れるのかの話は、一切なくて、日本語なのに、日本語じゃないように聞こえた。たとえるなら、何らかの民族音楽みたいだった。
「苦しいだろうけど、我慢してね?」
創くんはわたしにウインクして、わたしの首を両手で絞め始める。見下ろせるほどの身長差があったはずなのに、何故か逆転していた。我慢してねと言われようと、苦しいものは苦しいから、わたしは創くんの手首を掴んで、親指の爪を立てる。周りの人たちは、誰も止めてくれない。視界に入っていないわけがないから、気付かないふりをしている。止めてほしいと止めないでほしいが交互に点滅した。止められたらこのどうしようもない世界で生きていくしかなくて、それでも止めないでほしいと思ってしまうのは、苦しいからで――
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