婚約破棄は勝手ですけれども、平民のあの子を婚約者なんて冗談じゃないです!

アソビのココロ

第1話

「アメリア・ラザフォード侯爵令嬢。僕は君との婚約を破棄する!」


 第一王子ウェイン殿下のムダに響く声が、パーティー出席者の聴覚を刺激する。

 婚約破棄された側のわたくしとしては、やはり、という思いしかない。


 今年は王立アカデミー創立一〇〇年の記念すべき年だ。

 学園祭も例年とは比べ物にならないくらい大規模に行われている。

 来賓も多いこの場で、お調子者のウェイン様がバカを晒している。

 まあツァローン王国の将来のためにはいいかもしれないな。


「僕は君より遥かに成績のいい、ハナ嬢を新たな婚約者とする!」


 そうでしょうね、これも計算通り。

 アカデミーの平民特待生ハナ・レイク。

 嫉妬する気さえ起こらないほど頭のいい少女だ。


 淑女らしいとは言えないが、キビキビと小気味よい所作はある種のリズムを感じさせ、見るものに不快感を与えない。

 また整った顔立ちといつもニコニコの表情を持つ彼女には、その優秀さと相まってファンも多く、多くの令息を虜にしている。

 また平民の身であれば当然だが、おそらくは人脈を広げるため、多くの令息令嬢と親しくしている。


 ウェイン様はいつからハナさんに魅せられていたのだろう。

 いや、わかっていたが、本当にわたくしとの婚約を破棄するとは。

 ハナさんが貴族であれば、ウェイン様の判断もそう間違ってはいないのだが……。


          ◇


 ――――――――――ハナ視点。


 あたしハナ・レイクは、かろうじて姓を持つくらいの平民です。

 お父さんとお母さんは辺境の町で冒険者をしていましたが、事故で亡くなったため、あたしは天神教会の孤児院に預けられました。


 あたしも初めは冒険者になることを考えていました。

 元手なくして稼ぐには一番でしたから。

 でも本を読むことが面白いと思ってしまったのですね。


 天神教会では、神が人に文字を与えたとして、本を読むことや勉強することを推奨しているのです。

 あたしは教会にあった全部の本を読み尽くしました。

 とても残念に思っていた時、司祭様にこう言われたのです。


「ハナはとても賢いですね。王都のアカデミーで勉強してみる気はないですか? とても大きな図書館がありますよ」


 王立アカデミーはツァローン王国最高の教育機関です。

 本来は貴族のための教育機関ですが、平民でも難しい試験を合格すれば通うことができます。

 あたしだってもちろん王立アカデミーで学びたいに決まっていますが……。


「天神教会には、お金が一切かからずアカデミーに通える特待生の推薦枠があるんですよ」

「司祭様、お願いします! あたしは勉強したいです!」


 司祭様の強力な推しで、あたしは王立アカデミーに入学することができました。

 嬉しかったなあ。

 

 入学直後は周りがほとんどお貴族様や平民富裕層だったこと、あたしの勉強が遅れていたこともあり、ほとんど図書館にこもっていました。

 至福の時でしたね。

 でも段々これじゃダメなんだと思い始めました。


 あたしは幸運にも司祭様のおかげで王立アカデミーで学ぶことができます。

 恵まれているあたしは、学びたい者は学べる環境作りに尽力すべきではないでしょうか?

 となると目指すべきは国の役人。

 そして新しい試みに賛同を得るためには人脈が必要です。

 あたしは交流を得る努力をしてみました。


 何せアカデミーの皆さんはお貴族様やお大尽様なのです。

 話しかけるのにもおっかなびっくりでした。

 そうしましたら、皆さんとても親切なのです。

 やはりアカデミーに通うような方々は違うなあ。

 あたしも一生懸命、勉強に人脈作りに励みました。


 中でもお世話になったのは、侯爵令嬢アメリア・ラザフォード様です。

 第一王子ウェイン殿下の婚約者でもあるアメリア様は、とても美しく優秀で、また淑女中の淑女でもあります。

 憧れの方です。

 アカデミーについてやマナーについて、あるいは身の処し方や家同士の関係など、たくさんのアドバイスをいただきました。

 しかし……。


「アメリア様。あたしの勘違いかもしれませんが、最近ウェイン殿下のお誘いが強引な気がするのです」


 ウェイン殿下はアメリア様の婚約者で、立太子も間近と言われている方です。

 婚約者のいる男性に近付く際には、必ずお相手と一緒の時にするとか気をつけています。

 でもウェイン殿下はよいではないかと仰います。

 どういうつもりなのでしょうか?


 もちろん王となられたなら、正妃だけでなく側妃も置かれるでしょうが、あたしでは全然身分が足りませんよね?

 どうも王家の常識には疎いので、思い余ってアメリア様に相談してみたのです。


「まったくウェイン様には困ったものですね」

「あたしがからかわれているだけなのでしょうか?」

「いえ、ウェイン様は本気だと思われます。ハナさんは可愛いですからね」

「えっ?」

 

 えへへ、アメリア様に可愛いって言われると嬉しいですね。


「ウェイン様はロマンチックでドラマチックなことがお好きなのです」

「はあ」

「学園祭のパーティーがあるでしょう?」

「本年度は開学一〇〇年記念で大規模に行われるらしいですね」

「おそらくそこで、ハナさんはウェイン様に告白されます」

「ええっ?」


 困ります!

 というかアメリア様はどうなるのです?

 平民のあたしはどうするのが正解なのです?


 アメリア様もまた、考えながら仰います。


「落ち着いてください。ウェイン様の出方がわかればやりようはあります」

「は、はい」

「ハナさんはウェイン様と結ばれたいと思いますか?」

「思いませんよ!」


 アメリア様何を仰ってるんですか!

 貴族でもないあたしに王子妃が務まるわけがないじゃないですか!

 国が乱れますよ!


 あれ? 何故アメリア様は寂しそうなんでしょうね?


「いたし方ありませんね。ウェイン様も運がない。いえ、ないのは魅力とおつむですか」

「はい?」

「いいのです。ハナさんは身の振り方を考えねばなりません」

「ど、どうすればいいでしょう? 平民には王子様を撥ねつけることなんてできないのですが」

「そこはこうして……」


 ええっ?

 さ、さすがアメリア様。

 思いもつかない解決法です。


 ――――――――――


          ◇


 ――――――――――再び学園祭、婚約破棄現場。アメリア視点。


「さあ、ハナ嬢。僕の手を取ってくれ」

「お断りいたします!」


 迷いのないハナさんの言葉に、会場がざわついている。

 ウェイン様なんか目が泳いでるじゃないか。

 婚約破棄された惨めなわたくしも、退場せずに見物している甲斐がある。


「何故だ! 何故断る?」

「だってあたしはもう婚約していますから」


 ハナさん特有の満面の笑み。

 まあ可愛らしいこと。


「ウェイン殿下にも紹介いたしますね。あたしの婚約者カール・ベネット様です」


 あちこちでカールが、という声が上がる。

 カール様はベネット男爵家の嫡男だ。

 そしてベネット男爵家は我がラザフォード侯爵家の寄子。


 爵位貴族の後継ぎは貴族から婚約者を迎えるのが有利かというと、実はそんなことはない。

 高位貴族ともなると無論派閥間のパワーバランスを考えねばならないが、下位貴族では競争や対立等の思惑と無縁の家も多い。

 富裕なベネット男爵家は、むしろ資金援助目的に狙われる側。

 係累がなくかつ有能なハナさんは、ベネット男爵家にとって願ったりかなったりの婚約者なのだ。


 ……カール様がハナさんを好きなのは見え透いていましたしね。

 わたくしもハナさんのような優秀な人材を手放したくはない。

 ほぼ身内であるベネット男爵家で囲っておけるなら万々歳だ。


 そしてハナさんにとってもカール様はベストに近い婚約者だ。

 ベネット男爵家領は王都から近いので。

 中央の文官となり、教育行政の改革を目指すハナさんには都合がいい。


 ウェイン様が明らかに動揺している。


「は、ハナ嬢が婚約なんて……」

「話がまとまったのが一昨日なのです。よろしくお願いいたします」


 今日の学園祭は高位貴族当主の出席者も多い。

 根回しすらできていない、一方的な思い込みでラザフォード侯爵家の令嬢を斬り捨てるのか。

 そして平民に婚約を申し込み、一言の下に拒否される。

 何の茶番を見せられているのだと感じることだろう。

 ウェイン様のサプライズ好きが完全に裏目に出た格好だ。


 このスキャンダルは陛下も庇いきれまい。

 想像力が足りず、夢見がちなウェイン様は王の器ではない。

 退場の時間だ。


 しかしウェイン様の面の皮は、考えていたより厚かった。


「ハナ嬢、その男との婚約を破棄し、僕の手を……」

「ウェイン! 見苦しいぞ!」


 さすがに陛下に叱責された。

 あ、ウェイン様が警備兵に連れられて退場して行く。

 御愁傷様だが、同情はできないな。


「アメリア嬢、今日はウェインがすまなんだな」

「いえいえ、もったいのうございます。お気になさらず」

「適切な措置を講じるゆえ、侯爵には黙っておいてくれ、な? 予が怒られてしまう」


 どっと笑いが起きる。

 これだけの出来事を内緒にできるわけがないではないか。

 一瞬で場を和ませる陛下のジョークはさすがだなあ。


 この機転の利く陛下にして、あの出来の悪いウェイン様が息子か。

 教育って大事だとまざまざと思い知らされる。

 ハナさんの目指すところとは方向が違うのだろうけど、教育の重要さを感じた人は確実に増えましたよ。


 陛下がパンパンと手を叩く。


「さあさあ、宴はまだまだ続きますぞ」


          ◇


 ――――――――――後日。アメリア視点。


 婚約者のカール様とともに、ハナさんがラザフォード侯爵邸を訪れてくれた。

 今日はちょっとしたお茶会だ。


「アメリア様、婚約おめでとうございます」

「ええ、ありがとう存じます」


 横滑り、という言い方が正しいかどうかわからないが、わたくしはジェイク第二王子の婚約者となった。

 予想通りではある。

 わたくしとラザフォード侯爵家に非がないことを天下に示すには、王家にとってそれが一番簡単だから。


 一つ年下のジェイク様は聡明な方だ。

 今まで第一王子ウェイン様が王太子となるのが既定路線だったから、やや甘いところがあるが、直に王太子候補一番手らしくなってくるだろう。


「あの、ウェイン様はどうなるのでしょうか?」

「さて、わたくしも詳しいところは知らされていないのだけれど」


 王家にとってウェイン様は触れられたくない恥部だ。

 罰が謹慎に留められていることからすると、万が一の場合の血統の持ち主としてキープしておきたい意向はあるのだろう。

 つまりジェイク様とわたくしの間に多くの子供が生まれれば、ウェイン様の価値は下がることになる。


 ……ジェイク様と仲睦まじくすればするほど、ウェイン様に対する意趣返しになるという理屈は、少々恥ずかしい気もする。

 順当ならばウェイン様はこの先表舞台に出てくることはなく、忘れられた王兄殿下として、離宮で一生を終えることになるだろう。


「アメリア嬢、ハナをオレの婚約者としてくれたこと、今更ながら感謝する」

「いえ、わたくしだけの力ではありませんよ」


 もちろん侯爵である父と相談して決めたことだ。

 わたくしがウェイン様に婚約破棄される、当時決して低くなかった可能性と。

 天才であるハナさんを取り込むメリットを十分にプレゼンして。


 カール・ベネット男爵令息は、わたくしのはとこで幼馴染でもある。

 爽やかで穏やかな殿方で、富裕なベネット男爵家の跡取りということもあり、お勧め物件だ。

 わたくしも幼い頃に淡い恋心を抱いたことがあるくらい。

 ハナさんとはお似合いだ。

 しかし……。


「……ハナさんを有力貴族の養女として、ウェイン様の婚約者とする手もなくはありませんでした」


 将来の王妃の方が、ハナさんの熱望する教育の行き届いた社会の実現には近道だったのではないか、という思いがある。

 わたくしは有能なハナさんを確保することと、ウェイン様に報復することを優先させてしまった。


「冗談ではありません。そんなアメリア様に不義理なことは、わたしにはできません!」


 ああ、ハナさんは頭がいいだけでなく、真っ直ぐで正直だ。

 そう言ってもらえると救われる。


「率直に申し上げますと、ウェイン様は自分勝手で邪魔です。それに比べてカール様はハンサムで優しくて。わたしはとても幸せです。ありがとうございます!」


 ウェイン様は邪魔か。

 思わず笑ってしまった。


 最近ハナさんは言葉遣いやマナーに気をつけているらしい。

 おそらく婚約者たる男爵令息カール様が、自分の不作法のせいで批判されてはならないと考えているのだろう。

 ハナさんはいじらしい。


 アカデミーではもちろん行儀、ダンス、刺繍など、淑女に必須とされる科目の授業もある。

 自身は平民であるからと、ハナさんが重視していなかった科目だ。

 ……天才で器用なハナさんに、本来不得意な分野なんてないはず。

 貴族である同級生に遠慮して、これまでいい点を取ろうとしてなかっただけだと思う。

 気を使える人であるから。


「ええ、あなた達が仲良くしてくれると、わたくしも嬉しいわ」


 ハナさんが最近人前であまり見せなくなった、にこっという本音の笑顔で返してくれた。

 将来王妃となるわたくしと教育改革を目指すハナさんは、ツァローン王国を文化の面から牽引するパートナーとなるだろう。

 ハナさんもまた、それを理解しているであろう。

 今後もよろしくお願いいたしますわ。

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