最果てからのスタート

暗黒星雲

第1話 ワープカタパルト

「ワープカタパルトへの接続完了。重力子反応炉出力臨界へ」

「わかった」


 機体AIのAHALアハルが報告する。


「こちらほまれ005ダブルオーファイブ、バートラスMS発艦準備完了した」

「了解。発艦まであと30秒」


 この瞬間は緊張する。そもそも、カタパルトで瞬間的に10G近い衝撃を喰らうのに、更に次元跳躍までやってのけるんだから始末が悪い。頭をハンマーでぶん殴られた衝撃の後、数光年の距離をすっ飛んでいるって寸法だ。キチガイじみている。


 しかし、俺たちほまれ部隊は雷撃機にデカい救助ポットを抱え、遭難者を救助する特殊任務部隊だ。


 救助は時間との勝負。だから距離を縮めるためにワープカタパルトを使う。時空間の壁を越えて数光年の距離を瞬間的に跳躍する優れた装備なのだが……トラブルがないわけではない。


 主にそれはパイロット側に発生する。肉体を四次元化させて三次元へと戻す。たったそれだけの事なのだが、パイロットの負担は意外に大きいらしい。その為か幻覚を見る者が少なからず発生した。


 狼の大軍に襲われた。

 白く巨大なクジラに飲み込まれた。

 鎧武者の合戦に巻き込まれた。

 大勢の美女に歓待された。


 何もない宇宙空間において、こんな経験をするらしい。


 もちろん、それらのどれも幻覚や幻想だとされた。

 そりゃそうだろう。次元跳躍しているほんの数秒の間に、数十分や数時間にわたる経験をしていると証言しているのだから。


 それらの体験を幻覚だったと受け入る事ができた者は幸いだ。


 しかし、できなかった者は精神が壊れた。


 銀河辺境の怪奇伝説。

 辺境域でのみ発生する奇妙な幻覚。


 その多発地帯へ俺は飛び込もうとしている。


「誉005、はなぶさ中尉。行けるか?」

「誰に物を言ってる? 俺に怖いものなんてないさ」


 艦長は気を使っている。

 そんな気遣いは無用だ。さっさと飛ばせ。


「発艦迄あと10秒……9……8……7……」


 管制官のカウントダウンだ。

 

 全長300メートル程の宇宙航空母艦グルンヴァルト。その横腹から突き出ているワープカタパルトは全長500メートルもある。その根っこに俺はいる。


「3……2……1……発艦!」


 管制官の合図と共に、俺の機体は前方へ猛烈な加速度でもってすっ飛ばされる。同時に視界は虹色の光であふれる。


 次元跳躍した。跳躍中は虹色の光に包まれる。

 どうしてそうなるのか……機体とパイロットの肉体が高次元化するため、その情報を脳が三次元の情報へと翻訳しているからだという説が有力だ。しかし、これが本当なのかどうかはわからない。

 そしてもう一つ不思議な事がある。それは、跳躍中の時間感覚に個人差がある事だ。客観的にはほんの数秒なのだが、ある者は数分程度、またある者は数時間にも感じているらしい。


 俺の場合は数分間だ。


「おい、AHALアハル。要救助者の詳細を出せ」

「了解。座標AA6601……何もない宙域。民間の輸送船と思われる救助信号を受信したものです」

「思われるだと?」

「はい」


 不確かな救助信号。

 しかし、それを受信した艦船は救助に向かう義務がある。


 宇宙軍の艦艇を向かわせるかどうか判断するための先遣として俺が飛んだと、そういう訳か。


「信号の類型をだせ」

「了解」


 ヘッドアップディスプレイに各情報が表示される。

 救難信号の受信……次元重力波による発信……最寄りの受信ポストまでの距離は4光年……


 そういう事か。電波や光波ではなく、光速を越える次元重力波での救難信号だったから急いだ。


「対象は……船名は不明なのか?」

「帝国、及び宇宙連合に在籍していません。信号の解析は母艦のAI担当」

「お前では無理なのか?」

「当然です。そもそも救難信号かどうかも分からない」

「バックアップは?」

「6時間後。大規模遭難であれば巡洋艦ラバウル。そうでなければ第二艦隊の駆逐艦が到着予定」


 やれやれ。

 本物の救難信号かどうかも確認できていなかったわけだ。


 俺の仕事は現場の確認。その先は状況次第ってことだ。

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