第3話
冬の凍えるような風の中、コンビニで電子タバコを、買ってこうとした帰り道。
何を思ってそんなことをしたのかはわからない。わからないけど、まあ、思いついてしまったのだから仕方がない。
仕方ないので、思い付きのまま、近所の深夜までやってるスーパーにダッシュした。おそらくこのスーパーがなければ、私の食事は純度100%コンビニメシになるのでもう少し寿命が縮んでるだろう。そんなありがたいスーパーに駆け込んで、普段は見向きもしない魚介コーナーへ、閑散としたスーパーの中を突っ切る。
なにせ、思いついてしまったのだから仕方ない。衝動のまま、うきうきで材料を買い込んで、寒空の下小走りで家へと向かう。
そうして、あと少しで日付も回るそんなころ、私は両手いっぱいのビニール袋を抱えて、私の帰りを待つ一人と一匹の元へと駆け出した。
※
「あこ、カニ鍋だよぉ!」
「はぁ?!」
いつも通り、こたつにネコと一緒にくるまって私の帰りと飯をまっていたあこに、うきうきで声をかけた。対するあこは、あんぐりと口を開けて、何をいってるんだこの大人はという視線で私を見ている。ふふふ、そんな顔をしていられるのも今のうちさ。
「いやあ、冬だし、食べてえと思って買ってきちゃったよね」
「いや、材料どころか、うち、鍋とかありましたっけ? 知ってます? なぎさん、材料があっても調理器具がないと、ご飯は作れないんですよ?」
あことねこが揃って、あんぐりと口を開けて私を見る。しかし、私の不敵な笑みは崩れない。そんなことはねえ、こちらとら百も承知なわけなのだよ。
「ふっふっふ、うちの鍋がカビが生えてまともにつかえないことを、私が忘れるているとでも?」
「はい、確かな確信をもって言いますけど、はい」
「いや、今のやり取りの時点で把握できてるじゃん。なんでそうだめな方向にばかり信頼が強いんだよ」
「……だって、なぎさんですよ? 私、ここにお世話になり始めてから、なぎさんが水道水とコーヒー淹れる以外で、台所に立ったの見たことないですよ」
えー、そうだっけ、と額に手を当てて想い返してみた。あんまり回想に時間はかからずに、実際料理のりの字もしたことないわと正しく想い返せてしまった。ここ最近、コンロのスイッチすら触った記憶がない。
どうやって言い返せばいいのかと考えていたら、あこの膝から猫がぴょんと飛び出してきた。それから、私の方にすり寄ってきてごろごろと喉を鳴らしだす。
「いやあ、ネコくんはわかっとるね。ふふふ、そうだぜ、今日はカニ鍋だぜ」
「いや、まじで言ってんですか? だから調理器具がですね」
「だから土鍋も買ってきたんよ」
「わざわざ?」
「携帯コンロとガス缶も買ってきたぜ、調味料とかないから、スープも寄せ鍋のやつ買ってきたし。かんぺきぱーぺきよ」
「うっわ、本気ですね。野菜とかもあるし、あ、ほんとに、かにだ。スーパーに並んでる高いの、買ってる人初めて見たかも」
「ふふふ、といわけで任せた、あこ」
「ええっ、私がやるんですか?!」
「なぎさんは、仕事終わりで疲れたのだー、頼んだ!」
「まー、いいですけど、多分、これ、切るだけだし」
てな感じで、調理はあこに任せて、私は炬燵の中にごろりと転がる。ネコくんも、私と一緒に転がり込んできたので、二人でにししと笑い合う。楽しみだねえ、いや、まったく。
「てか包丁なーい。……しゃあねえ、はさみで切るか……、とりあえず洗ってから」
台所からうちのシェフの声がする。いやあ、楽しみだねえと意気揚々とたばこを付けた。瞬間、ねこくんは訝し気な顔をすると、私の傍から離れてしまう。うむむ、喫煙者のつらいとこだね。
「……ところで、ネコくんは、カニって食えるの?」
「わっかんない、調べます?」
「いやあ、私調べるわ……あ、だめそう」
「あらまあ、残念だねねこくん。まあ、魚も買ってきてくれてるから、これをあげよう」
「はは、すまんねえ、ねこくんや」
そんなやり取りの意味を知ってか知らずか、台所ではさみをにぎるあこの隣で、ねこくんはにゃあと鳴いていた。早くよこせと言っているのか、ただ匂いを嗅いでいるだけなのか。
十分ほどごろごろしてたら、あこがいそいそと材料を机に載せだした。私もたばこを消して、わくわくに頬を緩ませる。
「家でかにとか、初だなー。いやあ、楽しみ」
「私もしたことないや、はい、なぎさん、鍋おくんでコンロに火ぃつけてください」
「ういうい、ぽちっとな」
スイッチを軽く捻ったら、ばちばちと音がなってカセットコンロに火がともる。うんうん、思い付きだったけど上手くいくもんだ。そうこうしてる間に、あこはてきぱきと鍋に出汁と具材を入れていく。具材があんまりちゃんと切れてないのは、まあ、うちに包丁がないからだね。ご愛敬というやつだ。
一通り具材を入れたら、程なくしてぐつぐつ音が鳴り始める。そしたらあこは鍋に蓋をして、私はそれをご満悦に眺めてた。
「楽しみだなー、なーべー、ふふふー」
「ご機嫌ですねえ。まあ、鍋はちゃんと栄養もとれますし何よりですね」
「でーしょー? まあ、そこんとこはあんま考えてないけどね。ただの思い付き」
「この前、その思い付きで、お菓子ばっかり買ってきて夕飯だーって言ったときは、さすがにびっくりしましたけど」
「いやあ、だってふと食べたくなったんだから、仕方ないじゃん。ふふふーまーだかなー?」
「十分……いや、二十分くらいはできませんよ」
「うえー、私の心はもう鍋にそまっているのだけど、ねこくーん、かにのいい匂いがもうするよー」
ごろんと転がって、ねこくんに泣きついたら、にゃあと鳴かれてそのまま顔をべろべろと舐められた。なんだろう、私にかにの匂いでもついてんのかな。
「じゃあ、なんか飲みます? 私が飲んでたコーラしかないですけど」
「血糖値があがればなんでもいいや、ちょうだい、あこ」
寝転がりながらひらひらと手を伸ばしたら、そこにコーラのペットボトルが綺麗に握らされた。よっこいせと腰を起こして、半分くらいになったコーラを一気に流し込む。うーんあんまり冷えてはないないけど、まあ、冬だから別に良し。
そんな私の様子を、あこはどこか半眼で呆れたように見つめていた。
「なぎさんの健康が終わってる理由が、今の一瞬に凝縮されてる気がしますよね」
「というと?」
「食事前の糖分、夜のカフェイン、あと煙草とかの快感でいろんな不調をごまかすところ」
「ふふふ、私から快楽物質をとると、色んな痛みで爆発するからね」
実際、カフェインも糖分もタバコもとれない日があったけど、頭から肩を経由して、腰と腹まで痛かった。終わってんな、私の身体。
「褒めてません、が、まあなぎさんらしいっちゃらしいですね」
そんな私を出会って一週間ちょいの娘は、半眼で笑いながらこっちを見ていた。
そんなあこに、私は「せやろ?」となんでか自信満々で笑い返してる。
そんな、なんでもない冬の日があった。
深夜に思い付きで、かに鍋をした。
そんな、なんでもない日があった。
※
「いや、かにうまっ」
「うわあ、ホクホクしてる。いや、うまぁ」
「甘い、熱い、うまい。ふふふ、またしたいなー、こんどは牡蠣かなぁ」
「いやあ、でもお高いんでしょう?」
「ふはは、それはそう。ねこくんもくいなー、魚の切り身だけど」
「んー、おいしいですね、なぎさん」
「だねえ、あこももっと食べな」
「はい、そうします」
そう言って、あこは少し呆れながら、でも心底美味しそうにかに鍋を食べていた。
うんうん、良い買い物したね、我ながら。
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