歯車

NEINNIEN

第1話

 人は時に人生の事を歯車という言葉で表現することがある。


 『社会の歯車になる』だったり、『組織の歯車になる』だとか、『歯車がかみ合わない』だとか、そんな比喩が沢山ある。


 もし今の自分の人生を歯車で比喩するのであればそれはきっと『歯車は動いていない』、という表現になるのだろう。

 どこかに歯車の空きがあるせいで、回らない。それが今の現状だった。


 なんとなく高校に通ってはいるものの、何か将来の夢があるわけでもなければ、何か目標になるものがあるわけでもない。ただ漫然と日々を生き、時間を浪費しているだけの人間、それが自分だった。

 このままなんとなく卒業して、そしてなんとなく就職して、その後なんとなく結婚して、最期には死んでいく。そんな普通の人生をただ生きていくと思っていた。


 今日、この日が来るまでは。


 今日で高校二年生になり文系と理系でクラスが分けられるようになり、いやでも将来の事を考えないといけなくなった春の日だった。

 クラス分けの紙を見て、一年時の友人全員とは言わないものの数人が同じクラスの事を確認し安堵していると、その中に一人だけ記憶にない生徒の名前が書かれていた。

 こんな生徒いたかなと、頭の中を整理している間に同じクラスになった友人に呼ばれたため思考を一度止めて、友人の元に向かう。


 ホームルームの時間になり、教室にいた生徒が全員席に着いたというのに、一つだけ席が空いていた。

 新学年早々遅刻した生徒、というわけではなさそうだ。

 おそらくあの見覚えの無かった名前の人物が転校生なのだろうと察しを付ける。

 教室にいるあいだ、転校生がいるといったうわさ話も聞いたことだし、その推測に間違いはないだろう。


 ただ転校生が来たところで僕には何の関係もない。

 クラスメイトというだけの殆ど関わりのない人物が一人見知らぬ人物に変わった所で、何か関係があるはずがない。


 ……そんな考えが間違えだと悟ったのは、彼女が教室の中に入った時だった。


 彼女しか目に入らなかった。

 このモノクロの世界で彼女だけが色づいているかの様に思えてくる。

 もはやこの世界には僕と彼女しか存在しないのではないかと思う程の圧倒的な存在感があった。


 この気持ちを端的に表すのであれば、僕は彼女に恋をした。そんな陳腐な一言になってしまうのだろう。

 こうして僕の人生の中に彼女という名の歯車が入ってきて、僕の『空いていた歯車が埋まった』のだ。


















 ところで歯車同士というのは、お互いの歯数が違う様に設計されることが多いというのは知っているだろうか。

 これは同じ歯同士がぶつかり続ける事で、傷が大きくなることを防ぐためにこういった仕様になっていることが多い。大きな岩が、波によって同じ場所にぶつかり続ける事で削れていくように同じ場所にずっと衝撃を受けるというのは部品の劣化を考えるとあまり良くない。

 そのため歯車の歯数というのは互いに素である状態で作られることが多い。互いに素というのはその二つの数を共に割り切ることの出来る正の整数が1しか存在しないことを指す。


 そして今僕と彼女の関係は互いに素であるといえるだろう。共通点はクラスメイトという小さなもの一つしかない。


 そしておそらく彼女の歯車の中に僕という存在はまだ存在していない。


 だがそれではつまらない。

 僕は『歯車に傷を付けたかった』のだから。ただ力を伝えるだけの存在にはなりたくなかった。

 彼女の『歯車の一部になりたかった』。そして将来、彼女が人生を振り返った時、今日という日が『人生の歯車が狂ったきっかけ』になって欲しかった。


 こうして僕の『人生の歯車は回り始めた』。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

歯車 NEINNIEN @NEINNIEN

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ