笛の音と
紅月楓
第1話
ホイッスルが鳴り響き試合の終わりを告げた。
試合後のインタビューを見終えた僕はテレビを消して部屋を出る。
街中を歩き、大きな高層マンションのとある部屋へ行く。
「いらっしゃい、待ってたよ。」
先ほどの試合でインタビューを受けていた人物が出迎えてくれた。
金髪で背が高く、クールそうだが笑顔の似合う顔立ちの男性だ。
部屋に通してもらうとそこには明らかにオシャレな景色が広がっていた。
暗めの木目調で統一された家具、手入れの行き届いた観葉植物、ラックに乗った大きなテレビには今日の試合結果が流れている。
「今日の試合、大活躍でしたね。得点もですけど、裏に抜け出した選手に出したピンポイントのパスもすごいカッコよかったです。」
「そうかな、あんまり褒められると明日の試合で調子に乗っちゃいそうだなぁ。」
彼は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
そんな会話をしながら二人で寝室へ行く。
彼がうつ伏せで寝転び、体の力を抜く。
「じゃあ、ちょっと失礼しますね。」
肩から背中にかけてのマッサージをしていく。
背筋がしっかりとしていて表面の柔らかさの中にも芯の様な硬さが感じられ、改めてスポーツ選手の肉体のすごさを知る。
上半身のマッサージを終えて尻、太股、脹脛(ふくらはぎ)のマッサージへと移る。
下半身はどこもがっちりとしていて、筋肉の凹凸がまるで彫像のようだった。
「こんな綺麗な筋肉中々見れるもんじゃないですよね。いつもの事ながら、触れて良いかちょっと悩みますもん…。」
枕に顔をうずめながら彼がクスっと笑った。
「君はそれが仕事だろう?何の為に俺が君の事を口説き落としたと思ってるんだよ…。」
優しい声で彼はそう言った。
元々は2年ほど大学のサッカー部付きでマッサージをしていたのだが、そこの出身である彼がどうしてもと言うので今は専属契約をさせてもらっている。
体の後ろ側のマッサージを終え、膝や足の指などのケアも全て済ませて、疲れて眠たそうにしている彼を起こす。
「起きてください。ご飯まだ食べてないんでしょう?」
僕がそう言うと彼は欠伸をしながら「うん」と答える。
普段はクールな振る舞いをしているのに電源が切れると子供の用になる。
そんな彼を放ってキッチンに行くと鍋が置いてあり、中には野菜多めのポトフのようなものが入っていた。僕が来るまでの間に作っていたのだろう。
それを火にかけて温め直す。
その間に冷蔵庫から豚肉と牛肉を取り出してフライパンに乗せてしっかりと焼く。
大きなどんぶりにご飯を入れ、その上に焼いたお肉を乗せて、タレを少しかける。
そうしてる間にポトフが温まったので器に入れて、いつの間にかテーブルで待っている彼の元へ持っていく。
「んー…ありがと…。」
「どういたしまして、ちゃんと食べてから寝てくださいね。」
彼はゆっくりとご飯を食べ始めた。
僕はその間にお風呂の掃除や彼の私服の洗濯などをしていた。
それらを終えてテーブルへ戻ってくると彼は食事を終えてソファに座っていた。
「いつも色々とありがとう。すごい助かってるよ。」
彼が僕の顔を見てそう言った。
「いえいえ、一人暮らしで慣れてるんでこれくらいなら…。」
そう言いながら僕は彼の隣に座った。
彼と一緒に今日の試合映像を見返した。
あちこち映像を確認しながら試合を眺めて2時間近く経っただろうか…。
「明日はオフだし、今日はこのまま泊まっていかないか?」
彼がチラッとこっちを見てそう言った。
「今のご時世、何で騒がれるか分からないんだからダメですよ。」
そう言いながら帰り支度を始めると、彼の悲しそうな顔が見えた。
「明日暇なんですか?だったら明日の朝また来るんでどっか連れて行ってくださいよ。」
一瞬で彼の顔が明るくなる。
笑顔で大きく頷く彼を見て、僕も思わず微笑んでしまった。
「じゃあ、明日楽しみにしてるんで今日はもう帰りますね。」
「分かった。どこ行くか考えておくな。」
帰り支度を済ませ、玄関まで来ると彼が僕の頭を撫でる。
「また明日な。」
「はい、また明日。おやすみなさい。」
こうして僕は静かな夜の街を歩き家路につく。
笛の音と 紅月楓 @KudukiKaede
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