スタートライン、一つ目

最早無白

なんとなく

 僕はクラスの中で自他共に認める影の薄さと、それに付随して圧倒的な近寄れなさを誇っていた。誰も邪魔しない分、ある意味心地よかったりする……ただ一人、その安全地帯に土足で踏み込んでくる女子がいるわけなのだが。


「また一人で寝るの?」


 ――本当に『また』だよ、そっちがな。この女は休憩時間になると、毎回のように僕の席にやってきて雑な話題を振る。何が楽しいのやら。第一、僕なんかと話してもメリットがないだろ。


 そいつは人形のような金髪という、校則をガン無視したその長髪を、南国の海のように澄んだ、それはもう青く澄んだ瞳で合法化させている。要はハーフだ。

 高校進学を機に日本にやってきたとかなんとか、どうやら帰国子女の女の方らしい。そのため英語はペラペラ、日本語を使いこなせるくらいには頭もいい。


 あとは……誰もが憧れるほどの美貌。ハーフということもあり目鼻立ちがくっきりしていて、ブロンドも瞳も『綺麗』という言葉でしか形容できない。こいつといると、僕は途端に頭が悪くなってしまうようだ。溢れ出る魅力にあてられてんな……。

 だからこそ、僕なんかと話してくれるなってことだ。『憧れ』を見る、周りの目も痛いし。


「いいだろ別に。僕は好きで寝ようとしてるんだ」


 半分正解で、半分間違いだ。僕は眠いわけではないし、この授業の合間の休憩時間に寝ていなければならないわけでもない。『目的』としてではなく『手段』として、机に体を預ける判断を下したまでだ。ああそうだ、目的なんて『照れ隠し』でしかない。


「そもそも、なんで僕にちょっかいをかけてくるんだ? なんの面白みもないだろうに」


「それはね~……『なんとなく』だよ」


 なんとなくで人の眠りを妨げようとするな。いや、本当に寝たいわけじゃないから強くは言えないけどさ。こういうふわっとしたノリが後々『いじめ』に繋がったりするんじゃないのか?

 今は一対一だから発展しても『喧嘩』止まりだけど、これが一対多になった途端に問題化するかもしれないんだぞ。


 特にお前は、全男子の憧れみたいな存在なんだから。ライバルを減らしに躍起になるやつらも少なからずいるんだって。だからお前とは過度に関わらないようにしているんだ。後が怖いからな。


「じゃあそれだけだから~、またね~」


 そんなどうでもいい話題だけ持ち込んで、いちいち関わってくるな。そもそも『十分』という短時間で人間が寝つけるとでも思っているのか、この女は。それが海外流のコミュニケーションなのか? 日本特有の『察しろ』なものよりシンプルな分、返答できなかった際のドライな対応も心にくるぞ。毎回嫌われたかと錯覚しちゃうんだから。


「はぁ……行ったか」


「行ってないよ」


 なぁにぃぃぃぃぃ~!? こいつ、寝たフリ状態を解いた無防備な僕とコミュニケーションをとろうというのか? そうまでして僕を貶めたいのか、なあどうなんだ? どっちにしても心の準備はできていないぞ。


「――騙したな」


「騙される方が悪いんだよ」


 彼女は色素の薄い唇をにたーっとして、満面の笑みを勝ち誇ったように見せてくる。

 うぜぇ……お前、この世に倫理的な価値観がなければ即刻殴ってたぞ、その綺麗なお顔に傷がつかない部位をな。あざが分かりづらい背中とかをぺちーんって。

 ――さすがにグーでいく勇気はなかった。妄想の中ですら、僕は気が弱いみたいだ。


「僕を騙すなんて真似までして、一体お前は僕をどうしたいんだよ? こんなの初めてだろ?」


「初めてだね~。でもこうでもしないと、君は歩み寄ってくれないじゃん。ウチはもっと君と仲良くしたいのにさ。だからせめて、スタートラインには立ってほしかったわけ」


 なにがスタートラインだ。なんでゴールお前に向かうことを強制するんだよ。確かにお前はクラスの全男子の憧れとみて間違いないだろうし、僕も見た目だけにおいては高評価を下さざるを得ない。それだけお前は『綺麗』だからな。


「対抗馬が多すぎる。勝ち目のないレースには、さすがに参加できないよ」


「それ、遠回しに『好き』って言ってるようなもんだよ。興味ないフリして、ロケットスタート切ったね~、ふふふ……」


 ――はっ!? 確かに、受け取り方によっては告白に聞こえるかもしれない! 現にこいつはそう受け取ってやがるみたいだし……いや、なんでまんざらでもない顔してんだよ!


「いや……その、これはだな……!」


「今さらどんな言い訳しても無駄だと思うよ~。ウチのことが好きなんでしょ? そう仮定して、返答するとしたら……『よろしくお願いします』かな」


「え、うえええっ!? いきなり、何の脈絡もなく!?」


 こいつが僕なんかを好く要素なんて、一ミリたりともないだろ! 自分でも分かるくらいには魅力がないんだぞ。それか、本人の自覚がない所に魅力を感じてくれたのか?

 そうだったら嬉しいけど、だとしても納得がいかない! 謎の好意は怖すぎるから説明しろ!


「……なんで僕なんだ。もっといいやつはたくさんいるだろうに」


「うん、必死になって探せば多分いると思う。でもね、今は君が一番輝いて見えたから。だからウチは勇気を出して君を騙第一歩を踏み出したの……これで


 なんだよ、特に理由らしい理由はないんじゃないか。ただの気の迷いか……。

 まあ、高校生の付き合いなんて気の迷いでしか起こり得ないふわっとしたものだし、僕が重く考えすぎているだけかもしれないな。


「――そういうことにしとくか。僕もお前が一番輝いて見えるしな」


「知ってる。みんなウチの方ばっか見てくるし、ママも『綺麗に産んでやった』っていつも自慢してるしね~。ある意味似た者同士、だよ」


 僕がこいつのことを『綺麗だからなんとなく好き』であるように、こいつも僕のことを『なんとなく』で好いてくれているようだ。嬉しいやら無責任やら。

 そして油断はできないなと、柄にもなく『頑張らないと』と思ってしまう。未だクラスの男子ライバルの存在は脅威だ。だけど僕が輝いて見えるうちは、お前らには絶対に負けない。


「じゃあ『なんとなく』じゃなくなるように、お互いの理解を深めていくぞ」


「いいねぇ。逃がさないようにせいぜい頑張ってね?」


「そっちこそ、いい女が現れても靡かせてくれるなよ?」


 憧れの女子との交際。それは決してゴールではなく、新たなスタートを切ったにすぎない。

 何かの間違いでこいつと結婚しても、クォーターの子宝に恵まれたとしても、それはまた別のスタートラインに立ったにすぎない。


 ――見えやしないし、見たくもないゴールラインに向かってな。

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スタートライン、一つ目 最早無白 @MohayaMushiro

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