いつも夢の中は

七三公平

第1話 いつも夢の中は

 私は、眠ることに敗北を認めている。眠くなったから、眠る。一日の中での、そういうサイクルが分からない。二十一時と二十二時から、流行りのドラマが放送される。そんな習慣の所為だろうか、なんとなく二十三時と言えば寝る時間というイメージが身に沁みついている。そのくらいの時間に寝れば、六時間の睡眠時間は確保できる。すんなり寝られればの話である。


 不眠症を解消するための方法というのも、世間ではよく言われている。だが、いろいろあってなかなか難しいこともある。だから、そういうのは横に置いておくとして、今日も私は二十三時になる前には布団に入った。


 戦いは、もう始まっている。そう思う人もいるかもしれないが、私は戦わない。なぜなら、敗北を認めているからである。電気は消す。


 本当は、電気を消すとか消さないとか、そんなことはどうでもいい。そんなことで変わるくらいのものであれば、何年も悩まされることはないし、敗北することもない。電気を点けているだけで、電気代は掛かっていると考えて、無くてもいいから消しているだけのことだ。


 暗い天井を眺めたりしたこともある。今は、それもしなくなった。目を瞑り、少しでも運動になるかと思い、暇だから足をバタバタと動かしてみたりする。ちょっと、足や腹筋が鍛えられないかなと思ったりして――。私は、仰向けになっていると、眠れる気がしない。だから、飽きたら横を向く。


 布団にくるまれる感覚は、大事だと思う。良い感じに包まれたなら、それだけで安心する気がする。枕と、顔の高さや位置も大事である。これは、朝になって肩に痛みを感じることがあるからである。眠りとは関係ない。


 ここまでは、普通によくある話である。とりたてて、どうこう言う程のことではない。前置き程度の話に過ぎない。



 深い眠りに着けるかどうかは別にして、いつの間にか私は眠っている。明日も眠れるかなという不安は付いて回るが、寝不足が溜まれば、いつかは絶対に眠れるものである。


 そうして眠ることが出来た私の頭の中では、夢が発動する。良い夢なら見たいが、良くない夢は見なくていい。なのに、望んでいない夢を見させられることもある。


 何かに追いかけられる夢の時もあれば、どこかに向かわなければならないとか、何かを追いかける夢の時もある。もちろん、それ以外の内容の夢だってある。そんな中で共通している要素として、思うように歩けない走れないというものがある。


 今日の夢は、ただただ真っ白い、どこまでも真っ白い空間に、私はいた。そこに、親がいる。私は、学校に向かわなければという気持ちになっていた。実際の私は、学校というような年齢ではない。もう、随分と大人になってしまった。


 だけど、足が重くて、思った通りに動いてくれなくて、歩くことが大変な状態だった。そのことを、夢の中にいる親に話した。


「へえ、そうだったの。」


 親は、ただそれだけ言った。驚いた様子も、私を心配する様子もない。そして、どこかへと足早に去って行ってしまった。


 私は、心配して欲しかったわけではない。だけど、理解くらいは示して欲しかった。「へえ、そうだったの」という、その言葉からは理解どころか、何の感情も感じられなかった。ただの相槌でしかない。私の両親は、まだ元気に生きている。


 私は、誰もいなくなった真っ白い空間を、頑張って足を動かして、出来る限り急いだ。その姿を応援してくれる人は、ここには誰もいない。それでも、時間までに学校に着けるように急いだ。


 思い通りに動かない足を、頑張って前に出し続けるのは、苦しかった。途中で、時間に間に合わなくても仕方ないか……という思いになった。どうせ、これは夢なのだ。


 そう、その事に私は気付いていた。それなのに、夢の中で頑張っていた。その先に、何があるわけでもないのに。まるで、まだ死んでもいないのに、天国を目指している気分である。走馬灯のように、過去の思い出から誰かが登場してくることもない。


 ここでやめたら、この夢の意味するところが終わってしまう、夢から覚めてしまう。夢の中で苦しい思いをするくらいなら、いっそのこと夢から覚めたい。夢を終わらせたい。そんな気持ちにもなる。それでも、私が足を動かそうとし続けるのは、ここを乗り越えようという気持ちからである。私は、眠ることに対しては敗北を認めたが、自分の心とは戦っていた。そう、夢の中で。


 誰かに応援して欲しい気持ちはある。誰かがいてくれたらと思う。だけど、人生は思い通りには行かないものである。この真っ白で何も無い世界――私の向かう先にゴールが存在しているだけの世界。それが、私自身がそれ以外のことに目を向けていないことを意味するとは、思わない。むしろ、いつも周りのいろんなことを気にしてしまっているが、ゴール以外のことなんて本当は見なくていいと、自分自身で気付いている、その気持ちの表れではないかと、思う。


 人によって、何をゴールにしているのかは違っているのかもしれないが、自分の中にゴールが見えているのなら、そこをただひたすらに目指せばいい。そんな、自分との戦いに負けないように、頑張って足を前に動かし続ける私の夢は、もうすぐゴールに辿り着く――もしくはゴールに辿り着いた瞬間に、いつも目が覚める。最後の最後に、誰かが手を伸ばしてくれることもある。


 今日は、ゴールが見えてきたところで、私は夢から覚めた。自分自身に、また一つ打ち勝ったのだ。満足感があるわけではない。たとえゴールしていたとしても、その瞬間に夢が終わってしまうから、モヤッとした気持ちは私の中に残る。なんとなく疲労感もある。だから、私にとって良い夢ではない。


 生きるのが苦しい時もある。虚無感に襲われることもある。だけど、ゴールはきっとどこかにある。それを、この夢は示しているのだと、私は思うことにしている。布団の中の温もりに包まれて、動かない私。


 気付くと朝になっている。カーテンから光が漏れている。体を起こし、カーテンを開けると、青い空がただただ見える。恐らく、それは光に溢れた空なのだろう。窓枠の冷たさに触れ、肌が震えた。


 私の心にも、少しは光が差す部分があるだろうか。きっとあるから、こうして空を見上げているのだと、私は乱れた布団に温もりを残したまま、一人で思った。


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