第2話 考古学者ロニ

 冒険者エレルは、ダンジョンの最奥部で立ち往生していた男性を保護した。


「僕はロニ。考古学者だ」

「私はエレルよ……って、どうして冒険者以外がダンジョンに潜ってるのよ」


 エレルはロニを見渡す。黒髪の冴えない男はかろうじて冒険者の装束を着ていたが、護身用の短剣以外に今は何も装備しているように見えなかった。


「それは、ここに始祖ノーランの痕跡があるという文献が出てきたので調査に来たからですよ」

「ひとりで?」

「最初は仲間を誘ったんですけど、誰もついてきてくれないのでひとりで来ちゃいました」


 いたずらがバレた子供のようにロニが言うと、エレルは信じられない者を見る目をする。


「あんた馬鹿なの!? ここは討伐レベル8よ! 冒険者だって誰も最奥部に来たことのない超高難度のダンジョンよ! 自殺行為にも程があるわ!」

「そうかもしれませんが、でも僕は貴女より先にここまで辿り着きましたよ」

「そうよ、どうやってここまで来たの!?」


 エレルは道中倒してきたモンスターを思い浮かべる。他の高難度ダンジョンに比べて数こそ少なかったが、巨大なムカデやクモが何匹も行く手を阻んだ。まるでダンジョン攻略素人のロニが、それらを突破できるとは到底思えなかった。


「ありったけの魔法を買って、魔法袋いっぱいにしてここまで来ました」


 エレルは呆れた。魔法を使えない冒険者は大抵市販されている魔法を購入し、魔法袋に詰めていざという時に使用するのが通例となっている。火の魔法や氷の魔法、そして緊急脱出用の魔法などを常備している。モンスターが少ないと思った理由も、先にロニが魔法であらかた倒していたからだと思うとエレルは目眩がしてきた。


「それで、全部持ってきた魔法を使い切ってここで立ち往生してるってわけ?」

「はい」


 ロニはにこにこと答える。一歩結界の外へ出れば、モンスターが襲ってくる可能性が高かった。強行突破でダンジョンの入り口まで戻る間にモンスターに襲われたらひとたまりもないことに比べれば、確実に安全である結界内で待機していたのは善策と言えた。しかし、いつやってくるかわからない冒険者を待つのは可能性の低い賭けでしかなかった。


「あんた馬鹿ねえ……どうやって帰るつもりだったのよ」

「いやあ緊急脱出の魔法も買ったと思ってたんだけど、魔法袋に入ってなくてどうしようかと思ってたところだったんだ」


 へらへら笑うロニに、エレルはついにかける言葉もなくなった。


「もういいわ……あんたと喋ってると頭が痛くなってくる。無事に地上まで送ってあげるから、今日は一回ここで休ませてよ」

「あなたの緊急脱出の魔法で帰ればすぐじゃないですか」

「あれはどうしようもないときに使うの! 全く、これだから学者は……」


 ロニを見つけた衝撃でエレルは結界内の探索をしていなかったのを思い出した。結界内には粗末な箱がひとつあるだけで、これといったアイテムはなさそうだった。


「これといった収穫もなし、今回は無駄足だったかな……」

「いえ、人命救助をしたじゃないですか」

「あんたは黙ってて!」


 モンスターの来ない結界内が、冒険者の唯一休める場所だった。


「私の体力が回復したら出発するから、そのつもりでいてね」


 WDOに何て報告しよう、そんなことを考えながらエレルはさっさと休憩の支度を始めた。

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