第4話 破棄

「クラリス! 今日で君との婚約を破棄する!」

「っ!」



 卒業パーティーの最中、私は婚約者でありこの国の第二王子であるブルーノ様から婚約破棄を言い渡された。

 突然のことに周囲の人々が困惑する中、小さく息を吐いた私は静かに問い質す。



「どうしてか伺ってもよろしいでしょうか?」



 すると、得意げに笑ったブルーノ様が隣にいた女性の肩を抱いた。



「それは、君が義妹であるカルナの魔術師としての有能さに嫉妬して、虐めたからに決まっている!」



 ブルーノ様に肩を抱かれたカルナを見ると、怯えたような表情で彼に体を寄せた。

 その口元が歪に上がっているのを、扇子の奥に隠そうともせず。


 分かっていた、ブルーノ様がカルナを利用して私と婚約破棄しようとしていることも。

 そして、本当の目的がカルナとの婚約ではなく、勇者様と共に魔王討伐に赴いている聖女様を婚約者にしようとしていることも。



「確かに、カルナが魔術師として有能なのは分かります。ですがそれは……」

「ならば、君との婚約は破棄だ! 言っておくが、既に僕と君の両親からの了承は得ているからな!」



 ということは、地位と義妹にしか興味が無い両親に見放された私は、屋敷に帰ればそのまま修道院行きね。

 でもまぁ、これで良かったのかもしれない。

 正直、この王子様のバカさ加減に付き合うのも、義妹や両親から冷たくされるのも疲れたから。



「分かりました。婚約破棄の件、謹んでお受けいたします」



 綺麗なカーテシーをした私は、屋敷に戻ると両親から勘当を言い渡され、そのまま修道院へと送られた。





「シスタークラリス、マザーがお呼びよ」

「あっ、はい! 今行きます!」



 修道院の生活にも慣れた頃、他のシスターに呼ばれた私は、仕事を中断してマザーがいる応接室に向かう。



 コンコンコン



「入りなさい」

「失礼致します」



 ところで、お客様って一体誰かしら?

 まさか、家族か元婚約……?


 内心首を傾げつつ部屋に入った瞬間、誰かに抱き着かれた。



「キャッ!」



 ど、どなた!?


 勢いに押されてその場に倒れ込んだ私は、引き離そうと華奢な両肩に手を添えた。

 すると、目の前から嗚咽交じりの声が聞こえた。



「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!……」

「っ!?」



 初対面の人に向かって涙を流しながら謝罪をするその人は、婚約破棄される少し前にこの国に召喚された聖女様だった。


 どうして、聖女様がここに……?


 涙を流す聖女様に唖然としていると、銀色の鎧を身に纏った男性が聖女様を引き離した。



「ほ〜らっ! 初対面にいきなり抱き着いて謝罪をする人がいますか」

「だ、だってこの人! 私がこの国に召喚されたせいで……」

「マヤ。それはさっき、レンも言っていたじゃないか。『それは、マヤさんのせいではなく、一方的に婚約破棄をした王子が悪いです』と」

「っ!!」



 その瞬間、今まで見て見ぬふりをしていた感情が込み上げ、頬に涙が伝った。


 そう、本当は悲しかった。

 お父様からは冷たくされ、お母様が亡くなり、継母と義妹が来てから、私の居場所はブルーノ様だけだった。

 例え、王太子になるための後ろ盾が欲しくて結ばれた婚約でも、私の居場所はブルーノ様しかいなかった。

 それなのに、聖女が召喚された途端、ブルーノ様の策略で婚約破棄され……



「これ、良ければ使ってくれ。あんたも色々あって大変だったんだろう」

「グスッ……ありが、とう、ござい、ます」



 大柄で鎧姿の男性からハンカチを差し出され、ありがたく受け取った私は、そっと涙を拭って気持ちを落ち着ける。

 すると、聖女様を介抱していた銀色の鎧姿の男性が、私の方を見ると近づいてきた。



「初めまして、俺は勇者『レン』。で、そこでギャン泣きしているのが聖女『マヤ』。そして、ハンカチを差し出した紳士が凄腕タンクの『ジェイク』です」

「あっ、初めまして。ここの修道院でシスターをしているクラリスと申します」

「知っています。君が元公爵令嬢で元王太子の婚約者であり、真の『天才魔術師』であることを」

「えっ!?」



 お父様が隠している事実を、どうして勇者様が……


 幼い頃、お母様が炎の初級魔術を見せてくれたことをきっかけに、私は魔術が大好きになった。

そして、代々優秀な魔術師を排出する家に生まれた私は、お父様の指示で学園に入学する前からあらゆる魔術を勉強した。


 大好きな魔術を勉強するにつれて、魔術師としての才能が開花し、学生時代には騎士団と一緒に魔物討伐に行った。

 だが、継母と義妹を溺愛しているお父様は、あろうことか私の功績を全て義妹のものにした。

当然、義妹に魔術師の才は無い。

だが、お父様と継母が社交界で吹聴した結果、義妹は『天才魔術師』と称えられ、私は『落ちこぼれ魔術師』と蔑まれた。


 唖然とする私に、勇者様が手を差し出す。



「俺たちのパーティーには、君のように魔術を愛する人が必要なんです。だから、俺たちと一緒に来てくれませんか?」

「わ、私は……」



 すると、聖女様からそっと手を握られた。



「聖女さ……」

「身勝手なお願いだとは分かっている。でも、どうしてもあなたの……ひたむきに魔術を極めたあなたの力が必要なの!」



 その時、私はこの人達について行こうと決めた。

 この人達なら……大好きな魔術を極めたを知っているこの人達なら信頼できると思ったから。

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