最近できたクールな義妹が可愛すぎて俺は今日も誘惑に負けそうです【前日譚】~朝日向火乃香と義理の父親~

火野陽晴《ヒノハル》

朝日向火乃香と義理の父親①

 生まれた時から、わたしは闇の中に居た。


 暗く狭いジメジメとした洞窟。

 陽の光も届かない暗澹あんたんの中で小さな火を灯し続ける。


 それが火乃香わたしという人間。


 『幸せ』とか『愛情』なんて言葉、自分には縁のないものだと思っていた。他所よその国の戦争や飢饉に現実味を持たないのと同じ。

 少なくとも小学校に上がった頃には、自分が周りの子と違う存在だと気付いた。


 ある日のことだった。学校で自分の名前の意味や由来を調べる授業があった。私は母に『火乃香ほのか』という名の意味を尋ねた。


 「アンタがおなかに居た時、今よりもっと金が無かったからさ。電気代も払えなくて暗くて寒くて仕方なかったんよ。だからアンタは早くお金稼げるようになってアタシのこと温めてほしかった」


臆面も無く母はそう言った。

 意味が分からなかったわたしは、母の言葉をそのまま発表した。先生の引きった表情は今でも忘れられない。

 他の同級生達は『家系』や『こんな人物になれるように』という理想、『字画』や『験担げんかつぎ』なんかを考えて名付けられていた。

 どれも名前の持ち主――名付けられた子供の未来を想ってのものだった。

 だけど母は違った。考えているのは自分のことだけだった。自分が楽になりたいから、救われたいから、現状から脱却したいから。そんな願いをわたしの名前に込めていた。


 その日、わたしは知った。自分は母を照らす為に生まれてきたのだと。


 ムシャクシャした時は焚火に砂を掛けるみたく、わたしで憂さ晴らしをする。

 シングルマザーであることを利用して男からあわれみと同情を買う。

 そうして引っ掛けた男を連れ込むため、わたしに家事を全部をやらせて自分は綺麗な部屋で男と体を重ねる。

 その間わたしは家の外に追い出された。眠る時にを消すのは当然のこと。


 それがわたしの知る『親』の像だった。


 母いわく男性は神のような存在で、自分に生の実感を与えてくれるそうだ。身体を重ねている時だけ、覚束おぼつかない自分の存在を認識できるのだとか。


 そうして数年が経ってわたしが小学校高学年生になった頃。留守番が出来るようになり母との時間が極端に減った。

 代わりに一人の時間が多くなった。

 私に手が掛からなくなった分、母は男と逢引する時間を増やしていた。


 食費は貰っていた。だけど定期的じゃなかった。たまにお金が置かれていて、それを生活費や学校で必要な物にあてていた。


 小遣いなんてものは無かった。新品の服を着た事も無かった。男に媚びれば自分も母みたく綺麗な服が着れるのか。そんな風に思う日もあった。

 でもやらなかった。母と同じになりたくなかった。

 そんな生活が何年も続いて、わたしが中学1年生になった頃。

 

 「今日からアンタのお父さんになる人よ」


何の前触れも予告もなく、母は白髪交じりの男性を家に連れてきた。60歳近い中年の男だった。

 

 「これからはアンタの名前は『朝日向あさひな火乃香ほのか』になるから」

 

言われて、わたしはすぐに受け入れた。母が男を連れ込む事には慣れていたし、自分の名前なんて心底どうでも良かったから。


 所詮しょせんわたしは、母の焚き火に過ぎないのだから。


 ただ『結婚なんて絶対しない』と言っていた母が、籍を入れたことには驚いた。

 聞けば相手の朝日向あさひなさんは、ウチの借金を代わりに払ってくれたそうだ。

 なるほど、そういうことか。

 まだ30歳の母が、自分の父親と変わらない年齢の男性と結婚するなんておかしいと思った。事実今まで家に連れ込んだ男も、皆20代30代だった。

 金目当ての結婚なのだろう。そう思った。


 だけど朝日向さんはお金持ちじゃなかった。働いてはいたけど、母と結婚したことで前の仕事を辞めていた。

 二人は仕事の関係から知り合ったらしいから、職場で不倫が露呈することに抵抗があったのだろう。


 朝日向さんはパートで働いた代わりに母は働かなくなった。無くなったはずの借金がまた少しずつ増えていった。生活は相変わらずだった。


 「僕のことは好きに呼んでね。「お父さん」とか気を遣わなくていいから」


朝日向さんは善い人だった。逆にいつもわたしに気を遣っていた。

 今まで母の連れてきた男は皆、わたしに対して不自然に馴れ馴れしくするか、空気のように扱うかだった。だから朝日向さんの距離感が、わたしは好きだった。


 朝日向さんはわたしに色々と配慮をしてくれた。こっちが申し訳なくなるくらい。だけど狭いボロアパートだ。どんなに注意しても偶然はある。

 わたしがお風呂から上がった時、運悪く朝日向さんが帰ってきたのだ。わたしの裸を見た事を朝日向さんは何度も頭を下げて謝った。


「別にいい。見られて減るものじゃないし、わたしなんて何の価値も無いから」

「……火乃香ちゃん!」


朝日向さんは声を荒らげて、わたしの両肩を力強く掴んだ。


 ビクリ、とわたしは身体を震わせ瞼を塞いだ。

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