第十四話:変化


 歩はマオとメサーナに連れられて店の裏ての路地に連れてこられていた。



「あんたら一体何モンなんだよ?」


「なんだアルね? まだ分からないアルか?」


 そう言ってマオは歩の背中に突き付けていた硬いものを見せる。

 それはあの刺客が手にしていたかぎ爪だった。



「なっ!? じゃぁ、お前らが未来から来ていた反対勢力の刺客だったのかよ!?」



「反対勢力というのは心外ではあるが、議会決議に対してクライアントは人類の未来の為に行動を起こしていた。そして我々もそれに賛同した」


 メサーナはそう言って手を振ると歩の目の前に例の薄さの無い、少し向こうが透けて見れる画像が現れる。

 そしてそれを見た歩は目を見張る。


 それは燃え盛る何処かの部屋の中で、頭から血を流してながらも必死に何かを伝えようとしてきた一人の老人だった。



『聞こえるか? 我らに賛同する同志よ。我々はここまでだ。未来を変える為には標的を消すだけでは目的が達成できない事が判明した。磁場波形の突然変異が起こる可能性がある。国際連邦推奨の方針が正しかった…… これが最後の命令となる。標的を守れ。こちらの試算では国際連邦の推奨策が新たな未来を繋ぐ唯一の方法であることが分かった…… 未来を…… たの…… む……』



 そこまでその老人が言った途端、何かが上から落ちてきて彼の姿が画面から消える。

 そしてその後、すぐに部屋が崩れ外が見えるが、そこで画面がブラックアウトする。

 しかし歩はそれを見て震えた。



「そ、そんな……これはあの女っ!!!!」



 最後にちらっと見えたそれは、部屋が崩れ外が見えた先に魔物の背に乗るあの女の姿がほんのわずかな時間映し出されたからだ。



「お前はあの女を見たと言っていたな?」


「ああ、ああっそうだっ!! あの女は一体!? それにこれは未来の映像なんだろ!!」


 歩がメサーナに喰ってかかってきたそれを、メサーナは片手をあげて制する。


「落ち着け、再度貴様に確認する。貴様はあの女を確実に見たのだな?」


「ああ、見たさ! しかし俺にしか見えてないらしい。アイナたちには見えないんだよ!! あの、夢に出て来たあの女は一体誰なんだよ!!」


 メサーナに制されるもやはり興奮する歩。

 彼女はもう一度手を振り今度は静止画面を表示する。



「我々がこの時代に着て、最後の通信と同時に送られて来たものだ。クライアントの情報ではこいつが異界からの親玉らしい。我々の時代でのクライアントは死滅した。しかし我々はもう元の時代には戻れない。この時代から先を変えるしか人類の生き残る方法はない。残念だが我々のいた時代はもうすぐ死滅する……」


「こいつが親玉!? 俺が女になれば未来は変わるはずなんじゃ!!」



「バカか、おまえはアル。今の時代を変えても我々の時代は変わらないアルよ。変わるのはこの時代の変化が起こった後の未来だけアルよ……我々の未来はこの時間軸とは枝分かれした死滅するパラレルワールドの未来アルよ。だから、我々の犠牲を無駄にするなアルっ!!」



 マオはそう言って歩の胸元をぐっと掴む。

 歩は以前アイナに言われた事を思い出す。


 アイナたちのいた未来は変えられない。

 変わるのはこれから選択が出来る枝分かれした未来への道筋だけ。



「タイムパラドックスを起こすというのは、異空間が現れ可能となった。しかし、我々の想定したものと違っていた。つまり、過去には戻れるがやってきた人間の時間軸は変わらず、未来との通信も何も我々と同じ時間軸でしかする事が出来ないと言う事だ。そして、枝葉のように分かれた未来は現時点を起点に無限に変化できる。貴様たちにはまだ未来を選ぶことが出来るのだ」


 メサーナはそう言って歩を睨む。


「だからだ。送られて来た未来からの通信の最後にあったこのオレンジ色の波形だ!!  これは異界の親玉の波形だ。あちらの世界では男である貴様とこの親玉の波形が一致し、貴様が特異点となり異界との門を開いた。そして未来では貴様がいる限りその特異点は消えることはない」


 そこまで言ってメリーサは画像を消して歩にもう一度面と向かって言う。


「我々の知る限り、貴様が特異点となるにはあと数年を要するはずだった。そして、貴様が特異点にならなければこのオレンジ色の波形は観測される事はないはずだった。だが、この世界の未来は既に変わり始めている。数年後の災厄が今現在訪れ始めている。貴様が見たあの女が元凶だ!!」


 メサーナはそう、吐き捨てるかのように言う。

 それを聞いた歩は愕然とする。



「そ、それじゃぁ、俺がもうじきその特異点になるって言うのかよ?」


「それは我々にも分からない…… 未来で観測され分かっている事はこの波形が完全一致したその時に災厄が始まると言う事だ…… だがこのオレンジの波形はいまだ男であった貴様を探している。女になった貴様の波形に一時的に寄ってはいたが、やはり男である貴様の波形に引かれている。だから貴様に問う、あの女のを貴様はハッキリと見たんだな?」


 真剣なそのメサーナの眼差しに歩はごくりと唾を飲み頷く。


「ああ、間違いない…… だが、あいつは俺に『我を見えると言う事は約束の時が近いと言う事じゃ、楽しみよのぉ』と言って消えた。それ以来あいつは俺の前に現れていない」

  

「まだ不安定という事アルか?」


「分からんな…… しかし、貴様がその前兆を感じ始めていると言う事だ…… いいかよく聞け。貴様は決して男に戻るな。そしてあの女を徹底的に拒否しろ! それが、それが未来を変えられる唯一の手段だ」


 メサーナはそう言ってマオの手を歩の胸ぐらから離せさせる。

 と、その瞬間目の前を光がよぎる。



 きんっ!




「すみませんあゆみさん! こいつら刺客!?」



 それはベータが放った刀身の光るナイフだった。

 マオはそれをあのかぎ爪で弾くも、メサーナとすぐに歩から距離を取る。


 そして歩の首元を引っ張って、ベータは彼女の背中に歩を隠す。



「ふん、国際連邦のエージェントか……」


「まだ、あゆみさんに危害と加えるつもり?」


「逆アルね! クライアントの最後の指令はそいつを守れアルよ!!」



 油断なく刃の光るナイフを構えるベータにマオはそう答える。

 

「あゆみさんを、守れ?」


 いぶかしげにメサーナとマオを見るベータはそうつぶやく。

 するとメサーナはベータに向かって言う。



「国際連邦との連絡はもう取れないだろう? 残念だが、我々のいた時代な終わったようだ」


「……た、確かに最後の通信以来、何度通信をしようとしても連絡は取れないけど」


「あー、止め止めアルね! いいかお前、全てはそいつが鍵アルね。詳しくはそいつから聞くがいいアルね!」



 マオはそう言って背景に空間の揺らぎを作る。

 そしてつまらなさそうにその揺らぎの中に姿を消してゆく。



「我々の最後の任務はそいつを守る事だ。あの脅威からな」


 そう言ってメサーナも揺らぎを作ってその中に消えて行く。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!! 一体どう言う事!?」


「それはそいつにでも聞け」


 そう言って完全にメサーナも姿を消してこの場に静寂が訪れる。




 ベータは悔しそうに歯噛みする歩を見るのだった。



 ◇ ◇ ◇ 



「つまり、刺客たちはクライアントの最後の命令があゆみちゃんを守る事となったってわけね?」


「はい、そう言ってました……」



 自宅に戻り、歩の部屋でアイナとベータ、そして歩はその話をしていた。


 あの後、自宅に戻る間中、歩はほとんどしゃべらなかった。

 自宅に着いて、愛菜も恵菜も歩を心配するも、アイナが看病するから静かに休ませてくれるよう言ってみんなと解散をした。


 愛菜は歩の部屋に何度か来たが、歩がベッドで静かに寝たふりをしているのを見るとアイナと目を合わせ頷きあって自室に戻って行った。


 そして、防音結界を張りベータを呼んで何があったかを話始めていた。



「あゆみちゃん、あゆみちゃんが見たというその女性が異界からの親玉だって刺客たちは言っていたのね?」


「ああ、そうだよ」


「未来との通信も途絶えたままなのでやはり……」


「国際連邦もとうとうやられたってことよね…… こうなると今後の行動は現場判断に移行するわ。現時点を持ってプランZへ移行。今後の全指令は私に。いいわねベータ」


「イエス、マァムっ!」


 ベータはそう言ってアイナに対して敬礼をする。


「ふふふ、たった五人しかいない作戦チームになっちゃったね……」


「それでも人類滅亡回避の為には我々がやらなければなりません。未来を変えるために」


 アイナとベータはそう言って頷きあう。



「さて、そうするとあゆみちゃんが見たって言うその異界の親玉が、今はあゆみちゃんにしか見えないってことなんだけど……」


 アイナはそう言いながら例のストップウォッチの様な物を取り出す。

 そして磁場波形を測定記録を見ると確かにオレンジ色の波形も観測出来ていた。



「これがその親玉の波形か……」



 ログには昨日までその波形観測があったが、現在は無い。

 そして歩の今の磁場波形は順調に女性のそれになっていた。



「あゆみちゃん、一つ聞きたいんだけど……」


「なんだよ?」


「あゆみちゃんが見た夢、思い出せる事で良いから話してくれない?」






 真剣なまなざしでアイナはそう、歩に聞くのだった。


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