第十一話:赤い夕陽を背に


 そのショッピングモールは車での来客も考慮して駐車場が充実していた。

 結果都心にあるショッピングモールよりかなり規模が大きく成っている。



「そういや、先月にここが出来たって聞いたけど初めて来るなぁ~」


「あれ? あゆみちゃん初めてなんだ??」


「あゆみお姉ちゃんあまり外でに出なかったもんねぇ~」


 三人はバスから降りてショッピングモールの入り口にいた。


 全五階建てで、四階、五階は駐車場になっている。

 隣接する所には大型家電店や同じく大型の家具店もある、非常に便利な場所になっている。

 おかげで八王子の街中の商店街もかなりのシャッター通りになってしまったが、これも時代の移り変わりと言わざるを得ない。




「もともとは、ここもこんなに奇麗だったんだよねぇ……」



 アイナは何となく寂しそうな顔をしてそのショッピングモールを見て、小声でそんな事を言っている。


「アイナ?」


「ん、なんでもない。さあ、今日はお姉ちゃんのおごりだからみんなで楽しもう!」


「え? アイナお姉ちゃんマジ!? やったぁーっ!」


「おいおいアイナ、大丈夫なのかよ?」


「ふっふっふっふっ、予算はたっぷりあるのよ! さあ、行くわよ大豪遊!!」


 そう言ってアイナ筆頭に三人はショッピングモールに入って行くのだった。



 * * *



「くぁ~、取れないぃよぉ!!」


「どれどれ、これはこうやるんだよ、愛菜まな


 

 ゲームセンターのぬいぐるみが取れなくて愛菜は地団駄を踏んでいた。

 見かねたあゆむは愛菜に代わってコインを入れて操作をする。

 ぬいぐるみと商品タグの隙間に片側のアームを突っ込み、うまくひっかけてぬいぐるみを持ち上げる。


「おおぉっ!」


「よぉ~し、上手く行った!!」


 ぬいぐるみを持ち上げて一番上にアームが戻った瞬間、アームがぐっと緩むもタグとの隙間に突っこまれたアームのお陰で引っ掛かったままだった。


そして景品獲得の初期位置まで戻ってアームが開くと、そのぬいぐるみはボトリと落ちてきて見事獲得となった。



「やったぁーっ! 凄い凄いあゆみお姉ちゃん! だぁ~い好き♡」



 景品取り出し口から引っ張り出したぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて愛菜は大喜びだ。

 そんな愛菜を見ながらアイナは優しい顔つきで微笑む。


「凄いよね、あゆみお姉ちゃん! よくこれ捕れたね!!」


「こう言うのはコツがあるんだよ。大体アームは上に上がると緩むから、こう言う引っかかる場所を狙うんだよ」


 何故かこう言うのは昔から得意な歩は、えっへんと胸を張る。

 今は女のの子なのでBカップの胸がぐっと盛り上がるそれに愛菜は抱き着きお礼を言う。


「ありがとうね、あゆみお姉ちゃん! このぬいぐるみ大切にする♡」


 にっこりと笑いながらそう言う愛菜に歩もにっこりと笑う。

 そんな二人の姿を見てアイナは寂しそうではあるものの、やはり優しそうな微笑みをする。



「さてと、それじゃぁ今度は私の買い物に付き合ってね、その後に何か軽く食べて、映画も行っちゃう? それともカラオケ??」


「良いのかアイナ、そんなに豪遊して?」


「アイナお姉ちゃん太っ腹!」


 こうして三人はわいわいとしながらアイナの買い物に付き合うのだった。



 * * *



「こ、ここは……」


「うん下着売り場♪」



 そこは紛れもない女性専用の下着を売っているテナントだった。


「あ~アイナお姉ちゃん、また下着かうのぉ?」


「いいじゃない、こっちに戻ってきてあまり替えの下着が無いんだから」


 愛菜に言われてアイナは苦笑する。

 しかし、アイナは荷物でかなりの下着を持っていたはず。

 なのになんでまた買い入れるのだろう?



「なぁなぁ、なんでまた下着なんか買うんだよ?」


「ん、ベータの分も買うのよ。ベータはまだあゆみちゃんの護衛を陰からしてるわ。それに、まだ刺客が誰だか分からないからベータの顔はなるべく見られたくないのよ」


 愛菜があちらでジュニアサイズの下着を見ている間に、コソコソと歩とアイナは話をする。

   


「それに……彼女はここではあまりいい思い出が無いから……」



 少し暗い表情でアイナはそう言う。

 歩は首を傾げ、アイナに聞く。


「いい思い出が無いって、ここって先月できたばかりじゃなかったっけ?」


「私たちの時代で九年後、その時点から三年前にここは最前線になってたのよ…… ベータは当時の特殊部隊の生き残りよ……」



「!?」



 それは歩にとって衝撃的な事だった。

 さっきからアイナの様子が少し変だとは気づいていたが、このショッピングモールが未来では最前線になっていたと言う。



「それじゃ、八王子の街は……」


「お兄ちゃんが異界の門と融合して、それこそ魔物の出て来る場所だったの……」


 アイナは何となく上を見る。

 今は着飾られた女性の写真がぶら下がっている。


 しかし未来ではここの壁には血のりがあちらこちらにある場所に変わっていた。



「だから未来を変えなきゃいけないの。さてと、気分を変えてベータの奴に飛び切りセクシーなの選んであげないとね! せっかくのこの時代、品物は豊富だし領収書のいらない活動資金はたんまりあるんだから使わなきゃ損よ!」


 そう言いながらアイナは紫色の半分ほどスケスケの下着の上下セットを歩に見せる。


「これなんかどうかしら?」


 そんなセクシーな下着を見せられ、歩は思わずベータの姿を思い出す。

 大きな胸、出る所と引っ込むところがはっきりとした体のライン。

 

 アイナもアルファもガンマもそうだけど、歩好みの大人のおねーさん!

 

 ベータたちがこの下着を着用している姿を妄想して顔が赤くなってくる。

 久々に男の子としての何かが起き上がりそうな気分になるも、それが無いのですぐさましおれる。


「う、うん……良いんじゃないかな……、少なくとも男だった時ならもの凄く興奮してた……」


「ふぅ~ん、やっぱりお兄ちゃんとしてはこう言うのが好きなんだ~」


「ああ、そうだよ! でも今はなぁ、込み上げてもすぐにしおしおだぁッ!!」


 ちょっと涙目になっているがアイナはにまぁ~っと笑って、他の下着も出す。



「大丈夫、ちゃんとあゆみちゃんとしての分も買ってあげるからね♡」


「ちっくしょぉおおおおおおぉぉぉっ!!!!」



 まだまだ歩が完全女体化するには時間がかかりそうだったのだ。



 *  



「んっと、こうしてこうだったよな……」



 只今、歩は更衣室で下着の試着をしている。

 最近やっと慣れて来たブラジャーをつけてみて、胸をカップに入れて位置を合わせ、肩ひもを調整してみる。

 姿見の鏡で自分を見て一瞬ドキリとするも、すぐにため息が出る。


 そこにはピンクの長髪の可愛らしい女の子が下着姿と言う格好でいるが、それは自分である。

 

「流石に慣れてはきたけどな……」


 そう言って穿いている下着を脱いで、試着用の使い捨ての薄手の下着を穿いてから、商品の下着を穿いてみる。

 

 ピンク柄に赤いリボンのアクセントが入ったそれはかなり可愛らしいが、見た目と使い心地は別なので、ちょっとお高めの下着を買う時は必ず試着する必要がある。



「うーん、思った以上に食い込むな、この下着……」


「あ・ゆ・み・ちゃん! どうかしら?」



 にゅっ!



 頭だけカーテンの隙間から突っ込んできたアイナに驚く。


「うおっ! アイナっ!」


「へえ~、似合うわねぇ~。どう付け心地は?」


「う、ううぅ、何と言うか悪くはないんだけどちょっと食い込みが……」


「まあ、勝負下着の部類だからね。後こんなのもあるわよ!」


 言いながらアイナは別の下着も持ってくる。

 そちらは紺をベースにしたちょっと背伸びしたモノ。

 メッシュも入って少し透け気味でもある。


「お、おいこんなエッチなの女子高生は着けないぞ!?」


「何言ってるのよ、女子高生辺りなら普段の下着は可愛い系だけど、決める時にはこのくらい大胆なのを一つや二つは持っているものよ? あゆみちゃんも一つや二つくらいそう言うの持っていた方がいいって」


「どこで使うんだよ、そんな下着!?」


「それはほら、私と一緒に盛り上がった時とか♡」



「無いわっ!!」



 からからと笑うアイナに歩は怒り狂うも、後ろから愛菜の声がする。



「あーっ! アイナお姉ちゃんずるい! あたしもあゆみお姉茶の下着姿みたい!!」


「見世物じゃねぇっ! って、愛菜はもう買ってもらったのか?」


「うん、頑張ったから後であゆみお姉ちゃんにもつけてる所見せるね♡ だからあゆみお姉ちゃんのも見せてよぉ~」


 そう言って愛菜も顔を突っ込んでくる。


「おおっ! お姉ちゃんいい感じっ! こんな姿であゆみお姉ちゃんに迫られて見たい!!」



「迫らんわっ!! ああ、全くお前らはぁっ!!」



 歩は二人の顔を押しやりカーテンの外へ追いやる。

 そして商品の下着を脱ぎながら元の下着をつけて行く。


「まったく、落ちついて試着も出来んわ!」


 ぶつぶつ言っていると、いきなり後ろから声がする。



「ふむ、順調に女体化は進んでいる様だな?」


「えっ!?」



 驚く歩だが、いつの間にかあのスリムで高身長の方の刺客が歩のすぐ後ろにいた。

 そして喉元にナイフを突きつけられ小さな声で耳元で言われる。


「静かにしろ。貴様の磁場波形を確認する…… ふむ、女の波形を維持しているか。良かったな、このままいけば貴様を消さずに済むというもの」


「な、なんで俺を女体化させることにしたんだよ……」


「ふん、まあいいい。よく聞け。我々のクライアントは未来の世界で死滅した。我々の未来はもう変えられない。しかしこれからの未来は貴様次第で変えられる。クライアントはその新たな未来に賭ける事としたようだ。だから我々はその任務を全うする。貴様はこのまま女体化を完全にすることだな。そうすれば我々は……」


「あんたらもここで戦っていたのかよ、未来の世界で……」


「我々は更に過酷な戦場だった。仲間がどんどん魔物に喰われ、誰一人と帰れぬあの場所でな…… だがこの世界はまだ救える。あの頃の何も知らなくていい我々のままでな……」


 そう言ってその刺客はすっとナイフを歩の喉元から離す。

 

「貴様はそのまま女として大人しくしていればいい。そうすれば全て上手くゆく。死んでいった同胞たちの為にもそのままでいてくれ……」


 最後は何故か願うかのようにそう言って後ろに現れた暗闇にその身を沈めて行き消え去った。



 ばっ!



「あゆみちゃん! 大丈夫!?」


「すみません、あゆみさん!!」



 その刺客が消えてすぐにカーテンが開けられアイナとベータが更衣室へ入って来る。



「次元の乱れが観測されました!」


「あゆみちゃん、大丈夫なの?」


「ああ、大丈夫だよ……あいつは俺の磁場波形を計ってすぐに消えたよ…… このまま女体化すれば問題無いって……」


「あゆみちゃん……」




「あーっ!! アイナお姉ちゃん何してるの!! あゆみお姉ちゃんまだ着替え中だよ!!」



 突然の事で緊張して忘れていたが、歩は着替え中だった。

 勿論下着姿のままで。




「き、きゃぁああああああぁぁぁぁぁっ///////!!!!」 



 

 歩は手で胸元を隠しながらすとんと座り込んで女の子らしい悲鳴を上げるのだった。 

  



 * * * * *



「それで、この変な格好している人はアイナお姉ちゃんの知り合いってこと?」


「うん、まぁその、新しい服のテスト中と言うか……」



 只今フードコートでアイナとベータ、歩と愛菜は端っこの目立ちにくい所で飲み物片手に座っている。



「アイナお姉ちゃんが変な知り合い多いって言うのは知ってるけど、まさか戦隊ヒーローのアトラクションスタッフの人とも知り合いがいただなんて」



 ずじゅぅ~



 タピオカミルクティーを吸いながら愛菜はそう言う。

 歩は、どうごまかそうかと思っていた矢先だった。

 思わずマナに聞き返す。


「戦隊ヒーローのアトラクションスタッフ?」


「あれよあれ。この夏休みの期間に戦隊ヒーローとかがモール内で宣伝の為ふらつくらしいんでしょ? こっちの人はそのスタッフさんでしょ?」


 愛菜はフードコートの壁に張り出されている夏休みイベントを指さす。



「あ、ああ、そうです。私はスタッフなんです、アイナさんを見かけたのでちょっと挨拶をと思いまして(あせあせ)」 


「そ、そうなのよ、ベータ……役のこの人は旧知の人でねぇ、はは、ははっはははっ(あせあせ)」


「まあ、他にもお団子頭の黒装束の忍者みたいな人や、禍々しい女王様みたいな格好の女の人、怪獣の着ぐるみや戦隊ヒーローみたいのも見かけたからね。流石にショーまで見たいとは思わないけど、子供たちが付いて回ってたわね」



 ずじゅぅ~



 愛菜は興味なさそうにそう言う。

 アイナとベータ、歩はこれ幸いとその話に合わせて乾いた笑いをする。



「さて、それでは任務……んんっ、仕事に戻りますね」


「うん、それじゃまた」


 ベータはそう言って手を振りながら行ってしまった。

 アイナと歩は内心安堵の息を吐いていた。



「……あゆみお姉ちゃんって、ああいう大人の女性に憧れているの?」


「へっ? あ、ああやっぱ胸の大きな女性はいいなと思うよ」


「ふーん……」


 アイナはタピオカミルクティーのタピオカをクニクニ噛みながらそんな生返事をする。

 そしてちらりとアイナの胸を見てぐっとこぶしを握る。



「私だって大人になれば大きく成るもん!!」



 そう言って立ち上がり、歩の腕をとる。


「アイナお姉ちゃん次映画! 映画行こう!!」


「はいはい、分かりました。今日はアイナお姉ちゃんがとことんおごってやるから感謝しなさいね! ポップコーンとジュース買おっか?」


「あ、あたしキャラメルポップコーン!」


「お、オレは塩でお願いします……」


 そう言って歩たちは映画を見に行くのだった。



 * * * * *



「ふぅ~、ま、楽しかったかな~」



 アイナと愛菜がトイレに行くというので歩は先に一人でバス停に来ていた。

 時間的に夕食に近いが、先ほどのタピオカミルクティーと、映画を見ながらポップコーンでお腹がいっぱいになってしまったので、夕食は食べないで帰る事にした。


 空の色は茜色に変わり始めていた。

 バス停には誰もおらず、歩一人だけが待っている形となった。


 と、向こうからもの凄い美人なのだがコスプレでもしているよな、中二病が喜びそうな服装の人が歩いてくる。

 一瞬あれも戦隊ショーのスタッフなのかと思うが、どうも違うようだ。


 彼女は通り過ぎる時に歩の方をちらりと見て言う。




「なるほど、道理で主様が見つからぬはずじゃな……」




「へっ?」


 そう聞こえて歩がそちらを見るとそこには誰もいなかった。


「あ、あれ?」


 きょろきょろと周りを見る歩だが、先ほどのスタッフさんは何処にもいない。



「おまたせ~、あゆみちゃんバスまだかな?」


「あゆみお姉ちゃん、ごめんね~待ったぁ?」



 しかしすぐにアイナと恵菜がこちらに来るので歩はそちらを見る。

 


 茜色の光の中、アイナと恵菜の笑顔がある。

 だが歩の全身には何故か鳥肌が立っていたのだった……

  


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