第82話 えー、せめてもの優しさでギャル物のエロ漫画だけは残してあげたのに読んでないの?

「そう言えば綾人の様子は大丈夫?」


「まだ引きずってるみたいでも正直なところあんまり良いとは言えないんですよね」


「……そっか」


 俺の言葉を聞いた夏乃さんは短くそうつぶやいた。兄貴が落ち込んでいる原因を生み出した張本人は他ならぬ自分であると夏乃さんは考えているようなので複雑な心境なのだろう。

 夏乃さんは兄貴の事は恋愛対象としてみていないが大切な幼馴染の一人であり人間としては好きだと思っている。そうでなければわざわざ叱ったり心配をしたりするはずがない。


「逆に凉乃はどうなんですか? ちょっと前に兄貴が青白い顔で凉乃に悪い事をしたってぼやいてましたけど」


「やっぱり二人の間で何かあったっぽいよね。私も詳しくは知らないんだけど綾人と喧嘩しちゃったみたいでこの前も泣きそうなで帰ってきててさ」


「普段の兄貴なら凉乃に対しては何だかんだで優しいはずなんですけど」


 俺に対してはかなり偉そうな兄貴だが他人に対しては普通に優しい。だから凉乃と兄貴の間で一体何があったのかはめちゃくちゃ気になってしまう。


「下手に私達が口を挟んだりするとこじれるかもしれないから難しいところだよね」


「ですね、今は一旦見守った方が良い気がします」


「そうだね、凉乃ちゃんと綾人が上手く仲直りしてくれるのが一番だし」


 少しシリアスな話をしながら俺達はショッピングモール内を二人で歩き回る。服を見たり化粧品を見たりしているためはたから見ればカップルのデートに見えるかもしれない。

 今は夏乃さんからの告白の返事を一旦保留にして貰っているが夏休みが終わるまでには結論を出そうと思っている。

 そのためにも凉乃に対する感情と夏乃さんに対する感情の違いが何なのかを知らなければならない。その違いを知らないまま答えを出すのは二人に対して失礼だ。


「次はどこの店に行こうかな」


「まだ夏乃さん的にピンとくるものは無い感じですか?」


「そうなんだよね、せっかく結人から貰うプレゼントだから色々迷っちゃってさ」


「夏乃さんが満足するまで付き合うのでゆっくり選びましょう」


「ありがとう、結人ならそう言ってくれると思ったよ」


 そんな話をしながら次にやってきた場所は本屋だった。なるほど、全然考えていなかったが本を誕生日プレゼントとして渡すのもありだな。


「結人って最近読んで面白かった本ってあったりする?」


「うーん、そもそも最近はあんまり読書をしてないので本自体まともに読んでないんですよね」


 最近読んだ本といえば英語や数学、化学の参考書だが流石にそれは読書には入らない。そんな事を思っていると夏乃さんはニヤニヤし始める。


「じゃあ読んで面白かったエロ漫画も特別オッケーにしてあげるよ、シャイニングサンシティへ行った日に朝起こしに行った時も確か何冊か隠し持ってたよね?」


「その話はそろそろ勘弁してください、そもそもあの日夏乃さんに見つかった本は一冊以外は没収されましたし残った一冊も結局読んでないですよ」


「えー、せめてもの優しさでギャル物のエロ漫画だけは残してあげたのに読んでないの? せっかく感想を聞こうと思ってたのに」


「読んでたとしてもエロ漫画の感想を女子に話す勇気なんてないですから」


 せっかく忘れかけてた頃に掘り返してくるなんて夏乃さんは相変わらずドSだ。とりあえずこの話題を変えたかった俺は口を開く。


「ちなみに夏乃さんはおすすめの本とかあります?」


「色々あるけどやっぱり結人におすすめしたいのはあれかな」


 そう言って指差した先にあったのは赤本コーナーだった。いつの間にか赤本コーナーの近くに来ていたらしい。確かに間違いなく近い将来俺に必要となる本だろう。

 夏乃さんと同じ早穂田大学に入学しようと思ったら赤本に穴が開くほど目を通す必要がある。それだけ私立の中で最難関大学の一つである早穂田大学は難しい。


「結人が現役で早穂田に合格してくれたら二年は一緒に大学生活を過ごせるから頑張って合格してね」


「あっ、もう夏乃さんの中では俺が受験する事は決定事項になってるんだ」


「当たり前じゃん、結人ならきっと合格してくれるって信じてるから」


 さらっと凄まじいプレッシャーをかけられた俺は頷くしか出来なかった。来年の今頃は死ぬ気で勉強をする事になるだろう。その後も二人で本屋を見て回ったがやはりここでもピンとくるものは無かったらしい。


「面白そうな本はたくさんあったけどやっぱり誕生日プレゼントとして貰うのはちょっと違うかな」


「確かに誕生日プレゼントにしては特別感が少し弱い感じでしたもんね」


「とりあえず今日見た本はまた自分で買う事にするよ」


「それが良いと思います」


 俺達はそんな話をしながらそのまま本屋を後にした。

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