第4章
第69話 愛しのお姉ちゃんからの電話なんだからもっと嬉しそうに出て欲しいな
早穂田大学のオープンキャンパスから数日が経過し、いよいよ今年の夏休みも半分を切った。来年は受験生になるため今年みたいにのんびりはできない。
ちなみに兄貴はオープンキャンパス後から明らかに落ち込んでしまい、更にタイミングが悪い事に夏風邪にまでなって完全にダウンしている。今は母さんが看病している状態だ。
「綾人があの状態だし、あなたも急な出張が入ったみたいだから今年は家族でお母さん達の家に行くのは難しそうね」
「本当にすまん……」
「じゃあ今年はおじいちゃんとおばあちゃんには会えないな」
俺は夕食中の父さんと母さんの会話を聞いてそう声をあげた。毎年八月の今くらいの時期は京都にある母さんの実家に家族四人で行っているのだが、どうやら今年は色々な事が重なって難しいらしい。
夏風邪で倒れている兄貴は行けないし、その看病で母さんも動けず。父さんも出張を拒否できるはずがないため無理となると俺しか大丈夫な人間がいない。割と楽しみにしていたため俺が残念に思っていると父さんが口を開く。
「誰も行かないのはお義父さんやお義母さんに悪いし、結人だけでも行ったらどうだ?」
「そうね、二人とも孫に会うのを楽しみにしてるはずだから結人だけでも行ってきなさいよ」
「分かった、せっかくだし俺だけでも行く事にするよ」
父さんと母さんからの提案を受け入れる事にした俺はそう答えた。一人で行くのは道中少し寂しい気もするが、今まで一人で遠出した事は無かったため良い経験になるはずだ。
それから夕食を終えた俺は部屋に戻って夏休みの課題をやり始める。計画的にやっているため最終日までには問題なく終わるはずだが夏休み明けにテストがある事を考えると早めに終わらせておかなければならない。
「……あっ、夏乃さんからだ」
スマホからの着信音に気付いた俺は一度手を止めた。夏乃さんはこんな感じで気まぐれに電話をかけてくる。
「もしもし?」
「愛しのお姉ちゃんからの電話なんだからもっと嬉しそうに出て欲しいな」
「……用がないなら忙しいので切りますよ?」
開口早々いきなりそんな事を言ってきた夏乃さんに俺はやや呆れ気味にそう返した。すると夏乃さんは少し不満そうな口調になる。
「へー、結人は私に向かってそんな事を言うんだ。あんまり冷たいと結人が幼馴染物のエロ漫画を隠し持ってた事をついうっかり凉乃ちゃんに話しちゃうかもよ」
「それだけは辞めてください!?」
あんなものを凉乃にバラされたら恥ずかし過ぎて死んでしまう。いくら優しい凉乃でも多分俺にまるでゴミを見るような視線を向けるに違いない。
「それはさておき綾人の様子はどう?」
「兄貴は夏風邪をこじらせて未だに寝込んでます」
「そっか、凉乃ちゃんもずっと心配してるから早く元気になって欲しいんだけど」
「ですよね」
電話のため顔は見えないが多分夏乃さんはかなり心配そうな表情をしていると思う。夏乃さんは以前兄貴の事を恋愛対象としては見れないという事を話していたが別に嫌いなわけではなくむしろ気にかけている事は知っている。
花火大会の時など兄貴に対して色々と厳しい事も言っていたが嫌いな相手に対して夏乃さんはそんな言葉をわざわざかけたりはしない。多分本当に嫌いな相手に対しては一切何もしないのではないだろうか。
「綾人が動けないなら京都はどうするの? 流石に綾人を残しては行けないと思うけどさ」
「ああ、それなら俺一人で行く事になりました。父さんも急に出張が入ったみたいで行けなくなったので」
「それなら私もついて行くよ」
俺の言葉を聞いた夏乃さんは突然そんな事を言い始めた。
「えっ、本気で言ってます?」
「うん、結人も一人で行くのは寂しいと思うから特別に一緒に行ってあげる」
「いやいや、そもそも明日は確か友達と遊ぶ予定が入ってるとかってこの前言ってませんでした?」
「ああ、それならもうLIMEでメッセージ送ってキャンセルしといたから」
「マジかよ……」
俺がまだ了承すらしてないのに予定をキャンセルするとかいくらなんでも気が早過ぎるだろ。
「って訳だから明日はよろしくね」
「……あっ、ちょっと」
夏乃さんは自分が言いたい事だけを一方的に喋って電話を切ってしまった。新幹線でも東京から京都間はかなり時間がかかってしまうため一泊するつもりなのだが夏乃さんはその辺り分かっているのだろうか。
「まあ、お泊まりは今更か」
箱根や合コンの時も夏乃さんと一緒に泊まっていたため二回も三回もそんなに変わらないだろう。
「母さんに言ったところで別に反対とかはされないだろうな」
母さんの場合は箱根旅行の時に平然と俺と夏乃さんの宿泊を許可した前科があるわけだし、多分今回も二人で行っておいでよなどと言う未来しか見えない。
下手したら俺が夏乃さんと一緒に大人の階段を登ってしまう可能性があるという事に果たして母さんは気付いているのだろうか。そんな事を考えながら俺はひとまずやりかけだった夏休みの課題を再開した。
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