第58話 えー、せっかく盛り上がってきたところなんだからもう少しだけ続けようよ

 昼食を終えた俺達はレストランを出てイルカショーの会場へと向かい始める。


「イルカショーを見るのなんてめちゃくちゃ久しぶりな気がするな」


「ですね、イルカショー以前にまず水族館自体滅多に行かないですし」


 前回行った時は中学生二年生だったはずなので水族館は三年ぶりくらいだろう。そんな事を思っていると夏乃さんはニヤニヤした表情を浮かべる。


「そう言えば昔凉乃ちゃんや綾人と一緒にイルカショーを見に行った時に結人は結構はしゃいでたよね、今日は興奮し過ぎてジュースをこぼさないようにしてよ」


「いやいや、小学校低学年くらいの頃の恥ずかしいエピソードを思い出させないでくださいよ。そもそも十七歳にもなってそんな子供みたいな事を俺がするわけないでしょ」


 体は高校二年生になって大きくなったというのに中身が小学校低学年のままから一切成長していなかったとしたら流石に悲惨過ぎるだろ。

 ちなみにその時はペットボトルからこぼれたジュースが兄貴のズボンに掛かって兄弟喧嘩にまで発展してしまい、最終的に喧嘩両成敗で二人とも母さんからこっ酷く怒られた。


「でも結人って意外とおっちょこちょいなところがあるから私ちょっと心配だな。分かってるとは思うけど私の服にジュースをわざとこぼしてラブが付くホテルに連れ込もうとかって考えちゃ駄目だから」


「そんなとんでもなく鬼畜な発想を思いついて何でも無い事のように発言する夏乃さんに今割とマジでドン引きしてます……」


「あっ、今のは結人がこっそりと買って隠し持ってた誰とでも寝る超絶ビッチだと思っていた今どきギャルが実は拗らせ処女だった件ってエロ漫画に書いてあった手口で私のアイディアじゃないよ」


「えっ、まさかあれの中身を見たんですか!?」


「うん、結人がのんびりシャワーを浴びていた間に気になったからちょっとだけ読んだんだよね」


 おいおいマジか。あのエロ漫画は俺ですらまだ買ってから一度も読んでいなかったというのに夏乃さんから先を越されてしまったらしい。


「いつも強気なギャル系ヒロインが歳下幼馴染の男の子から盛大に牛乳をぶっかけられた挙句ホテルに連れ込まれて初めてを強引に奪われるシーンは私的には中々名場面だっと思うな」


「ちょっとどころかめちゃくちゃガッツリ読んでるじゃないですか」


 どう考えてもほんの少し読んだだけでそこまで詳細な内容なんて分かるはずがない。てか、俺達はエロい要素なんて全くないはずの水族館へ遊びに来ているはずなのにどうしてこんな真昼間から卑猥な話をしているのだろうか。


「……いい加減もうこの話は辞めにしませんか? 精神衛生上良くないのでマジで勘弁して欲しいんですけど」


「えー、せっかく盛り上がってきたところなんだからもう少しだけ続けようよ」


「夏乃さんって本当ドSですね」


 俺も虐めている時の夏乃さんは本当にいきいきとした表情をしている。もし夏乃さんと付き合う事になった場合間違いなく尻に敷かれるだろう。

 そんな事を考えていると通路の端に五歳くらいの女の子が今にも泣きそうな顔をして立っている姿が目に入ってくる。


「お父さん、お母さん。どこいったの……?」


 どうやら迷子になってしまったらしい。周りの人々は女の子に対して哀れみの目こそ向けてはいたが誰も助けようとはしていなかった。そんな女の子をこのまま放置する事なんて俺には出来そうにない。


「大丈夫か? ひょっとしてお父さんやお母さんとはぐれちゃった?」


 俺は女の子から適度に距離を取り姿勢を低くして話しかけた。近づきすぎると圧迫感を与えて怖がらせてしまう可能性を考慮しての行動だ。だが初対面で歳上男性である俺から突然話しかけられたのはやはり怖かったらしい。

 一応俺の方を見てはくれたものの女の子は黙ったまま何も話してくれなかった。どうやって警戒を解こうか考え始めていると夏乃さんが女の子に近付いていく。


「お姉ちゃん達は全然怖く無いよ、だから困ってるかどうかだけでも良いから私達に教えて欲しいな」


「……お父さんとお母さんがね、急に居なくなっちゃったの」


 笑顔で話しかける夏乃さんに対して女の子は相変わらず泣きそうな顔をしつつもそう答えてくれた。異性の俺より同性である夏乃さんの方が安心感があったのだろう。

 俺だけだと女の子と上手くコミュニケーションが取れずどうにもならなかった可能性もあったため夏乃さんがいてくれて本当に良かった。そのまま夏乃さんは相変わらず優しいトーンで再度女の子に話しかける。


「そっか、じゃあお姉ちゃんとお兄ちゃんがあなたの事を絶対に助けてあげる。だから心配しないで」


「本当……?」


「うん、だからまずはあなたの名前を教えてくれないかな?」


夏海なつみ


「教えてくれてありがとう、それなら夏海ちゃんって呼ぶね」


 夏乃さんは女の子改め夏海ちゃんの心をあっという間に開いてしまった。相変わらず凄まじいコミュニケーション能力だ。俺には真似出来ないため本当に尊敬する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る