第56話 うん、流石に全部没収するのは可哀想だからこれだけは特別に許してあげる

「あっ、やっと起きた。結人おはよう」


「おはようございます……って何で朝っぱらから俺の部屋にいるんですか!?」


 誰かに思いっきり体を揺さぶられて目を覚ました俺はベッドの脇に立っていた夏乃さんに驚いて思わずそう声を上げた。


「勿論デートに付き合って貰うために決まってるじゃん」


「いやいや、それならわざわざ俺の部屋まで押しかけてくる必要なんてないでしょ」


 今日一日は特に何の予定も入っていないため夏乃さんの相手をする時間はたっぷりとある。だからもう少しゆっくりと寝させて欲しい。


「私みたいな美少女が起こしに来るイベントって男子なら泣いて喜ぶみたいな話を聞いたから一回結人に試してみたかったんだよね、もしかしてあんまり嬉しくなかった?」


「別にそんな事は無いですが……」


「それなら良かった」


 寝起きでかなりテンションの低い俺だが実は昔から憧れていたシチュエーションの一つではあったので普通に嬉しかった。こうやって部屋にやってきた夏乃さんから起こされるのは何気に初めてだし。


「とりあえず眠気覚ましがてらシャワーでも浴びてきたら? 髪とかも寝癖で凄まじい事になってるし」


「ですね、そうさせてもらいます」


「うん、いってらっしゃい。私は適当にくつろいでるから」


 俺はまだ寝たい気持ちを必死に我慢しつつベッドから立ち上がると今日着る予定の服をクローゼットから取り出して浴室に向かう。兄貴はサッカー部の練習で家を出ているらしく家の中に気配はしなかった。

 多分夏乃さんは兄貴が家を出たタイミングを良い感じに見計らって来たに違いない。先日あった隅田川花火大会の時も兄貴に絡まれてかなり面倒くさそうにしてたし。

 そんな事を考えながら脱衣所でパジャマを脱いで浴室に入った俺は頭からシャワーを浴び始める。シャワーヘッドから出る温かいお湯は非常に心地良かった。

 満足するまでしばらくシャワーを浴び続けた俺はドライヤーで髪を乾かしてから持ってきた服に着替えて部屋へと戻る。


「おかえり、帰ってきて早々悪いんだけどこれについてお姉ちゃんに詳しく説明してくれない?」


「えっ!?」


 黒い笑みを浮かべた夏乃さんが指差した方向を見るとそこには参考書や辞書などに念入りに偽装をして巧妙に隠していたはずのエロ漫画が四冊無造作に机の上へと置かれていた。

 我ながら上手い事隠している自信があったエロ漫画がなぜ夏乃さんにシャワーを浴びていた短時間で発見されてしまったのか本当に皆目見当もつかない。

 以前スマホにインストールしていた電子版エロ漫画のデータが原因不明のアクシデントで全て消えてしまったため今度はそうならないために紙の書籍を買ったわけだがそれが裏目に出てしまったようだ。

 俺は激しく動揺しつつもひとまず兄貴になすりつける作戦に出る。兄貴には申し訳ないが俺が助かるためにも犠牲になってくれ。


「こ、これは俺のものじゃなくて兄貴のです」


「綾人の趣味とは少し違う気がするのは気のせい?」


 夏乃さんは俺をジトっとした目で見つめてきている。やはり苦し紛れの言い訳では夏乃さんに通用しなかった。大人しく全て白状するしかないないようだ。


「……全部俺が買いました、これで満足ですか?」


「うん、素直でよろしい。ところで結人はこれを何の目的で買って、一体何に使うつもりだったのかな? そこも詳しく知りたいんだけど」


 そう口にした夏乃さんはサディスティックな表情を浮かべていた。俺の口から答えさせるってかなり鬼畜だ。絶対夏乃さんは俺を辱めて楽しんでいるに違いない。


「それは流石にノーコメントでお願いします」


「まあ、いいよ。どっちにしてもこの三冊は没収させて貰うし」


「あれっ、全部没収しないんですか……?」


「うん、流石に全部没収するのは可哀想だからこれだけは特別に許してあげる」


 唯一机の上に残されたエロ漫画は金髪白ギャルものだった。表紙の女の子が夏乃さんに似ていたためつい買ってしまったとは絶対に口が裂けても言えない。

 ちなみに没収された三冊のうちの二冊は幼馴染ものだったりする。箱根旅行の際に夏乃さんに性癖がバレてしまった俺だが性懲りも無くまた買ってしまったのだ。


「……ところでこれからどこへ行く予定なんですか?」


「シャイニングサンシティに行こうかなと思ってるんだよね」


 ひとまず俺がエロ漫画から話題を変えるためにそう切り出すと夏乃さんはいつも通りのテンションでそう話した。


「シャイニングサンシティって確か水族館とかが有名なところですよね?」


「そうそう、勿論シャイニングサン水族館にも行く予定だから楽しみにしておいて」


 まだ今日という一日は始まったばかりだが色々と忙しくなりそうな予感がする。まあ、夏乃さんと一緒なら楽しいため全然問題ないが。


「じゃあ時間も勿体無いから早速出発しようか」


「そうですね」


 俺は戸締りを確認してから家の外に出て夏乃さんの運転するバイクでシャイニングサンシティのある池袋方面へと向かい始めた。

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