第55話 えっ、大きいってもしかしてここの事?
夏乃さんと一緒に花火を見続けているうちに気付けば一時間半が経過していた。
「あっという間でしたね」
「うん、もう終わりって感じだったもん」
俺と夏乃さんは会場内に流れ始めた花火大会終了のアナウンスを聞きながらゆっくりと立ち上がる。後は帰るだけなのだが人の大移動が起きて会場内が非常に混雑しているためまだしばらくはまともに移動できそうにない。
少し離れた所にいる凉乃と兄貴のいる方をチラッと見ると二人はにこやかな表情を浮かべて楽しそうに話している様子だった。
夏乃さんに叱られてしょんぼりしていた兄貴も花火を見て元気を取り戻したようだ。そんな事を思っていると隣にいた夏乃さんが突然声をあげる。
「痛っ!?」
慌てて夏乃さんの方を見るとかなり痛そうな表情を浮かべていた。夏乃さんの身に一体何が起こったというのだろうか。
「……誰かに足を踏まれたみたい」
「最悪じゃないですか」
下駄は肌の大部分が露出しているため普通の靴を履いている時よりも踏まれた際のダメージは大きいに違いない。俺達は一旦端っこに避けて夏乃さんの足を状態を確認する。
「結構赤くなってますね」
「うん、さっきからじんじんしてめちゃくちゃ痛い」
「ちなみに歩けそうですか?」
「うーん、ちょっと長時間はきついかも……」
最寄り駅までは普段なら徒歩で十分くらいだがこれだけ混雑していると時間がどれだけかかるか分からない。
「なら俺の背中に乗ってください」
「まさか結人がそんな事をしてくれるなんて思ってもみなかったよ」
俺がしゃがんでおんぶする体制になると夏乃さんは意外そうな表情でそう口にした。
「夏乃さんを見捨てる事なんて出来ませんからね」
「じゃあお言葉に甘えて」
夏乃さんが背中に乗った事を確認した俺はゆっくりと立ち上がる。周りからジロジロと見られているがそんなの関係ない。
そのまま夏乃さんを背中に乗せたまま歩き始める。もう辞めてしまったとは言え中学生の時はサッカー部に所属していたため夏乃さんをおんぶしたまま歩く体力は十分ある。
「結人が私をおんぶするのって初めてじゃない?」
「ですね、確か逆はあったはずですけど」
「そんな事もあったね」
俺が小学生の頃、四人で遊んでいた時に足首を捻挫した事があった。その時に夏乃さんからおんぶして家まで送って貰った記憶がある。
ちなみに凉乃は体力的に俺をおんぶする事は出来ず、兄貴は大丈夫そうだったが自業自得と言って助けてくれなかった。
「昔の結人は私よりも背が小さかったっていうのに今はすっかり大きくなっちゃって」
「俺も一応男なんですから夏乃さんより大きくなってないと困りますよ」
まあ、男性の平均くらいの俺に対して夏乃さんは女性としてはかなり長身な部類に入るため身長差は四センチほどしかないが。
「なんか負けた気がして悔しい」
「いやいや、夏乃さんも普通に大きいじゃないですか」
「えっ、大きいってもしかしてここの事?」
そう言って夏乃さんは俺の背中に思いっきり胸を押し当ててきた。
「ちょ、ちょっとびっくりするので辞めてください。そもそもさっきまでの話の流れ的に身長の事だって夏乃さんなら分かるでしょ」
「えー、そうだったの? お姉ちゃんその辺が苦手だから全然分からなかったよ」
「いやいや、全然苦手じゃないと思いますが」
日本の最難関の私立大学である早穂田大学に現役合格するほど賢い夏乃さんがさっきの俺の発言の意図を正しく理解できなかったとはとても思えない。
「……てか、今更ですけど凉乃と兄貴を見失いましたよね」
「まあ、これだけ混雑してたら仕方ないとは思うけど」
「マジでどこにいるか全く分からないな」
夏乃さんと二人だけの世界に入っていたため完全に忘れていたが一応今日は四人で花火大会に来ていた。言うまでもなく先程夏乃さんの足を見るために立ち止まってしまった事がはぐれた原因だ。
「とりあえず二人には怪我で遅くなりそうだから先に帰ってて大丈夫とはちょっと前に連絡してる、だからその辺りは別に心配しなくていいよ」
「流石夏乃さん」
「さっき結人と凉乃ちゃんに何かあったら連絡をしろって注意したばかりなのに私がその辺りをしっかりしないのは示しがつかないから」
やはり夏乃さんは昔と変わらず他人だけでなく自分にも厳しいらしい。兄貴に夏乃さんの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。
それから夏乃さんをおんぶしたまましばらく歩き、ようやく混雑が解消され始めたタイミングで俺は近くのコンビニに入る。
勿論入り口で夏乃さんを一旦下ろした。夏乃さんはちょっと不満そうだったがコンビニの中までおんぶするのは流石に恥ずかしかったため許して欲しい。そこで包帯などを買って夏乃さんの元へと戻った俺は応急処置をする。
「足の調子はどうですか?」
「うん、結人のおかげでだいぶマシになったよ」
「その様子ならもうおんぶはしなくて大丈夫そうですね」
「あー、やっぱりまだ痛い気がする」
「いやいや、棒読みで明らかにバレバレの嘘をつくのは辞めてください」
どれだけ俺におんぶして欲しいんだよ。その後は普通に歩いて帰る俺達だったが夏乃さんは欲求不満そうな表情を俺に対して向けていた。
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