第53話 へー、結人は私を放置して凉乃ちゃんとイチャイチャしてるんだ

「大会本部のテント前で夏乃さん達と合流する話になったからさっさと行こうぜ」


「うーん、でもやっぱりたこ焼きを食べてからにしない?」


 凉乃は俺が通話している間もずっとたこ焼きの屋台の前に張り付いていたため何となくこうなりそうな予感はしていたが案の定のようだ。


「たこ焼きの屋台は他にもあると思うけど?」


「どうしてもここのたこ焼きが食べたくてさ、ねえ結人君良いでしょ?」


 昔から意外と頑固な一面を持っていた凉乃だがそれは今も変わっていないらしい。


「分かったよ、花火までまだ時間もあるし食べてから行こうか」


「やったー、ありがとう」


 凉乃はめちゃくちゃ嬉しそうな表情を浮かべていた。よっぽどこの屋台のたこ焼きが食べたかったのだろう。ひとまず順番待ちの列に並んでいると凉乃が話しかけてくる。


「そう言えば私と結人君だけの状況ってかなり珍しくない?」


「確かにそうだな、大体いつもは夏乃さんか兄貴が一緒だし」


「だよね、こんなふうに二人きりで過ごすなんていつぶりだろ」


 凉乃の言葉を聞いて俺も記憶を掘り起こしてみたが全く思い出せなかった。軽く立ち話をするくらいなら学校などでたまにあったりはしたが、本格的に二人で過ごした記憶はここ最近だと本当に皆無だ。

 そんな事を考える俺だったが自分自身に対して強い違和感を覚えてしまう。俺は凉乃と二人きりの状況だというのにあまり喜びを感じていなかった。

 以前の俺であれば飛び跳ねて喜びそうなシチュエーションだというのにだ。上手く言葉にはできないが以前の俺とは何かが違う気がする。


「急に黙り込んでどうしたの……?」


「……あっ、ごめん。ちょっと夏休みの課題の事を考えてて」


 不思議そうな表情を浮かべて顔を覗き込んできた凉乃に対して俺は咄嗟にそう嘘をついた。


「こんな時まで課題の事を考えるなんて結人君は相変わらず真面目だね」


「凉乃はもう少し真面目になった方が良いと思うけど、去年もギリギリまで放置してて最終日に俺に泣きついてきただろ」


「うっ……」


 痛いところを突かれたらしい凉乃はうめき声をあげて黙り込んだ。ちなみに俺は泣きつかれても課題の丸写しはさせなかった。そんな事をしても凉乃のためにならないと思ったからだ。


「勿論分かってるとは思うけど今年泣きついてきても見せないぞ」


「えー、そこを何とか」


「そもそも凉乃が俺に連絡しようと思ったら基本的に夏乃さんを経由する必要があるけど大丈夫か?」


「あっ、そっか。直接連絡を取らない事にしてたんだった」


 以前夏乃さんから女子の連絡先と一緒に凉乃のものまで消されて以来、俺のスマホに再度登録される事はなかった。

 最初は再登録を試みたりもしたがここでも凉乃の頑固が発動して拒まれたのだ。まあ、最近ではそもそも再登録する気すらあまり湧かなくなっていたが。


「夏乃さんにバレたら恐ろしい事になる気しかしないけど」


「……そうだね、やっぱり辞めとくよ」


 夏乃さんはその辺に対してはかなり厳しいため課題の丸写しなんてしようとした日には大きな雷が落ちる事間違いなしだ。

 そしてやはり凉乃はこんな状況になったとしても俺と連絡先を再度交換する気はないらしい。どれだけ頑固なんだよ。それから二人で雑談しているうちに順番となりようやくたこ焼きを買うことができた。


「うん、美味しい」


「だな、凉乃が食べたがっただけの事はあるな」


 俺と凉乃は道の端に寄って立ったままたこ焼きを食べている。花火大会マジックもあるのだろうがめちゃくちゃ美味しかった。あっという間に残り一つまで減ってしまうほどだ。


「最後の一個は凉乃にやるよ」


「えっ、いいの?」


「ああ、俺はもう満足した」


 本当はまだ食べたい気持ちも少しはあったが凉乃があまりにも美味しそうに食べていたため譲る事にしたのだ。


「結人君ありがとう」


 凉乃は満面の笑みを浮かべながら最後の一個を口に入れた。相変わらず美味しそうに食べるよなと思いながら眺めているとポケットに入れていたスマホが振動し始める。画面には結城夏乃と表示されていた。


「もしもし?」


「あっ、結人? もう私と綾人は大会本部のテント前にいるんだけど二人はいつ頃着きそう?」


「ごめんなさい、凉乃と一緒にたこ焼きを食べてるのでもうしばらくかかります」


 俺が正直にそう答えると夏乃さんの声のトーンが明らかに低くなる。


「へー、結人は私を放置して凉乃ちゃんとイチャイチャしてるんだ」


「いやいや、普通にたこ焼きを食べてるだけですって」


「花火大会で一緒にたこ焼きを食べる男女って恋人にしか見えない気がするけど?」


「流石に拡大解釈し過ぎでしょ」


 俺はご機嫌斜めになった夏乃さんに対して必死に言葉を並べて取り繕う。だが夏乃さんの機嫌が良くなりそうな気配は無い。


「そんな事を言うんなら私も綾人とかき氷をシェアしながら一緒に食べようかな?」


「……ごめんなさい、俺が悪かったです」


 夏乃さんと兄貴が二人で仲睦まじげにかき氷を食べる場面を想像して猛烈に嫌な気分になった俺は素直に謝罪をした。

 以前であればこんな気持ちにはならなかったはずなので俺は自分が思っている以上に夏乃さんに対してのめり込んでいるのかもしれない。

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