第46話 ごめんごめん、お詫びに私の胸を触らせてあげようか?

「プールの中はちょうどいい感じの水温かな」


「温水プールなので冷た過ぎないのが良いですよね」


 プールの水面に人差し指を突っ込んでいた夏乃さんがそんな事をつぶやいた姿をみて俺はそう反応した。小学生や中学校の頃の水泳の授業の時は水があまりにも冷た過ぎて入るのを躊躇っていた事は今でも忘れられない。

 そして先生から早くプールに入れと言われるところまでがセットだ。これも地獄のシャワーと同じくらいトラウマだった。だから理由をつけてプールの授業をサボる同級生が多かった事にも納得できる。


「とりあえず流れるプールに行こうよ」


「そうですね、行きましょう」


「じゃあ案内よろしく」


 なんと夏乃さんは突然腕を組んで密着してきたのだ。色々なところが当たっているため理性的な意味でかなりまずい。


「き、急にどうしたんですか!?」


「ほら、結構混雑してるからはぐれちゃうかなと思ってさ」


「……それなら別に腕を組む必要まではないと思いますけど」


 はぐれないようにするためだけなら手を繋ぐくらいで別に問題はないと思う。そう考えていると夏乃さんはしおらしい態度と表情で口を開く。


「結人と密着したかったから腕を組んだんだけどひょっとしてダメだった?」


「ダメじゃないです」


 今のは流石に反則だ。あんな事を言われてダメと言えるような男なんてこの世にいないに違いない。俺と夏乃さんは二人で腕を組んだまま屋外ある流れるプールのエリアへと移動し始める。


「そう言えば結人って夏休みはオープンキャンパス行くの?」


「今年はオープンキャンパスに行ってレポートをまとめるっていう課題があるので最低でも一箇所は行くつもりです」


「あれっ、今ってそんな面倒くさそうな課題とかあるんだ。私の時は無かったはずだけど」


「今の三年生のオープンキャンパス参加率がめちゃくちゃ悪かったから職員会議でレポート課題が決まったって噂を聞きました」


 学校側としてはオープンキャンパスに参加させたくてそんな課題を作ったのだろうがレポート作成は非常に手間がかかるため正直勘弁して欲しかった。

 別に俺は課題なんてなくてもオープンキャンパスにはちゃんと参加するつもりだったし。レポートをチェックする先生達も大変に違いないので誰も得しないのではないだろうか。

 そのため余計な手間を増やしてくれた三年生に思いっきり文句を言ってやりたいと考えている同級生は絶対に多いはずだ。


「もうどこのオープンキャンパスに行くかは決まってるの?」


「早穂田大学と平成大学がとりあえず候補です」


 早穂田大学は夏乃さんも通っている日本の最難関私立大学であり、平成大学はそのワンランク下にはなるがこちらも受験生からは非常に人気の高い難関私立大学だ。

 ちなみに俺の中では早穂田大学がチャレンジ校で平成大学が第一志望となっている。ちょっと前にあったマーク模試では早穂田大学がD判定、平成大学がB判定だった事は記憶に新しい。


「どうせならうちにおいでよ、せっかくだから私が案内してあげるからさ」


「夏乃さんに案内して貰えるなら楽しそうですね」


「なら決定って事で。ホームページから申し込みできるからまた後でやっといて」


「了解です」


 こうして俺の夏休みの予定が一つ決定した。そんな話をしていた間に流れるプールへと到着した俺達は二人用の浮き輪をレンタルして流され始める。


「流れるプールってただ流されるだけでも楽しいから不思議」


「ですね、とにかくのんびりできるので最高ですよね」


 人生は楽しい事だけでなく嫌な事も数多くあるためこうやって定期的にストレス発散をするのも必要だろう。


「結人は来年の今頃は多分受験勉強で忙しいだろうから今のうちにしっかり楽しんどかないとね」


「ちょっと、嫌な事を思い出させないでくださいよ」

 

「ごめんごめん、お詫びに私の胸を触らせてあげようか?」


 夏乃さんは俺の耳元でそんな言葉を囁いてきた。突然の事に驚いた俺はバランスを崩して寝っ転がっていた浮き輪から落ちる。


「あらら、大丈夫?」


「鼻と口の中に水が盛大に入ったので全然大丈夫じゃないですよ」


 俺は夏乃さんにじとっとした視線を送ったがどこ吹く風と言った様子だ。夏乃さんは相変わらず俺を弄ぶのが上手い。


「ほらっ、私の手を掴んで」


「ありがとうございます」


 俺は夏乃さんの手を掴んで浮き輪の上に乗る。以前であれば夏乃さんの手を掴む前に恥ずかしくてなっていただろうが今は特にそんな事はなかった。

 これも全部夏乃さんとの心の距離が近くなった事が関係しているに違いない。それと同時に俺の中にとある疑問が浮かんでくる。

 もし今のが夏乃さんではなく凉乃だったなら俺は恥ずかしがる事なく手を掴めていただろうか。自分の世界に入り込んで考え始めていると夏乃さんから優しくデコピンされた。


「せっかく私とデートをしてるんだから他の女の子の事を考えるのはルール違反だよ」


「……えっ、何で分かったんですか!?」


「うーん、女の勘って奴かな」


 女の勘恐るべし。いや以前も匂いだけで俺が凉乃と密着した事を特定していたわけだし夏乃さんが特別なだけかもしれない。どちらにせよ夏乃さんの前では隠し事なんて何も出来ないと思っておいた方が良いかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る