第26話 そう言えば凉乃ちゃんと綾人はしたの?

「こ、このプリクラは……」


「結人からどうしても一緒に撮って欲しいって頼まれたから特別に撮ったんだよね」


 俺が本当の理由を答える前に夏乃さんはさらっと嘘をついた。すると凉乃と兄貴はそれぞれ声をあげる。


「えー、結人君大胆」


「……おい結人、それは本当か?」


「買い物に付き合わされた時に夏乃さんから誘われて撮っただけで別に深い意味はないからな」


 視線だけで人を殺せそうな兄貴からの眼差しに耐えられなくなった俺はそう言葉を漏らした。すると夏乃さんはつまらなさそうな顔になる。


「もう、結人は何ですぐネタばらしするかな」


「いやいや、どう考えても凉乃と兄貴を誤解させる方が問題でしょ」


「そうですよ、俺はともかく凉乃が勘違いしたら困るじゃないですか」


 あからさまにほっとした顔になった兄貴はそう口にした。兄貴が一番動揺していたくせにとツッコミを入れたい気分になった事は言うまでもない。


「なんだ、お姉ちゃんと結人君は付き合ってないんだ」


「当たり前だろ、俺と夏乃さんなんかが釣り合うわけないから」


「私的には結構お似合いだと思うけどな」


 多分凉乃は何気なくそう口にしただけだと思うが俺にはかなり衝撃的だった。凉乃の目から見て俺と夏乃さんはお似合いに見えるらしい。

 自分の好きな相手からそんな事を言われてショックを受ける俺がいる一方で何故か嬉しいと感じる自分もいた。以前なら絶対そんな気持ちにはならなかったはずなのに。

 そんな事を思っていると兄貴が俺に対して凄まじい嫉妬の視線を向けている事に気付く。もしこの場に凉乃と夏乃さんがいなければ掴み掛かってきていてもおかしくなさそうだ。


「そういう凉乃ちゃんと綾人はどうなの? 今日も二人でデートしてて仲睦まじい感じに見えるけど」


「そ、そうかな……?」


「……俺達は別に」


 恥じらいの表情を浮かべる凉乃に対して兄貴はかなりそっけない態度だった。そんな凉乃の姿を見て今度は俺が兄貴に対して妬みの視線を送る。

 普段の兄貴なら勝ち誇った表情になりそうだが今は心ここにあらずと言った様子だ。よっぽど先程の事がショックだったに違いない。


「そう言えば凉乃ちゃんと綾人はしたの?」


「えっ、何を?」


「勿論キスに決まってるじゃん。あっ、それともひょっとしてもうセックスまでしちゃってる?」


 夏乃さんの発言に俺と凉乃、兄貴の三人は固まる。まさか夏乃さんがそんな事を言い出すとは思ってすらいなかったため驚きだ。


「お、お姉ちゃん急に何て事を言い出すの!?」


「ど、どっちもしてないですよ。そもそも俺と凉乃は付き合ってませんから」


 顔を真っ赤にして声をあげる凉乃としどろもどろになりながら否定する兄貴を見て俺は少しだけ安心していた。そっか、凉乃と兄貴はまだ付き合ってないのか。


「ふーん、もうキスくらいは済ませてると思ってた」


「俺はまだしばらくどっちもする気なんてありませんから……」


 兄貴が必死な顔で夏乃さんにそう説明している姿を凉乃は少しだけ不満そうな表情で見ていた。そんな凉乃を見て俺は激しい胸の痛みを感じている。

 凉乃は俺とではなく兄貴とキスやその先をしたいと思っているのか。具体的な場面を想像してしまって気分が悪くなってしまった俺は残っていたステラバックスラテを一気に飲み干して込み上がっていた吐き気を抑え込んだ。

 それからしばらく四人で話す俺達だったが何を話していたのかはあまりよく覚えていない。兄貴も相変わらず上の空と言った様子で会話にはあまり参加していなかった。


「遅くなってきたし今日はそろそろお開きにしようか」


「あっ、もうこんな時間。やっぱり綾人君と結人君がいると時間があっという間な気がするよ」


 どうやら夏乃さんと凉乃は満足したらしい。精神的ダメージを負って気持ちが萎えてしまった俺達兄弟とは本当に対照的だ。


「じゃあ私は凉乃ちゃんと一緒に帰るから」


「また明日学校で会おうね」


 そう言い残すと凉乃と夏乃さんは席を立ってゴミを捨てると二人で店内から出て行く。その場に残された俺と兄貴はまるでお通夜のような空気で座っていた。


「……なあ兄貴、俺達も帰るか?」


「そうだな、さっさと帰ろう」


 俺達はゆっくり立ち上がると店を後にする。ショッピングモールを出て暗い夜道を二人で歩く俺達だったが特に会話は無かった。俺達は二人とも完全に自分だけの世界に入っていたのだ。

 だから天気予報が外れて激しい雨が降ってきても俺達は雨宿りすらせずに歩き続けた。そのままびしょ濡れになって家に帰った俺達は順番にシャワーを浴びる。

 そして部屋に戻った俺は一心不乱に明日の予習と課題を進めた。何かしていないと気持ちがとにかく落ち着かなかったのだ。


「もう寝よう……」


 だんだん酷い頭痛がしてきた俺は歯磨きをしに洗面所へと向かったわけだが、鏡の中に映った自分本当に酷い顔をしている。

 同じタイミングで洗面所へとやってきた兄貴も今の俺とそっくりな顔をしていた。結城姉妹は本当に俺達兄弟の心を乱すのが上手だ。

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