第12話 何言ってるの、結人も私と一緒に行くんだよ

 ホテルに到着した俺達はフロントでチェックインを済ませて早速部屋へと向かい始める。


「……やっぱり一部屋しか借りてないんですね」


「だって二部屋予約したらお金が余計に掛かっちゃうじゃん」


 何となくそんな気はしていたが夏乃さんは一部屋しか予約をしていなかった。付き合ってもいない男女が同じ部屋に寝泊まりするのは問題だと思うが、もはや抵抗しても無駄な事は分かり切っているため何も言う気にはなれない。


「あっ、結人が喜ぶと思ってちゃんとダブルルームを予約しておいたから」


「じゃあ俺はベッドを使わないようにします」


「そんな事をしたら寝不足になって明日の観光に差し支えるかもしれないから駄目だよ」


「夏乃さんと一緒の方が絶対寝不足になると思うので」


 それならまだ固い床の上で寝た方がはるかにぐっすりと眠れるはずだ。そう思っていると夏乃さんはニヤニヤしながら口を開く。


「えー、何で寝られなくなるの? お姉ちゃん全然理由が分からないから詳しく教えて欲しいな」


「いやいや、絶対知っててわざと聞いてきてるでしょ」


 いくら姉のような存在と言えど夏乃さんがとびきりの美女である事には変わりない。そんな夏乃さんと童貞の俺が一緒に寝る事なんて自殺行為だ。


「へー、じゃあ私の事をちゃんと女の子として意識してくれてるんだ」


「ま、まあそうですね」


「そっかそっか」


 俺が少しだけ口ごもりながら喋った言葉を聞いた夏乃さんはさっきよりも明らかに機嫌が良さそうに見える。二人でそんなやり取りをしているうちに部屋へと到着した。

 部屋の中は広くて綺麗なためかなり快適に過ごせそうだ。荷物を床に下ろした俺がその場で背伸びをしていると夏乃さんは鞄の中から何かを取り出し始める。


「ち、ちょっと俺の前で堂々と下着を出さないでくださいよ!?」


「ごめんごめん、ついいつもの癖で」


「全く謝罪の意思が感じられないような気がするのは気のせいですか……?」


「気のせい気のせい」


 うん、絶対気のせいじゃない。どこからどう見ても謝罪している人間の態度には見えなかった。


「……そもそも何で急に下着なんか出し始めたんですか?」


「ああ、今からお風呂に入ろうと思って。ここのホテルは温泉があるから楽しみなんだよね」


「なるほど、俺はまだしばらく部屋にいる予定なのでゆっくりしてきてください」


 そう言い終わった俺がソファーに腰掛けようとしていると夏乃さんから腕を掴まれる。


「何言ってるの、結人も私と一緒に行くんだよ」


「一緒に行く必要ってあります? どうせ入り口で男女別れるんだから別々でも問題ないと思うんですが」


「あれっ、結人には言ってなかったっけ? ここのホテルって予約制の家族風呂しか無いよ」


「思いっきり初耳なんですけど!?」


「あれっ、そうだっけ?」


 とぼけた顔をする夏乃さんだったが絶対意図的に隠していたに違いない。まあそれでも夏乃さんと入る時間をずらせば良いだけなのだからやはり一緒に行く必要なんて無い。


「ちなみに一組三十分までってルールがあって、私は制限時間ギリギリまで入るつもりだから今行かないとお風呂に入れなくなっちゃうよ」


「えっ……」


 せっかく温泉が有名な箱根まで来たというのに入らないのはあまりに勿体なさ過ぎる。だが夏乃さんと混浴するのは色々と不味い。

 二つの選択肢で激しく葛藤する俺だったがどちらか選ぶ必要がある。しばらく悩んだ末に俺は自分へのダメージが少ない方を選ぶ事にした。


「今日はお風呂を諦めます」


「……その選択肢はお姉ちゃん的にちょっと感心しないな」


「俺としては最善の選択をしたつもりですけど」


 夏乃さんは目に見えて不機嫌そうな表情になるがこれだけは譲れない。万が一兄貴に知られたら八つ裂きにされかねないし。


「昔は一緒にお風呂とか普通に入ってたのにどうして嫌がるの?」


「小学校低学年の頃と今は違いますから」


 ここまで言えば流石に夏乃さんも諦めてくれると高を括っていた俺だがすぐに後悔する事になる。


「……ドスケベ幼馴染に射精管理された僕」


「!?」


 夏乃さんがボソッと口にした言葉は原因不明の理由でデータが消えるまで俺のスマホの中にダウンロードして保存していたエロ漫画のタイトルだった。激しく動揺する俺を無視して夏乃さんはそのまま喋り続ける。


「俺と幼馴染の放課後プライベートレッスン、貞操逆転世界で幼馴染に毎晩搾り取られた俺の哀れな末路、幼馴染逆レイプ性獣と化した私……」


「……も、もう辞めてください」


「もし一緒にお風呂に入ってくれないなら結人にこんな趣味があるって凉乃ちゃんに喋っちゃうかもな」


「分かりました、一緒に入りますから」


 完全に戦意喪失状態になった俺は力無くそう口にする事しか出来なかった。凉乃に幼馴染ものエロ漫画を大量に持っていた事が知られたらドン引きされるに違いない。

 てか、夏乃さんはどうやって俺の持っているエロ漫画を調べたんだよ。まさかスマホをハッキングでもされたんだろうか。

 いや、そう言えば以前学校帰りに一緒に行ったカフェで夏乃さんに一時的とは言え俺のスマホを貸した事があったな。

 あの時は夏乃さん以外の女子全員の連絡先を消されたが多分そのタイミングで電子書籍閲覧アプリを見られたに違いない。もう何があっても絶対にスマホは貸さないようにしよう。

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