第10話 機動剣術試験 中
試験は続く。授業時間中に全員が試験を済ませねばらないので、次から次と慌ただしい感じになる。スタート地点に立ったと思えば蹴り出されるように号砲を鳴らされる。そのせいか意気込んだ生徒よりもやけっぱちな生徒の方がスタートがうまくいく傾向があった。
合格と不合格とは三対一、不合格者は四人に一人くらいな割合で、ほぼ全て、能力不足というよりもミスの多発が原因であった。落ち着いて無難にいけば合格できるというこの難易度は、やはりザマ先にしては相当甘い。
「四方院卍姫、目標『38』」
「生まれ変わったNEO四方院卍姫の力、とくとご覧あそばせ!」
と張り切った卍姫には、どうも物足りなかったらしい。この試験は制限時間内でありさえすれば多少は遅くても問題ない。けれども彼女は、よせばいいのにタイムアタックのつもりなのか、文字通りにかっ飛んで行った。
「姫っち、飛ばしすぎじゃないっすか」
嶺鈴が隣の霧子に話しかける。試験順番の出席番号、
「たしかに、浮いているわね」
クラスで浮いているとかの陰口ではない。霧子はそんなこと言わない。
「地に足が着いていない。ほとんど飛びながら当てているようね」
と夕子が継いだ。ふわふわで飛んでいる頭ハッピーセットという意味なのか、いかにも陰湿な女の言いそうなことである。首をあざとく傾げた芽亜に、霧子が解説してくれる。
「機動剣術の原則よ。剣を当てる瞬間は接地していなければならない。宙に浮いた状態では反動をダイレクトに受けてしまう。飛行機が翼を障害物に引っかけると墜落するように、体勢が崩れるのよ。だから剣が当たるときはその衝撃を足を地に着けて和らげるか、踏み込みで相殺する」
「地を蹴りながら剣を振る。腕ではなく足で斬る。大抵の場合は意識せずともそうなるけれどね」
機動剣術で思ったよりスピードが乗らないのはそれが原因でもある。そうなるよう反射的に歩幅を合わせるので、的を打つたびに減速する。テクニカルなコースを時速100キロ以上で無減速のまま駆け抜けられる姫騎士でも、打ち廻りでは60キロ程度に制限されてしまう。速度制限を緩和するには間合いの感覚を磨くか、あるいは緻密な計算のもと前もって歩幅を調整するか、
「四方院さんはあえてその
「……反動で崩れかけた姿勢を、次の踏み込みで強引に立て直しているでしょう? 力尽くだけれどスピードは維持できる」
せっかくの激ウマギャグは無視された。やはり夕子は性格が悪い。
「
「綱渡りね。少しのミスで事故が起きるわ」
駄洒落の繰り返しもそうであるが、たしかに卍姫の動きはいちいち危なっかしい。指揮所のモニターを見れば表情をころころと変えている。「のわっ!? ぬぬ? ですの!」と聞こえてくるようで、驚いたり青ざめたりするたびに、安堵したり調子に乗ったりしている。間もなく芽亜が叫んだ。
「ああ! 四方院さんがクラッシュした!」
「いわんこっちゃないっす」
とうとう剣を引っかけて、着地失敗でつんのめる。その時点の速度は時速200キロを超えていた。卍姫は地面に身体を打ち付けながらすさまじい勢いで転がっていった。
なんとかコースに復帰したものの、
「タイム84。不合格。相も変わらずお知恵足りんのはいうまでもなしザマス」
「しょぼーん、ですの」
ぐったりと土まみれでしょげている。
「が、お排泄物な度胸とリカバリーの早さは評価します」
「あ、ありがとう存じますのリリア先生! やーたやった、褒められましたのオッホッホー!」
剣を持ったまま浮かれ出す。
「筆頭、黙らせ」
霧子が軽く手を振ると、樹脂剣がくるんと回って持ち主の頭を打った。能力が便利なせいか、いいように使われている感じがした。
卍姫の失敗を見たことで尻込みしたのか、彼女に続く生徒たちはあまり速度を出さなかった。思い切りのない安全運転である。ミスはなくても慎重にやりすぎて不合格となる者も出た。その流れを変えたのは長谷河佳奈花である。
嶺鈴の危惧したとおり舞奈花のそれの一つ増しの目標設定をされた彼女は、親友への負けん気からか、事故を恐れずスピードを全開にした。そして卍姫と同じく引っかけて転がりかけた。けれども前回り受け身のダイナミック版とでもいうのか、足ではなく剣で地面を殴りつけて遮二無二体勢を立て直した。何とか一分以内にゴールした彼女は拍手で迎えられた。姫学女子にとって勇敢さはステータスである。少女たちは佳奈花に続けと奮起した。以降の合格者のタイムは縮まり、不合格者の事故は派手になった。
ちなみに卍姫のそれは蛮勇なので表立っての賞賛はできない。彼女の良さは自分だけがわかっていると、クラスの大半が胸に秘めておく程度である。彼女が四方院様と様付けで呼ばれるのは、実家の権力以上にそれが理由であった。
そうして霧子の出番がきた。
「八剣霧子、目標『72』」
即座のスタートとともに、その数字にざわついた。数値の小ささでは無論ない。卍姫の倍近い大きさにである。打ち廻りをしながら、距離にして4000メートル以上を一分で駆け抜ける。それにはF1の平均時速を上回る速さが要る。
「すごい……アニメみたい」
芽亜が思わず言ったように、霧子の動きは明らかに違っていた。単純に他の生徒の早回しといった感じではない。なんとなれば身体能力は違っても重力加速度は変わらない。月面歩行や水中歩行を考えてみるとわかりやすい。霧子ほどの姫騎士にとって重力とは、儚くて頼りないものである。彼女は地を這うような前傾姿勢で駆けていく。空気抵抗を減らすのもそうであるが、推進力を水平に近づけねば重力から解き放たれ、身体が浮いてしまうのである。脚力の垂直方向への振り分けは重力が働くよう最小限に、見る側が顔を真横に傾ければ、垂直の壁を駆け上っているように見えるであろう。
目標到達までは距離があると一秒ほど、距離が近いと一瞬である。すれ違いざま、霧子の袖が閃いた。切り抜けなのかそうでないのか、本人は使い分けているのであろうが、それを見る生徒たちには素早すぎてわからない。嶺鈴から見ても、手の振りが縦か横かの区別がせいぜいである。
「芽亜はヤム○ャらないでよく見なさい。一文字左逆袈裟真っ向逆袈裟――」
夕子はぶつぶつと早口で霧子の切り方を進行形で芽亜に伝える。小癪であるが噛まないのはすごい。こいつ漫画なんて読むのかとも思った。
「切り上げが多いのは重力の軽さを補うためね。再加速の踏み込みが深くなって安定する。それに地面の跡を見て。他の人のと比べて荒れが少ないでしょう? 打つときもそうだけれどエネルギーの損失を最小限にしているの。だから速度が落ちにくいし乗りやすい。切り返しではどうしても減速しなければならないけれど、そこは取捨選択ね」
十秒以内に言い切った。得意分野ともなると早口になりやがると嶺鈴は内心で吐き捨てた。かわいそうに芽亜は「あ、はい」としか返せないでいる。夕子でも聞き流されたことくらいはさすがに察せられるのか、ちょっとだけ肩を落として口を閉ざした。一年筆頭、クラスで一番偉い、霧子の出番なのである。そうして黙って見ればいい。
ミスなし、無茶なし、コース取りに乱れなしで、霧子はつつがなくゴールした。
「タイム55。合格。筆頭のくせにつまらんザマス」
完璧にも完璧な試験結果なのにそんなことを言うザマ先を無視して祝福する。
「さすがっす姉さん」
「さすがですわキリコお姉様」
「最速の機能美は伊達ではありませんこと」
次の試験者は嶺鈴である。祝福もそこそこにスタート位置へと進む。ハイタッチしつつすれ違うと、霧子はなぜか真っ先に夕子のそばに行って、
「私はリスクを選べなかった。無難なだけ。先生につまらないと言われたのも当然ね」
と、謙遜するようなことを言った。
「それは私に無茶をしろというフリかしら?」
そんな夕子の返しに、少し置いて、くすりと笑い出すのが聞こえた。
「ええそうね。私、貴女の無茶が見たいわ」
そのやり取りの意味に思いを巡らすより先に、
「弥彦嶺鈴。目標『43』」
スタートの合図が鳴った。今は雑念を捨てる。もやもやとした気持ちを土埃に乗せて散らすかのように嶺鈴は地を蹴った。その走り方はどことなく霧子のものに似ていた。
霧子の試験の直後である。嶺鈴の試験内容について目立った出来事はとくにない。やるべきことを当然にやり、結果として合格した。55と、霧子と同じタイムが出たのだけは少し嬉しかった。ちなみに嶺鈴の次である芽亜は『40』の目標設定をされ、無事不合格となった。
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