2-17 No.4ホストのユウタ②




 タツヤがシャワーから戻ってくる。


 (あ、目が覚めた? じゃあ、ナンパに行くよ)


 彼はこの二日の間、大忙しだった。

 ヤマニシに呼び出されて店にやって来たキングダムのスタッフを、殺してはシャワー、殺してはシャワーを繰り返して虐殺していたのだった。

 そのおかげで名簿にあったキングダムの関係者は、ヤマニシの調べる限りではユウタを最後にもういない。


「タツヤくん、もうOKだよ。思う存分に外出しに行きなさい。諸々の小細工も済んだから、あとは店をCLOSEにしておけば、しばらくは誰もここに入っては来ないだろうからね。その間はここを拠点にすればいい」


 ヤマニシがようやく一仕事を終えた事を告げる。そして、安堵の溜息を大きく吐いた。

「ま、1週間ぐらいは大丈夫だろうね」

 彼はこの二日の間、タツヤに対してあの手この手の様々な足止めを試みていていたのだが、すぐにでもナンパに飛び出して行きそうなタツヤをぎょして、おもに同じ行動パターンをさせていた。

 即ち、殺害して汚れたら、一から身支度をやり直させるというパターンである。

 それ以前からタツヤという男はナンパを指針にして、ずっと単細胞生物のように同じ行動パターンで動いていた人間ではあったのだが、自分があからさまに同じことを繰り返させられている事に何の疑問を持たなかったのだろうか? この数日で彼は、いったい何度、シャワーを浴びることになったのだろうか?

 その答えは、タツヤはそもそもそのような瑣末なことを考えること自体に関心がないようで、頭のない彼はシャワーを浴びた回数など、頭を跳ねた人間の数と同様で、覚えていなかった。


 (じゃ、ナンパに行こうか。でもその前に、お前たちに言っておくことがあるんだ)

 

 タツヤがシャワーから戻ってくると、今の今まで楽しそうにユウタを揶揄っていた生首の三人は押し黙った。

 この数日、彼らは散々に、タツヤが店のスタッフを惨殺する光景を見てきたのである。彼らにとってタツヤは絶対的な支配力を持つ恐怖の対象であった。


 (君たちは僕の言った通りにやればいいからね。ホラ、あの役立たずみたいに‥。あれ? あの役立たずはどこへ行った?)


 いつもなら待てなどかけず、一目散にナンパに出かけてゆこうとするタツヤが何かを探している。


「ケンヂくんなら机の下だよ。タツヤくん」


 ヤマニシが口を出す。


 (あ、いたいた。はいこれが役立たず)


 机の下には、長らく放置され続けていたケンヂが転がっていた。

 口を塞がれ、ずっとモガモガやっていたケンヂが、粗雑に髪の毛を引っ張られて、机の上に置かれる。

 

 (コイツ、僕の言った通りにやらないんだ。だからこの前もナンパに失敗しちゃった)


 シャワーの回数は覚えていないタツヤだったが、ケンヂに口喧嘩で負けたことは根に持って、よく覚えているようだった。


「彼は頑張ってたと思うけどね」


 ヤマニシが口を挟むと。


 (‥‥うるさいな。おじさんだって役立たずじゃないか!)


 タツヤが憤る。

 頭がないので表情が分からないが、いつも飄々としているタツヤがケンヂには怒り心頭のようだ。

 ナンパ師としてのプライドを傷つけられる事は、彼には許せないことだったのだ。


「おっと、すまない。これは面目ない。ナンパのことで、私ごときがタツヤくんに口答えするなんてね」


 自分が失言したことを悟り、ヤマニシは平謝りをする。


 (そうだよ。僕はナンパの第一人者なんだ。口答えなんて許されないよ)


 そう厳しい口調で言うと、タツヤは、キョウヤ、マコト、リュウジ、それとユウタを見て、頭はないが睨みつけるようにして言う。


 (あ、役立たず。お前は邪魔)


 モゴモゴと何かを訴えているケンヂをタツヤは手の甲で払い除ける。ケンヂは机から落ちて転がってゆく。

 そしてタツヤは再度、四人を見回し。


 (これから君たちの誰かを連れて行くけど。僕の言う通りにやってね。分かった?)


「「「はい!」」」


 キョウヤ、マコト、リュウジは一斉に小気味良い返事をする。

 だが、一人だけは違った。


「ああ? 誰が従うか。このクソボケ!」


 ユウタが怒鳴り声を上げる。


 (えええ、反抗的じゃないか。それだと困るよ。君は僕の代わりに喋ってくれなきゃいけないんだから)


「誰が従うか。何がナンパだ。てめぇ、そんなことの為に俺をこんなにしたのか! 俺の体をどこやった!」


 先ほどまで悲鳴を上げていたのに、物凄い変わり様だった。

 彼にとって目覚めてから少しの間、キョウヤたちと話す時間があった事が、結果的に不幸に繋がることになる。

 彼は隣にいる三人に自分の醜態を晒したことを恥じたのだ。その反発としての行動だった。

 しかしユウタは自分だけが醜態を晒したと思っているが、実のところキョウヤたちも目覚めた時は騒いでいた。しかも三人の方が、もっと情けない醜態を晒して騒ぎまくっていたのだが。


「ざっけんなよ! お前なんて怖かねーんだよ。死ね! 俺の体を返せ!」


 反発した上、あけすけに罵倒している。彼はもともと無鉄砲にキレ散らかし、手に負えなくなる人間だった。キレている時はいつも彼は無敵状態だった。口だけでなく、物にも当たるし、すぐに手も上げた。それは女性にもだ。


「おい、お前ら、なにビビってんだよ。群れなきゃ何もできない雑魚どもがよ!」


 よほど三人とは因縁が深いようで、彼らを罵倒する事も忘れない。


 (えええ、びっくりだよ。何でこんな不良品が混ざっているの? どうして? どうして?)


 タツヤの動揺している様子が見て取れる。それがユウタの態度をさらに増長させることになる。

 チンピラ気質の人間は恫喝する際、相手の怖気を見逃さない。そういう人種は口喧嘩の時、筋の通った理屈を言うのではなく、難癖をつけて言い負かそうとする。正しさや道理での決着などはなから求めなていない。脅しつけて自分の都合のいい屁理屈を押し付ける。だから相手の弱気を引き出した時点で、彼の勝ちであり、相手は自分の手の内に入るのだ。


 (どうして? どうして? せっかく僕のナンパに連れて行ってあげるのに)


 ユウタは思った。

 やはりタツヤは自分の一喝で動揺している。

 にも関わらず、キョウヤたちは彼を恐れて、あからさまに怯えている。

 ユウタはその姿を見て、彼らを情けないと断じた。自分に臆病だと馬鹿にされても言い返しても来ず、震え上がっている三人を見て彼は嘲笑った。

 縮こまる三人の姿が彼に勇気を与え、ユウタはさらに勢いづいた。


「おいタツヤとか言ったな。お前、嘘つけよ。本当は女を一度も抱いたことのない。童貞チンカス野郎なんだろ? 顔がないからって不細工なインキャ野郎の正体が分からないと思ってんのか。ハッ、根暗が滲み出てんだよ。てめぇがナンパなんて笑わせんじゃねーよ。クソ雑魚が!」


 そして愚かな事に、自分が強い人間だと思ってしまった。いつも立場や、力の弱い者を恫喝しているだけのイキリ屋だったにも関わらず。


 (‥‥え?)


 だが殺人鬼に対してこの発言は短絡的すぎた。

 状況判断ができなすぎた。

 なぜなら彼だけは知らなかったのだ。

 三人がタツヤを恐れている意味を。

 彼だけはタツヤが簡単に人を殺している姿を見ていなかったからだ。

 しかし、それにしたって彼は一度、タツヤに殺されているのだ。短慮にも程があった。普通ならばもう少しは考えるだろう。

 後先考えない怒りはすぐに身をもって、その後悔を思い知る事になる。

 いや、まともに後悔をする事もできなかった。

 今回、タツヤの判断は早かった。




 (縦チョンパー!)




 あで?


 ユウタは自分の視界が、突然、二つに分かれてゆくのを不思議に思っていた。


「あひゃはや、ひゃ」


 タツヤの目にも止まらぬ手刀により、ユウタの頭が真っ二つになってゆく。

 ユウタは末期まつごに意味の通らない言葉を発していた。 


「おひゃ、いう」


 今日一日で彼は、首を刎ねられる死者の目線と、頭を真っ二つに割られる死者の目線を体験したことになる。

 人類史において初となる貴重な経験だろう。

 分かたれる頭の左右のどちらの方に、彼の最後の意識があったのか学術的に気になるところだ。














 


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