第44話 瞳の中には視線を感じる君がいる(最上星雫)
「…まだ、二か月経ったばっかり位だけど…。懐かしく感じる」
「えっ、そう?俺はそんな感じしないけど…」
楽しい時間はすぐに過ぎ去ると言うけれど、天霧と居る時間は一分一秒が心に、記憶に刻まれるせいかとても長い時間一緒に居た感覚になる。
それを天霧に言ったところで「時間なんていつも同じじゃない?」とかロマンティックさの欠片もない返答が来そうなので口には出さないけど。
そんな現実主義な所も嫌いではないけれど、今のところ天霧の良くない部分でもある。
がら空きの電車内、ほとんど人が見当たらないのを良いことに天霧の肩に寄りかかる。
「…最上…?公共の場なんだけど…」
「いいでしょ、人に見られる訳じゃないんだから…」
「いや、その………。めっちゃ見られてる…」
「えっ…?」
天霧の視線の先、私も顔は向けずに視線だけを移す。
見覚えのある女子の顔が、いくつか。
クラスメイトだ。いつも大和の近くに集まってくる女子グループ。
(…これは……。あんまり良くないやつ…?大和に連絡入ると少し不味い…けど)
とは思いつつも、ここで露骨に天霧から離れる気はない。というより、いっそ見せつけるくらいで良いのかなと思ってもいる。
「…気にしなくて良いんじゃない?」
「いや気になるって……!」
「ほっときなよ。天霧はあっちの女じゃなくて私のことを見なさい」
「……いやいや…そういう話じゃないって」
「天霧は気にしなくて良いの。せっかくクラスに馴染んだ所で、私との話で変な空気になるのは嫌でしょ?私の場合大和と色々あるから女子に敵視される事はあるかもだけど、天霧にそれはないんだから良いの」
天霧はどこか複雑な表情をしながら、突然私の方を抱いて寄せた。
「……なんか、それもやだな。自分が孤立するのは慣れてるけど、最上がそうなってんの見るのは嫌」
(……こういう事をナチュラルに言うから駄目なんだよ…)
視線を感じることなんてどうでも良くなってきた私は、不意打ち気味に彼が被っているキャップを外して、天霧の頬にキスをした。
「ちょっ……」
「はい、これで同罪。ハブられる時は一緒」
「………色々な意味で頭痛がしそう…」
表情を隠す様にキャップを深く被り直した。
「…あ、ほら降りるよ」
天霧の手を握って駅に降りる、ついでに恋人繋ぎをして腕に抱きつく様にして体を寄せる。
そしてこちらを見ている女子たちにべっ…と小さく下を出して見せた。
電車の中で何やら騒ぎ出すクラスメイトたちを横目に過ぎ去り、駅に降りる。
「……こんな子だとは思わなかったな」
「もう二ヶ月じゃなくて、まだ二ヶ月。あんまり私の事知らないでしょ」
「もっとクールだと思ってた…」
「それ前も聞いた。いっそ大和に聞いてみなよ、昔の私はクールなんかじゃなかったと思うから…」
「…良いよ、聞かなくて。困惑してると言うか、戸惑ってるだけで……。別に今の君が嫌だとか嫌いだとか、そんな事を言うつもりはないから」
(それだけ人のこと肯定できるんなら、もう少し自分の事も認めて、褒めてあげたら良いのに)
なんて、口に出したところで意味はない。出来るならもうやっているだろうから。
彼はあまり私のことを分かってないかも知れないしそのつもりだろうけど、私はそこそこ天霧のことを知っているつもりで隣に立っている。
「あ、そうだ。ちょっと近くのパン屋寄っていい?」
「うん。いいけど、お腹すいたの?」
「ううん、お姉ちゃんの機嫌取り」
「……仲悪いんだっけ…?」
「反りが合わないってだけ…かな。仲は、普通の姉妹だと思う、多分」
駅から歩いて数分の所にある、家族皆が行きつけのパン屋。
中に結構な人が居るから、外で待っているという天霧は置いておき、足早に家族が好きな物を選んでいく。
そんな時、ふと窓の外に目を向けた。
「………一人で置く方が不味かった…」
ほんの少し目を離しただけなのに、外では私の中学の同級生の女子数人に絡まれている天霧が引き攣った表情で店の出入り口にチラチラと視線を送っていた。
(…これ放置したらどうなるんだろう………?)
なんて好奇心はさておいて、欲しい物は買って店の外へ出る。
「天霧、おまたせ……」
「あぁ…うん。欲しいのあったの?」
「こっちは大丈夫…だけど、その子達は?」
私は彼女達を知らないフリをした。彼女達にとって最上星雫という女の子は白髪でもなんでもない。きっと、分からないだろうから。
「あ、えっと…時間取らせちゃったよね。ごめんなさい!ちょっ、もう行こ…」
天霧に手を伸ばしかけていた女子が踵を返したとき、少し甘い香りが漂った。
「…あ、うん…」
そそくさと逃げていく三人組を目で追っていくと、天霧は私の手から紙袋を取って代わりに持ってくれた。
「…最近、出掛ける度にこうなるな…」
「逆ナンなんてめったに合わないと思うんだけど」
「まあ……てか、最上もしかして知り合いだった?」
「御名答。よく分かったね」
「いや、なんか……なんとなく」
態度が露骨だっただろうか。それはそうと、天霧の引き攣った表情が直らないのが気になる。
「…なにか嫌な事でも言われたの?」
「えっ、なんで?」
「あんまり、顔色よくないから」
「あぁ、いや。多分…匂いが」
「さっきの子の、香水の匂い?そこまでキツくなかったと思うけど」
「……価値観の違いかな。香水そのものが苦手かも」
「なら良かったね、私香水もメイクもしないから」
(…というか、天霧としてはどっちのほうが良いんだろう?)
「…友達と出掛けるのにわざわざメイクするって、高校生っぽくないよな」
「その考え方はちょっと古いかもね」
「…メイクしない君に言われてもな、若者の考え分からないよ」
「それ言ったら、SNSもまともにやってないし、今時の若者の類に入りにくいかな、私は」
「ネットの知識はそこそこある俺の方がまだ年相応だな…」
天霧の空いてる方の手を取って、歩を進める。
彼は家が何処にあるのかしらないから、私が先導しながら十数分。
門にあるインターホンを押そうと手を伸ばしたとき、隣で天霧が呟いた。
「……なにここ、日本庭園…?」
「家だけど」
「…お嬢様だったのか…」
「お姉ちゃんはね。私は…ちょっとだけ、違うかな」
同じ対応をされていた、とは言い難いから。
「ほら……っと、そうだ。一つお願いがあるんだけど…」
「ん………?」
一つお願い事を天霧に頼んでから、表情を引きつらせたまま彼の横でインターホンを鳴らした。
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