第43話 信頼できる悪意、解り難い好意(天霧柊)

 この数ヶ月をずっと一緒にいた少女から強い好意を向けられ、困惑と疑心に苛まれたここ数日。


 寝る時やお風呂等、一人の時以外のほとんどの時間を何気なく俺の隣で過ごしている彼女。


 ここ数週間で気温はとても上がり、ゴールデンウィークの初日となった今日も今日とて真夏日である。


 そんな中、クーラーを点ける様になったリビングにていつも通り、至極当然の様に座椅子ソファに座る俺の膝の上に腰を落ち着かせて体を寄せてくる白髪の美少女が居た。


 鼻唄を歌いながら、気まぐれな猫のように甘えて来たり、俺が飲んでいるココアの入ったマグカップに、自分の物かのように口を付けていたり。

 パソコンに集中して構わずに居ると、前髪をいじっていたずらをしてきたり。


 幸い所構わずというわけではなく、今の所はこの居間にいる時だけこんな状態。

 部屋について来ることはないし、一人の時間にまで侵入してくるつもりは無いようだ。


 それはそうとそばに居る時はなんの遠慮もなく甘えてくる。


「……あ、そうだ。天霧」

「えっ、な…なに…?」

「…何警戒してるの?午後から行きたいところあるから、一緒に来て」

「……何処行くの?」

「実家、ちょっと荷物あるかも知れないから、天霧にも手伝って欲しくて」

「あぁ、そういう事…。分かったよ」


 さすがに何事かと思った。

 自分もだが、基本的に外に出たがるタイプではない最上が突然行きたいところがあるなんて。


「何をしに行くの?」

「色々…だけど、お母さんが『連休なんだから流石に一回くらい顔出しておけ』って。思っても居ないことをね」


 思ってないなら言わないだろう、相変わらず家族相手にはとことん捻くれている。


「……それ俺が行って大丈夫なの…?」

「お世話になってる人を紹介することの、何が悪いの?やましいことも不都合も無いんだし」

「……やましいことあるだろ…」

「私は純粋に好きなだけなんだけど」

「…………そう…」

「…んー…。やっぱり疑ってるよね」

「…まあ、そりゃあ…うん」


 チラッと彼女の顔に目を向けると、ジトッとこちらを見る瞳と目が合った。

 嫌われてないとは思っているし、多少好かれてたら嬉しいな…くらいには考えていた。

 本格的に好かれているどころか、恋愛的な話になるなんて想像もしていなかったが。


(……どうすりゃ良いんだろう…?嘘言った所で最上に利点がある訳じゃないのは分かってるんだけど……)


 どうも自分の感情に違和感がある。最上の言葉がどうしてか心に響かない、信じられない。


 なんとも変な話だ。少し前は磯谷君と仲良くしてる姿を見て何となく嫉妬していたと思ったら、今度は最上に不信感を抱くなんて。


「…ちょっと、説教みたいな事を言うけど…」

「ん…」

「天霧はさ、人の好意に慣れてなさ過ぎ。私よりも悪いよ、人間関係とか…。私もお姉ちゃんと仲は良くないけど……それも、大和が間にいる時だけ。多分私が天霧と二人で実家に行ったらお姉ちゃんとも和解できるし」

「……」

「…私は一応、中学校の頃の知り合いとも連絡取り合ったりしてるけど…。天霧はそんなの全く無いでしょ…?ずっと一人だったし、好かれるなんて事無かったっていうのは何回も聞いたから分かってる」

「…それは…」

「でも、その頃だって天霧に色んな気持ちを向ける人たちは居たはず、少なくとも天霧が気付いてないことだってあったんじゃないの?」


 俺が知らない内に、誰かが俺に良い感情を持ったとして、それを俺が知るタイミングなんて無いだろう。最上のように直接伝えてくるなら別だが。


「…って、聞いても意味はないんだけど……。前に琴葉さんと話した時、言ってたよ。天霧のことは好きだって、嫌いになる訳が無い…ともさ」

「……………いや、それは無いだろ…」

「……なんで、無いなんて言い切るの?」

「…それは……」


 少し言い淀んで、俺は最上から目を逸らした。


「…琴葉にはちゃんと、お兄さん居るから…ね。俺と双子に勘違いされるのとか、嫌で仕方無かっただろうから」

「………えっ……と。知っ…てたんだ、琴葉さんの…双子のお兄さんの話」

「…最上は、琴葉から聞いたのか」


 俺は母さんが父さんに「柊には言わないであげて」という類の話をしていたことを知っている。

 それを聞いたのは偶然だが、少なくとも俺が琴葉にかなりの悪印象を与えていた事は嫌でもわかる。


 過去の自分の行動を振り返り、琴葉の気持ちを考えると、好きになれって方が無理じゃないだろうかと思う。


 最上は、琴葉に信頼されているんだろう。ほんの数時間でそんな事を話すだけの関係を築けるのは素直に凄いと思う。

 その反面、十何年かけてもそうはならなかった、なれなかった自分の事が嫌になる。


「うん、琴葉さんから聞いた。『昔は大嫌いだった』って…」


 そう言いながら最上は俺の手を握った。


「…昔は…?」

「そう、昔。今はそんな事無いって、ちゃんと一人の家族として天霧のこと見てるよ、琴葉さんは」


(……どう、なんだ?本当にそうだとして、彼女は今までどんな態度で接してきた?)


 以前よりは丸くなった、柔らかくなっていたかも知れないが、だとしても言われないと気づけない様な誤差だ。

 考え方が大人になっただけ、良いのかもしれない。


「…………別に良いんだよ。琴葉は無理に寄り添ってこなくても。好かれてようと嫌われてようと、態度を変えたところで…」

「天霧の、それがダメ」

「……え…?」


 突然、頬を突かれた。


「なにも良くない。普段から悪意にばっかり晒されて来たせいっていうのは理解してる。でも、やっぱり人の好意を信じられないのは本当に、良くないよ」

「……そんなつもりないんだけど…」

「あるから言ってるの。人の変化とか気持ちの変化、その大きさに関係なく気付けないこと、そして特に好意に気付かない、そして気付いても信じられない。それって天霧の欠点だよ。すっごく大きい欠点」


 真剣な表情の最上に、若干気圧されながら俺は有無を言うこともできずに、意味もなく頷いた。

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