第28話 画面の奥と眼の前の差(天霧柊)
仕事の話が纏まり、ボイスチャットを抜けようとすると、もう少し話がしたいとサチさんこと樋口美幸さんに引き止められた。
そんなに話すことも無いだろうに、これからの同級生を気づかってくれるあたり性格が良いのか、それとも何か普通に用でもあるのだろうか。
『…その、聞いても良いのか分からないんですけど…。天霧さんの髪の話って触れても…』
「あ…。ごめん、その前にさ…。あの、丁寧口調は止めない?仕事の話とか事務的なのはともかく、普通の同級生として話すのに敬語はなんか……違和感あるから」
口ではそう言ったものの、実際にはその話にはあまり触れてほしく無いから話題を反らしただけだ。
流石に反応が露骨だったか、樋口さんは「あ、う…」と少し反応に困ってから…。
『…そ、そう……だね、うん。分かったじゃあ、柊君って呼ぶね』
…と、見え見えの地雷を踏んでやってしまったという雰囲気を隠すことも出来ずに焦っている。
最上ですら名字呼びしてくるのに、さっそく名前呼びするのかと、俺は彼女から見えないのを良いことに苦笑いを浮かべた。
「……まあ、それは良いよ、好きに呼んで」
『…あの、髪のことは…』
「話すと…長くなるから、今日は無しで」
『…そっか』
「……学校で話す機会があったら、その時…で良い?」
『っ…!うん…!』
髪の話になると露骨にテンションが下がるせいで余計な心配をさせたのだろうか。
今は多少、人に話す事にも抵抗は減ってきたと思うので、これを機に話のネタにできるくらいにでもなれば良いかも知れない。
継いで学校の事を話そうとした時、インターホンの音が聞こえた気がしてイヤホンを外した。
少し間をおいてもう一度鳴ったので、樋口さんに声を掛ける。
『あ、行ってきて。私もお昼ごはん食べるから…』
「あれ、聞こえてた?ごめん、後で連絡入れる」
そこで話は打ち切って、足早に玄関に向かった。
スマホには特に何の連絡も来てないし、最上の場合は合鍵あるからインターホン無しでも入って来る。
一体何処の誰が来たのかと疑問を浮かべながら玄関を開ける。
ドアチェーンの隙間から覗いてきた顔を見て、より多くの疑問が脳内を駆け巡った。
何も言えずに呆然としている俺に、来客は不機嫌そうな表情で俺の手元のスマホを指差した。
「…私連絡先知らないんだけど」
俺は少なくとも来年までは顔を合わせる事が無いと思っていた妹の琴葉が、何故かうちに来たことにひどく動揺した。
いつものツインテールではなく髪を下ろして高校から直行して来たのか制服姿だった。
それなのにそこそこ荷物が多かったり、どういう状況なのかが分からない。
「えっ………と…なんで急に?」
「は?…誰からも連絡来てないの?」
「…来てない、けど…。母さん以外の連絡先……知らないし…」
「………はぁ。お母さん達は今日から再婚記念日で旅行」
小さい頃は皆で行っていた気がするが、兄貴が中学生になった頃から両親だけで行くようになった。
未だにそれが続いてるあたり、再婚とは言え仲の良い夫婦だと思う。
(…まあ、それでも俺のことは気にしないんだけど)
「お兄ちゃんは彼女さんのところ泊まるって」
「……兄貴に彼女なんて居たんだ…」
「一人で家に居ようにも、ドジって家に入れないからこっち来たの」
「あ、えっ…と?母さんが家の鍵まで持ってった…ってこと?」
「…それと、私が合鍵を部屋に置いてきた。本当最悪」
(…家族揃ってなにやってんだ…)
「……なら、その荷物は…?」
何が入っているのかスクールバッグとは別にキャリーケースを引いていた。
「私今日、本当は友達の家泊まる予定だったからその荷物。でも、それどころじゃないからこっち来た。だから早くそのドアチェーン外して」
相当、苦渋の決断だったのだろう。不機嫌そうで疲れたような表情を隠そうともせずにため息交じりに事情を説明してくれた。
取り敢えず家に入れて、居間に荷物を置く琴葉の後ろ姿を見ながらふと疑問が浮かんできた。
「…俺、アパートの場所とか部屋、教えたっけ?」
「お母さんと話してるの聞いて、偶々覚えてただけ。リビングで普通に話してたし」
「あぁ、それは…そう…か」
少し興味深そうに部屋の中を歩き回ってから、特に言葉も無く俺の座椅子に腰を下ろした琴葉。
俺はキッチン向かいつつ少し言葉に詰まりながら、声をかけた。
「あ……えっと、昼ご飯は…食べて来た?」
「…まだ」
とのことなので最上と食べるつもりで買っていたパスタを茹でる。
その間にクリームパスタのソースを作っていると、いつの間にかカウンター越しに琴葉が俺のことを見ていた。
「…………な、なに…?」
「別に」
「…そう…」
そもそも普通の会話をする事自体が本当に久しぶりの相手に対してどんな態度を取れば良いのかも分からない。
「……あ、あの…さ、母さん達は、いつ…帰って来る…かな?」
「口では三泊四日って言ってたけど、普通に延長するから知らない。一週間分くらいは休み取ってたみたいだし」
「…そうなんだ…」
あまり家族の事、特に父さんと兄貴、そして琴葉の事に関しては知らない事の方が多いから未だに両親の関係が良好である事にも少し驚きがある。
(…普段そんな素振り全く見せない癖に、いざ二人になったらはっちゃけるとか知らねえって…)
「今日、入学式だっけ」
ふと、琴葉が呟いた。
琴葉の行っている高校はこっちよりも少し早く始まった筈だから、俺のことを言っている。
「…うん」
「……その髪で大丈夫なんだ」
「…理解のある先生が担任だから」
「………ふーん」
しばらく部屋の中には沸騰するお湯のコポコポという音だけが響いた。
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