第17話

「こ、この、サンドイッチのセットください。あと……ううん、とりあえずそれだけでいいです」


 駅前の洒落たカフェに来たのだけど、俺は店員さんに遠慮がちに注文をする鬼塚さんの様子に目を丸くした。


「あ、あの、鬼塚さん……それだけでいいの?」

「あ、ええと、うん。とりあえずそれにしようかな。橘君は?」

「じゃあ……俺も同じやつで」


 かしこまりました、と。

 店員さんが下がったあと、俺はすぐに鬼塚さんを心配した。


「もしかして体調悪い? 無理しなくていいよ?」

「ち、違うの。あの、朝はそんなに食べないから」


 普通の人であれば、その説明で納得がいく。

 ただ、あの豪食な鬼塚さんが朝だからあまり食べないとはやはり考えにくい。

 多分だけど、嘘をついている。

 その証拠に、「あー、お腹すいたなあ」と、独り言が漏れてしまっている。


 でも、なんで我慢なんか?

 ダイエットでもしてるのか?


「お待たせしました、サンドイッチセット二つです」


 綺麗に盛られたサンドイッチとサラダが乗ったプレートが二つテーブルに運ばれた。


 なんかオシャレだ。

 休日にカフェでモーニングってのも悪くないなと思いながらいただきますを言おうとしたその瞬間。


「い、いただきます! はふっ……むしゃむしゃ、んー、おいひい」


 鬼塚さんは一瞬でその全てを食べ尽くしてしまった。

 満足そうな、眩しい笑顔を浮かべながら。

 しかし、その後すぐ。


「……もう、終わっちゃった」


 しょぼんとしながら、お腹に手を当てていた。


「あ、あの……お腹空いてるならもっと食べてもいいよ? 今日は、俺がご馳走するから」

「ほ、ほんと? じゃあ……う、ううんダメ。が、我慢するの」


 我慢って言っちゃってる。

 朝だから食欲ないなんて、鬼塚さんに限ってはやはりそんなことはないようだ。


 いや、しかし。

 だとすればなぜ頑なに食事を制限する?


 まさか俺の財布に気を遣って……いやいや、この子は俺に奢ってもらうことを期待するような女の子じゃない、と思う。


 じゃあなぜ……も、もしかして。


「あ、あの……お腹を空かせておきたい理由が何かあるの?」

「え? えと、まだこの後もあるし、だから、ちょっとお腹空かせておこうかなって」

「そ、そう」


 この後というのは果たして。

 昼食のこと、だと思うけど……俺の血を美味しくいただく為、じゃないよな?


「……あの、ほんとにもう食べないの?」

「う、うん。だから、その、食後の飲み物もらお?」

「そ、そうだね。すみませーん」


 店員さんを呼んで、「コーラとトマトジュースください」と注文してから飲み物を待つ間。


 お腹をぐーぐー鳴らしながら「我慢、我慢」と小さく呟く鬼塚さんを前にして、俺はずっと緊張しっぱなしだった。


 

 

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