第16話


 朝。

 俺はいつもより早起きして、あることに気づいた。


 今日は学校が休みだった。

 曜日感覚を狂わせることなんて今まで一度もなかったが、まあ、ここ数日は今までにない日々だったので仕方がないのかもしれない。


 今日も当たり前のように鬼塚さんと学校へ向かい、お弁当を食べて、一緒に帰るとばかり思っていたから少し拍子抜けだ。


 もう一度ベッドに寝転んでから、スマホを触る。


 すると、ラインが来ていたことに気づく。


「鬼塚さんから?」


 そういえばこの前連絡先を交換したっけ。

 なんだろう。


『今日、なにしてますか? お昼ご飯とか、どうですか?』


 昨夜遅くに、そんなメッセージが届いていた。

 俺は慌てて返事を入れた。


『もちろんいいよ。どこにいく?』


 そう送ってすぐ、また一つ気づいてしまった。


 金がない。

 まさか二日続けて鬼塚さんに奢ってもらうわけにはいかないし、やっぱり今度にしようと送ろうとした時。


『やった。じゃあ、駅前の洋食屋さんね。楽しみー』


 そんなメッセージに、俺は手が止まった。

 鬼塚さんが、俺と会うのを楽しみにしてくれている。

 なのに断るなんて、できるはずがない。


 しかし金はない。

 バイト、真剣に探さないといけないな。

 いや、でもまずは目先の金だ。


 俺はベッドから飛び起きて着替えてから、キッチンへ走っていった。


「おはよう。ごめんなさい、お小遣い前借りさせてください」


 キッチンで洗い物をしていた母親に、開口一番頭を下げながらそう言った。


「何よ朝っぱらから。あ、わかったこの前の子でしょ。デート行くの?」

「ま、まあ。でも、この前飯行ったら金なくなって」


 俺はいつもお小遣いをもらう時に、「ご利用は計画的に」と母に言われている。

 だからこんなにすぐ、小遣いを使い果たしてしまったことにお叱りを受けると覚悟していたのだが。


「はい、これ。ちゃんと奢るのよ」

「え、いいの? しかもこんなに」

「当たり前でしょ。あんな可愛いくていい子、そうそういないわよ。嫌われないようにしっかりデートしてきなさい」


 母は俺に一万円札をサラッと渡してそう言った。

 サバサバしてるのは昔からだけど、この漢気は俺も見習わないといけないところだ。


「あ、ありがとうございます絶対ちゃんとするから」

「当然よ。間違っても女の子にご馳走になるなんかダメよ」

「あ、うん、わかってる」

「ならいいわ。ほら、朝ごはん食べたら出掛けてきなさい」


 母はそれ以上は何も言わず、深く聞いてくることもなかった。

 俺はもらったお金をありがたく財布にしまって、改めて鬼塚さんにメッセージを送った。


『今日は楽しみにしてます。何時にどこ集合にする?』


 お金をもらって少し気が大きくなりながら、ワクワクして彼女の返事を待った。


 すると、


『ピンポーン』


 なぜかラインの通知ではなく、玄関のチャイムが鳴った。


「はーい」


 と、返事を入れながら玄関に向かったのは母だった。

 なんとなく、予感が働いて俺も慌てて玄関へ向かうと母が扉を開けるところだった。


「はい……あら、弥生ちゃん?」

「お、おはようございますおばさま。えと……」

「あー、京介ね。京介、弥生ちゃんが来てくれたわよ」


 母のすぐ後ろにいた俺は、呼ばれるまでもなく玄関先へ。


「お、おはよう。あの、どうしたの?」

「ええと……家にいても退屈だから、その、少し早いけど迎えに来ちゃった。お、おでかけしないかなって」

「も、もちろんいいけど。ええと」


 チラッと母を見たのには理由がある。

 昔から躾が厳しい母は、食事を残すと鬼のように説教してくるのだ。


 生憎俺は、母が用意していた朝食にまだ手をつけていない。

 こんなまま、それをほったらかして出掛けるなんてヤバいんじゃないかと思ったが。


「あら、ちょうどよかったわね。朝ごはん、あんたの分作ってなかったのよ。二人で食べてらっしゃい」


 ニヤニヤしながら、母はそう言った。


「え、ほんと?」

「あんたがいつ起きるかわかんないからご飯作ってなかったのよ。まっ、今から作るのもだるいし。弥生ちゃん、京介にいっぱい奢ってもらうのよ」

「は、はい! じゃあ橘君、行こ?」

「う、うん」


 妙に物分かりのいい母が逆に不気味だったけど、家を出てすぐに『今日は口説くまで帰ってくるな 母より』というラインがきて、魂胆がわかった。


 まあ、息子の恋愛を応援してくれているのだろうけど。

 俺は、素直に鬼塚さんのことを好きになっていいのだろうか。

 鬼塚さんは、本当のところ俺のことをどう思っているのだろうか。


「ねっ、朝ごはんはね、駅前に良さそうなカフェがあったの。そこでいい?」

「う、うん。任せるよ」

「やったー。ふふっ、楽しみ」


 彼女の気持ちも、俺自身の気持ちも何もわからないまま。


 眩しい笑顔を向けてくる鬼塚さんにぼんやりとついて行き、早朝の人気のない道を二人で歩き駅を目指した。

 

 


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