第7話
「お母さんが?」
俺はてっきり、鬼塚さん自身が吸血鬼だと言われるのかと思っていたのでちょっと意外な言葉に驚いたけど、吸血鬼というワードはスッと俺の耳に届いた。
「うん。だから私は……ハーフ?」
なぜか質問形で首を傾げる鬼塚さんのお茶目な表情は爆発しそうなほど可愛い。
しかし今は見蕩れている場合ではないと、必死に己の沸き立つ感情を抑えながら続ける。
「つまり……鬼塚さんも吸血鬼ってことで、いいんだよね?」
「違うもん、私はハーフなの」
「う、うん?」
「吸血鬼の血が混じってるだけの人間だもん」
ぷくっと頬を膨らませる鬼塚さんは、ぷんぷんと怒っているがそれもまた可愛い。
うん、可愛い。
こんなに可愛いなら親が吸血鬼だろうと悪魔だろうとなんだっていいってもんさ。
……じゃなくて。
「……え、本当に吸血鬼っているの?」
今更。
散々と鬼塚さんに吸血鬼疑惑を抱いておきながらも、今更それが現実のものだとわかると頭がパニックになった。
「え、うん、そうだよ」
「そ、それじゃ血を吸ったりするの?」
「どうなんだろ? 見たことないけど」
「そ、そうなんだ。だ、だけど鬼塚さんはやっぱり血が飲みたくなると」
「ならないもん」
「へ?」
「わ、私も全然ならないもん。血なんか、いらない。ほ、ほら、今こうしてたって全然そんなそぶりないでしょ?」
とか言いながら、鬼塚さんの目が泳いでいた。
「……ほんとに?」
「ほ、ほんとだよ。そ、そんなに疑ってるんなら私に体を近づけてみてよ。私は橘君に噛み付いたりしないから」
言いながら彼女は何かを必死にこらえていた。
そんな彼女を見て、俺はなぜか恐怖心より好奇心が上回ってしまって。
自分の腕を彼女の前に差し出した。
すると。
「……じゅる」
鬼塚さんがよだれをすすった。
目の前にご馳走が差し出された人のように、俺の腕をじーっと見つめる。
「……鬼塚さん、噛まないんだよね?」
「か、噛まないもん。ぜ、絶対かまな……しゃああ!」
「う、うわあ!」
鬼塚さんの可愛い口が大きく開いて、俺に向かって飛びかかろうとしてきた。
俺は思わずのけぞって後ろに下がる。
すると彼女の大きく開いた口が徐々に閉じていって、鬼塚さんは何事もなかったかのように姿勢を正す。
「ほ、ほら。何もないでしょ?」
「いやいや、今まさに噛みつこうとしてたよね?」
「し、してないもん。わ、私はその……うーっ」
鬼塚さんは首をブンブンと振ったあと、体中に力を込めるように拳を握って踏ん張った。
その後、なぜか椅子に座り直すと弁当の残りをものすごい勢いで食べ始めたのだ。
「がう、がつがつ、ばくばくばくっ、ごくっ、ふぅー」
あっという間だった。
飲み込む、というよりもはや吸い込むように山積みの弁当箱の中身を平らげてしまう鬼塚さんの姿はある意味圧巻。
唖然とその様子を見つめる俺だったが、鬼塚さんは口を拭いて立ち上がると、照れくさそうに笑う。
「えへへ、ちょっぴりお腹すいちゃって。なんかね、橘君といるとお腹空くんだあ」
「そ、そうなんだ」
「で、でもね、こうやってお腹いっぱいになったらそれこそ橘君の匂い嗅いでも何とも思わないんだから。ねっ、だからね」
もじもじしながら鬼塚さんは俯いたあとで俺の方を見上げる。
「これからも仲良く、してくれる?」
「……う、うん」
あまりに迫力満点な食事風景に圧倒された俺は、ただ頷くしかできなかった。
やっぱりこの子はやばい。
本人は人間だと主張するがきっとそうじゃない。
そんな恐怖にも似た感情を、しかし嬉しそうに笑う鬼塚さんにぶつけることはこの場では出来ず。
教室まで帰る道のりは、ただひたすら噛まれないことを祈るばかりだった。
◇
「橘君、一緒に帰ろ?」
放課後。
鬼塚さんが俺の腕を掴みながら誘ってきた。
なぜ腕を掴まれたかというと、俺がさっさと帰り支度を整えて退散しようとしていたのがバレたからだろう。
昼休みに彼女から、仲良くしてなんて言われたもののやっぱりどう接したらいいか迷っていたので考える時間が欲しかったんだけど。
そうもいかないようだ。
「う、うん。ええと、鬼塚さんは放課後いつも暇なの?」
「うん。部活ないからすることなくて」
「そうなんだ。なんか意外だね」
「そうかな。ほら、私ってあんな感じだから、その、極力誰かと仲良くなるのは避けた方がいいのかなって」
ちょっと寂しそうに呟く鬼塚さんは、俺の腕を掴む手に力を込めた。
なるほど、彼女なりに悩みというか、今まで人に言えない秘密を抱えて孤独に生きてきたのだろう。
そんな子が、理由はともあれ俺を頼ってくれてるのだから邪険にするわけにもいかないか。
「……じゃあ、帰ろっか」
「うん。あのね、帰りにちょっと寄りたいとこあるんだけどいい?」
「もちろんいいよ。またコンビニ?」
「えと、今日はね……」
恥ずかしそうに顔を伏せてから、鬼塚さんがお腹に手を当てると「ぐぅー」と大きな音が鳴った。
「あ」
「は、恥ずかしい……」
どうやらお腹が空いたようだ。
お昼にあれだけ食べてなお、放課後すぐに腹の虫を鳴らすなんて体格に似合わない大食いだなあとは思ったけど。
お腹を抑えて照れる彼女が可愛すぎて俺の思考は停止気味だった。
「あ、あの、だから、エムドナルドいこ?」
俯いたまま、彼女が口にしたのは大手ハンバーガーチェーンの名前だった。
その仕草すら可愛くて、俺は彼女が吸血鬼云々なんてことも忘れていた。
この子にお腹いっぱい食べさせてあげたい。
そんなよくわからない使命感に駆られながら、お腹ぺこぺこな彼女と二人で店へ向かっていった。
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