第6話
「ふふっ、静かでいいよねここって」
家庭科準備室。
ここは普段の授業でもあまり使われることがなく、並んだ机と教壇以外なにもないような殺風景な部屋だ。
果たしてなんのためにあるのか、それすら不明な場所だけど、鬼塚さん曰く「昔この学校にあった料理研究部が使ってた部室らしいよ」とのこと。
そんな話を嬉しそうにしながら机に座って鞄を漁る鬼塚さんとその対面に座る俺は二人っきり。
しかもこの教室、普段生徒が使う教室や職員室からも離れていて、おそらくここで少々騒いでも誰にも聞こえないだろう。
今襲われたらひとたまりもないということだ。
「……鬼塚さん、あのさ」
「どうしたの? やっぱり二人は嫌だった?」
「そ、そうじゃなくて……俺、今日弁当持ってきてないからパン買いに行きたいかなって」
「ふふっ、そうだろうなと思って私、橘君の分のお弁当もちゃんと用意してきたんだよ」
「え、俺の?」
「うん。ほら見て、すごいでしょー」
鬼塚さんがバンと机の上に弁当箱を二つ置いた。
赤い風呂敷と青い風呂敷に包まれたお弁当。
しかし、
「ええと、この赤いやつ、なんかデカくない?」
青い風呂敷の方は普通のお弁当サイズ。
しかし赤の風呂敷はその弁当を五段重ねにしたくらいにでかい。
「えへへ、橘君と一緒にたべようと思っていっぱい作ったの。いっぱい食べてね」
鬼塚さんは嬉しそうにしながらまず、青い風呂敷をとる。
中から出てきたのは普通の弁当箱。
そして俺の前にそれを置く。
「はい、どうぞ」
「う、うんありがとう」
「ほら、早くたべてよ。私、結構料理自信あるんだ」
促されて俺は恐る恐る弁当箱の蓋をとる。
正直、この中はグロテスクなものではないかと怯えていた。
しかし、
「あっ、うまそう」
唐揚げ、卵焼き、梅干しが真ん中に添えられたご飯と、定番ながらに色鮮やかな弁当に思わず声が出た。
「ほんと? でも、美味しそうじゃなくて美味しいって言ってほしいなあ」
そう言われて、俺は黙って卵焼きを一口。
「うん、うまい!」
食べる瞬間に毒味を忘れたと後悔したが、そんな警戒心が一瞬で吹っ飛ぶほど卵焼きはうまかった。
出汁の香りがほんのりと、優しい味なのにご飯のお供になりそうなしっかりとした甘みは主張されてくる。
「ほんと? よかったあ。いっぱい食べてね」
「う、うん」
心底嬉しそうにする鬼塚さんを見ていると、さっきまでの警戒心が勝手に解けていく。
多分というか、普通に悪い子じゃないんだろう。
実際、学校では可愛いという評判だけでなく人気者だし悪い話なんて聞いたことがない。
やっぱり今朝のことは何かの間違いだったのかな。
ていうか可愛いなあ鬼塚さん。
「じゃあ、私も食べようかな」
鬼塚さんがそう呟いた瞬間、さっきまのほんわかモードから一気に緊張が走る。
そうだ、やっぱり勘違いなんかじゃない。
この子は俺の血を狙ってる化け物なんだ。
ていうかあの弁当箱、自分用なのか?
めちゃくちゃでかいけど何が入ってるんだ一体?
もしかして人の腕とか……。
「……」
「どうしたの橘君、怖い顔して。もしかしてこのお弁当箱にびっくりしてる?」
「そ、それって鬼塚さんの?」
「あ、うん。ええと、恥ずかしいんだけど最近すごく食欲があって。いっぱい食べる女の子とか、嫌い?」
「そ、そんなことはないけど」
「ふふっ、よかった。人前じゃこんな姿見せられないから」
「俺ならいいの?」
「だって……橘君は特別だから」
「うっ」
そう言って顔を赤らめる鬼塚さんに俺の胸はキュンキュンしまくりだった。
やばい可愛い。
いかん、今すぐこの場から逃げるべきなのに足が動かない。
もっとこうしてたいと、男の本能が邪魔をしてくる。
ああ、こんな可愛い子に殺されるのなら本望なのかな。
俺って案外破滅的なのかも……。
「じゃあ、いただきます」
赤い風呂敷をとると、姿を見せたのは五段重ねの重箱だった。
そして中身は、
「……赤い」
一番上の箱に敷き詰められてるのはおそらくチキンライス。
しかしケチャップが多いのかご飯が真っ赤に染まっている。
そして、
「美味しー。んー、おかずも食べよーっと」
嬉しそうに他の箱のおかずにも手をつけ始める鬼塚さんは口の周りを真っ赤に染めていた。
ちなみに他の箱にはぎっしりとお肉や野菜が敷き詰められていたのだが、どれもこれもケチャップまみれ。
決して美味しそうとは言えないものばかりだが、鬼塚さんはそれを嬉しそうに頬張っていた。
まるで血を啜るように。
「……鬼塚さんって、赤いものが好きなの?」
見たまま、そしてある意味遠回しにそう聞いた。
その反応次第では、やっぱりこの場から走って逃げ出さないと、なんて思いながら全身を力ませて臨戦体制をとる。
すると、
「……だって、橘君を傷つけたくないんだもん」
鬼塚さんが箸を止めて、涙ぐむ。
「え、お、鬼塚さん? 泣いてる?」
「だ、だって……こうやって赤いものたくさん食べてたら気が紛れるからそうしてるだけなのに。私、血が欲しいなんて思ったことないもん……」
また、血が云々と言っていた。
しかし今は目の前で美女が泣いていることへの焦りでそれどころではなかった。
「ええと、ごめんなさい」
「ううん、急に泣いたりしてごめんね。あのね、橘君にはちゃんとお話しておかないといけないことがあるの」
彼女は涙を拭ってから口周りをハンカチで拭いたあと、大きな目を見開いて俺を見ながら。
こう呟いた。
「私のお母さんはね、吸血鬼なの」
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