第2話

「おはようー」

「あ、おはよう鬼塚さん」

「弥生おっはー」


 俺より先を行ったはずの鬼塚さんは、なぜか俺より後から教室に入ってきた。


 一体どこで何をしていたのか。

 しかし、気にしたところで俺には関係のない話だ。


 なにせ俺はフラれたのだから。

 いや、告白もなにもしてないからフラれた以前の問題だ。


 やっぱり俺の勘違いでしかなかった。

 鬼塚さんが俺のことを好きになるはずがないんだ。

 なのに勝手に変な妄想ばかり膨らませて、こんなことになってしまった。

 きっとあの時の俺は目がギラついていたんだろう。

 それをみて鬼塚さんがドン引きしたにちがいない。

 あー、ほんと最悪だ。

 みんなに挨拶しながら鬼塚さんが席に向かってくる。

 気まずい。

 いや、向こうだって気まずいだろ。

 ほんと、早く席替えしてくんないかな。


「おはよう、さっきぶりだね橘君」

「あ、うん。おはよう……え?」


 普通に挨拶された。


「ごめんねさっきは。ええと、怒ってる?」

「お、怒ってなんかないよ。なんか、俺の方こそごめんというか」

「どうして?」

「え、いやだって……俺が嫌で逃げたんじゃないの?」


 あまりに普通な態度に、正直混乱もしていたし苛立ってもいた。

 だからそのままストレートに質問した。


 すると、


「そ、そうじゃないの。ええと、なんていうか、突然のことで戸惑ったというか……」


 今朝のようにまた、照れ始めた。

 やっぱりこの子は俺のことが好きなのか?

 いやいや、二度と同じ轍は踏むまい。

 鬼塚さんはきっと、言いにくいことがあるとこういう話し方をする人なんだ。

 今の言葉だってきっと、俺を傷つけないために言い訳をしてくれているだけに過ぎない。


「そ、そう。ならいいんだけど」


 もう、今朝のように勝手に期待して勝手に傷つくのは御免だ。

 俺はそっけなく返事をして、視線を外した。


 そのあとは特に何か話しかけてくることもなく、昨日までと同じような静かな一日が始まった。


 相変わらず人気者の鬼塚さんの周りには休み時間のたびに多くの女子が群がっていて、俺は騒がしい女子の声を聞きながら静かに読書をして時間を潰してまた授業が始まって。


 何事もなく一日が終わる。

 そしていつものように放課後になるとみんなが慌ただしく教室を飛び出していく。


 そんな光景を横目に見ながらゆっくり荷物をまとめていると、何やら視線を感じた。


「ん?」

「あ、気づいてくれた。橘君って、集中すると周りが見えないタイプなんだ」

「鬼塚さん?」


 隣の席に鬼塚さんが残っていた。

 いつもは真っ先に教室を出て行く彼女なのに、どうしたんだろう?

 

「部活ないの?」

「うん。私、体が強くないから入ってないんだ」

「もしかして肌のこと?」

「あ、覚えててくれたんだ。うん、そうなの。夕方の日差しもちょっとしんどくて」

「そっか」


 その時の俺の感想は、色々大変なんだなあくらいのものだった。

 

「橘君は部活しないの?」

「俺は運動も苦手だし芸術とかも才能ないからさ」

「じゃあ、放課後はいつもまっすぐ帰ってるの?」

「う、うんそうだけど」

「そっかあ。じゃあ、一緒に帰らない?」

「へ?」

「そんな驚かなくていいじゃん。他のみんなは部活だし、それに、この辺って夕方でも人が少ないから物騒だし」

「ま、まあそれはそうだけど」

「私と帰るのはいや?」

「それは……」


 困ったように俺に聞いてくる鬼塚さんはちょっとあざとく見えた。

 でも、やっぱり可愛い。

 こんな可愛い子と一緒に登下校なんて、俺には夢のような話だ。


 今朝の一件は忘れよう。

 別にクラスメイトと一緒に帰るだけの話なんだし、気にしすぎるのもよくない。


「うん、いいよ。じゃあ帰ろっか」

「ほんと? よかった」


 にっこり笑う鬼塚さんに、思わず赤面して目を逸らした。


 反則級に可愛い。

 でも、絶対に勘違いはするな。

 鬼塚さんは少々思わせぶりな態度をとるところがあるけど、俺なんかに好意を抱くはずがない。


 高嶺の花すぎる。

 こうして一緒に帰れるだけ光栄だと思わなければ。



「橘君、コンビニでも寄っていかない?」


 学校を出てすぐ。

 鬼塚さんから寄り道のお誘いがあった。


「喉でも渇いたの?」

「そうなの。喉がカラカラで」


 確かに少し苦しそうだ。

 体調がよくないのか?


「じゃあそこのコンビニに寄ろっか」


 そのまま、正門を出てまっすぐ向かった先にあるコンビニへ。

 

「いらっしゃいませー」


 少し気怠そうな店員の声に出迎えられると、


「ええと、飲み物は奥かな」


 鬼塚さんはすぐに飲み物コーナーへ向かった。

 よほど喉が渇いているのだろう。

 

「あ、あったあった。これこれ」


 目当ての品を見つけたようで、鬼塚さんは慌ただしく飲み物を棚からとる。

 一体どんな飲み物が好みなんだろうと、後ろから背伸びして覗き込むと手に持っていたのはトマトジュースだった。


「え、トマトジュース?」

「これ、好きなの。昔から赤い飲み物飲むと落ち着くんだ」


 正直、トマトジュースを飲んだら余計に喉が渇きそうな気もするがそれは好みだから俺がとやかくいう話でもない。

 まあ、綺麗な子は美容とかにも敏感だし。

 でも、トマトジュースねえ。


「じゃあ買ってくるね」

「あ、それなら俺も飲み物買うから一緒に払うよ」

「え、いいよそんなの。悪いって」

「ジュースくらいいいって。ほら、かして」


 たかがジュース一本でカッコつけるわけでもないけど、やっぱり男としては気になる女の子にはなんでも奢ってあげたくなるものだ。


 さりげなく彼女からジュースを受け取ってレジを済ます。


 そして店を出てすぐに飲み物を渡すと、彼女はすぐにキャップをあけてゴクゴクと美味しそうにそれを飲み出した。


「ん、ん、ぷはあ。あー、美味しい」

「結構豪快だね、飲み方」

「え、あ、ごめんお礼も言わずに。ご馳走様、橘君」

「い、いやいいよこれくらい」

「ふふっ、優しいんだ」


 口の周りについたトマトジュースをペロっと舐めながら笑う鬼塚さんに、俺はまた胸をドキドキさせられる。


 ほんと、可愛いよな鬼塚さんって。

 いつもニコニコしてるし、笑った時に覗く八重歯も特徴的でチャーミングだし。


 でも、口の周りを赤くしてるとまるで血を吸ったあとみたいだ。

 それこそ吸血鬼みたいというか……ん?


「ごくっ……」

「鬼塚さん?」

「な、なに?」

「い、いや。なんでもない、けど」

「そ、そう? と、とりあえず今日は帰ろっか」

「そ、そうだね」


 今、一瞬だけど鬼塚さんがものすごい形相で俺を睨んでいた、気がした。

 でも、気のせいだったようだ。

 だってほら、俺の隣を歩く彼女はいつものように明るく穏やかな……


「しゃああああっ!」

「うわあっ!?」


 横を見ると、鬼塚さんが俺に噛みつかんばかりに大きな口をあけて飛びかかってきそうになっていた。

 で、俺が声を上げるとすぐに口を押さえて平然を装いだす。


「ん、んぐっ! ど、どうしたの橘君?」

「い、いやそれは俺のセリフというか……今、噛みつこうとした?」

「な、何に?」

「お、俺に?」

「な、なに言ってるの橘君ったら。私は何もしてないよ? ぜ、絶対に血が欲しいとか思ってないからね?」

「血?」

「な、なんでもないから。私は普通の女の子だもん! そ、それに橘君がいけないんだから!」

「あ、待って」


 また、橘さんは走って逃げてしまった。

 一人残された俺は今朝と同じように、呆然とその背中を眺めながら。


 しかし今回は一つ不可解なことが増えた。


 血。

 血が欲しいって、なんなんだ?


 まさか……いや、そんなことはありえない。

 この科学の発達した現代にそんなこと。


 まさか、だよな。


 


 

 

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