第40話「気が付いた」


≪何卒⤴ォォォォォ何卒⤵ォォォォォ!! ご容赦の程を⤴ォォォォォォ!!!≫

「ゲート長……」


相手の反応を見ながらサトゥーは思った。


(まぁ、そうなるよなぁ……)


ゲート長が本当に求めているのは『最終的な解決』なのであろう。

それは『後になって蒸し返しません』という氏族からの保証に外ならず、目の前に座っている『氏族の若造』が“あー大丈夫ッスよー”と安請け合いしたところで安心出来る筈が無い。

社会人として完璧なる危機管理能力。


(ゲート長……ますます模範的過ぎる! 見習いたいぐらいだ!)


サトゥーは笑顔になると、目の前に差し出された四つの端末を拾い上げる。


≪サ、サトゥー様……!≫


恐らくは受け取ると思われたのか、ゲート長が笑顔になる。

しかしサトゥーにはそれを出来ない理由がある。

全ては“無かった事”にして、闇へと葬り去らねばならない……!


(ゲート長には悪いけど……“被害者特権”でゴリ押しさせてもらう!

 突出した『功績』は要らない……代わりに、追跡してくる『恐怖』もまた無い。

 楽園の住人のような平穏を……そんな安全な旅路こそが、このサトゥーの目標……!!)


サトゥーは立ち上がり、ゲート長へと歩み寄る。

そして視線の高さを合わせながら、優しく語り掛けた。


「お気持ちは大変嬉しいのですが……もはや金額の問題ではないのです!」


金で安全は買えない。

カネでアレは防げないのだから。


サトゥーはゲート長の小さな手を優しく取り、手の平を上へと向かせる。

そして丁重に四つの端末を乗せていった。

最大限のリスペクトを込めながら。


(許してください……ゲート長!

 久方ぶりに出会えた理性の人(?)よ! 出来れば違う形でお会いしたかった……!!)


端末を全て乗せてから、最後に自分の手で包むようにしてゲート長の指を握り込ませる。

丁重に返品! 賠償は不要なんれすろ!


「ゲート長……あなたの誠意は、もう十二分に伝わってきましたから!

 ですから……もう終わりにしましょう!!」


そう言われたゲート長は……この世の終わりの様な顔をしていた。

何でだろう?





(サトゥーさんは強いなぁ……)


ゲート長とサトゥーのやり取りを見ていたサメちゃんは、腕組をしながらそう感心していた。


サトゥーの『強さ』。

腕力や戦闘能力の事ではない。

汚名を着せられ、暴力を振るわれた。

だがすらサッパリと許してしまう『度量の広さ』。


(これが本当の『強さ』!

 うーん、サトゥーさんは凄い……!! それに引き換え――)


サメちゃんはチラリとゲート長の方を見る。

ゲート長は今、サトゥーと『押し問答』をしている最中だった。

返却された四つの端末をそれでも『いえいえいえ』とサトゥーに渡そうとして、それをサトゥーから『いやいやいや』と渡し返される。

それをまた『いえいえいえいえ』と渡そうとして、『いやいやいやいや』と返って来る無限ループ。


(――このババア!

 サトゥーさんが“受け取らない”って分かってから賠償金を増やすとか!

 用意してたんなら最初から渡せっつーの、この卑怯者!!)


憤るサメちゃん。

そんなサメちゃんが今、この場で最も“双方のすれ違い”、その真相に近い位置に居た。

流石にサトゥーが“情報漏洩を恐れて”氏族との連絡を嫌がっているとか、ゲート長が“サトゥーを隠し子”だと誤解しているだとかまでは分からない。

しかし騒動を終わらせたいサトゥーと、氏族を巻き込んでの円満解決を欲しているゲート長との利害関係だけは把握していた。


≪いえいえいえサトゥー様! こちら受け取っていただいて何卒何卒ォォ!!≫

「いやいやいや受け取れませんって! いやいやいやいや――」

(どうしようかな……)


『アルカル星系』という単語への反応から、ゲート長が『ヤウーシュはアルカルⅢを神聖視している』という一般のシャルカーズが陥りがちなをしている事に気づいたサメちゃん。

スマートウォッチの閲覧制限を一瞬だけ解除し、ゲート長に『モノリス情報保護士』をチラ見せしたのはその『誤解』を加速させてやろう、というイタズラ心によるもの。

腕を抓られた事への意趣返しだった。


≪いえいえいえいえサトゥー様……いえいえいえいえいえいえ――≫

「いやいやいやいや……イヤイヤイヤイヤイヤイヤーー」

(……何か良い案は無いかな)


謝罪の場でゲート長に暴力を“振るってしまった”というサメちゃんの失点は、サトゥーが賠償金を放棄した事で無かった事になっている。

しかしそれとは別に、サメちゃんはサトゥーに対して何か利益になるようなものを、スターゲイト側から引っ張って来たかった。


≪いえいえいえいえいえいえいえいえ――≫

「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ――」

(そうだ……!)


サトゥーの優し過ぎる『優しさ』に付け込んで、スターゲイト側がのうのうと『許される』のは『許せない』。

サメちゃんは思いついた名案をサトゥーへと提案する事にした。


≪いえいえいえいえいえいえいえいえ――≫

≪サトゥーさんサトゥーさん≫

「イヤイヤイヤイヤイ……あ、な、何? サメちゃん」

≪賠償としてお金を貰う、んじゃなくて……“善意”で『二次バリア発生装置』を提供してもらう、というのはどうですか?≫

「あーーーー……なるほど?」

≪ッ!!?≫


サトゥーの反応に

ここぞとばかりにゲート長がサトゥーへ攻勢を掛けた。


≪そ、それは良い案でございますゥ~!!

 旅の安全を見守るのがスターゲイトの責務!!

 船体に不備がございましたら、何なりとお申しつけ下さいませ~~!!

 お代の方は!! 勿論!! 全額勉強させていただきますので~~!!≫


力強くそう宣言しながら『ぺちぺち』するゲート長。

このままでは賠償金は受け取ってもらえない。

ならばせめて、サトゥーに恩を売る事でこの後に起こる被害を少しでも抑制しよう。

そう考えての方針転換。


≪……! ……! ……!≫

(こっち見んな!)


ゲート長、サメちゃんの方を見ながら目蓋を激しくパチパチ。

その目は『ナイス助け船!』とでも言いたげだった。


(別に助けた訳じゃないし……最上グレードのやつブン取ってやるから覚悟するこった!!)

「あー……まー、それなら……ちなみに――」


話も纏まろうかという、その時。


≪無いよー?≫


応接間に声が響いた。

お菓子をムシャムシャしている警備部長からだった。


≪ちょ、貴女!? サトゥー様のお茶請けを勝手に……え、何て?≫

≪だからバリア発生装置、無いよー?≫

「無い……というのは?」


サトゥーからの問いに、好評ムシャムシャ中の警備部長が返す。


≪自動倉庫で火事起きちゃったでしょ? あれで全部燃えちゃった~≫

「あー……」


サトゥーは思い返す。そう言えば――


――出発前に、自分の宇宙船の近くで人型重機パワーローダーが作業をしていた気がする。

そしてその人型重機パワーローダーは『樽状の装置』を取り外していて――


――カニ江とエビ美から追撃を受けている最中、サメちゃんはこう言っていた気がする。

『二次バリア発生装置は船外についている』と。

つまりあの『樽状の装置』が『二次バリア発生装置』であり――


――自動倉庫の火災原因は、収納されていた『樽のような装置』をネットランチャーが破壊したからで――


「あの自動倉庫……『二次バリア発生装置』の倉庫だったってコトォ!?」

≪うん!≫

「それで……燃えちゃった?」

≪うん≫

「全部……?」

≪うん!≫


それを聞いたゲート長が叫ぶ。


≪に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!゛!゛?゛≫


直後、懐から取り出した通信端末に向けて赤い電弧を飛ばす。

繋げた先は『調達部』だった。


≪調達!? わ、わたしよ! わ……ゲート長だって言ってるでしょ!!

 今すぐ『二次バリア発生装置』の在庫を調べて!!

 ……はぁ!? 他所は……!? 近隣のスターゲイトの在庫!! 全部!! そう今!!

 あ、サトゥー様~、しばしお待ちになって~?≫


ゲート長、サトゥーに営業スマイル。

直後、通信端末に向き直る。


≪まだ!!??

 早くし……スターゲイト021から!? え、三日後ォ!!??≫


――通信終了。

茫然とした様子で端末を懐にしまったゲート長が、笑顔を引きつらせながらサトゥーへと問いかけた。


≪サ、サトゥー様ぁ~?

 銀河標準時CGTで……み、三日ほど……お待ちいただけますか~?≫

「三日ですか……。さ――」

≪勿論! お待ちいただく間の! 滞在費用は!!

 全額こちらで負担させていただきますぅ~!!

 勿論!! 最高グレードのお部屋でございますゥ~!

 他にも!! スターゲイト019にございます各種遊興施設も!!

 フリーパスを用意させていただきますので!! ご自由にご利用いただけますゥ~!!≫


至れり尽くせり、ぺちぺちぺちぺち!

サメちゃんがサトゥーへと問いかけた。


≪……サトゥーさん、どうしますか?≫

「ん~」


サトゥーは考える。

カニ江から逃げる為に始まった地球への旅。

いつ追いつかれるかもしれない状況で、三日もスターゲイト019に滞在する?

答えは決まっている。


「No!!」

≪ダ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!゛!゛≫





「ごめんね~サメちゃん。折角良い提案してくれたのに」


格納庫へと続く連絡通路。

応接間を辞した二人は、相変わらず天井の低いそこを連れだって歩いていた。

頭をぶつけないように、首を曲げながら歩くサトゥーへサメちゃんが答える。


≪いえ……三日は流石に何するんだって話ですし≫


『二次バリア発生装置』が手に入らないのなら、これ以上スターゲイトに滞在する理由はない。

さっさと旅を再開する為、二人は宇宙船を戻るべく格納庫を目指す。


「それにしてもゲート長、急にどうしたのかな」

≪…………さぁ?≫


スターゲイト019はサトゥーが必要とするものを提供出来ない。

引き留める口実が無くなった為、騒動に対する『謝罪の場』は自然にお開きの流れとなった。

サトゥーとサメちゃんが応接間から退出すると、何やらゲート長マサコさんは奇声を上げながら何処かへと走り去っていった。


(……別に助ける理由なんか無いもんねー!)


何をしに行ったのか。

サメちゃんにはおおよその見当が付いていたが、別に加担する理由も無いので放置する事にした。


≪それでサトゥーさん……バリア発生装置どうしますか?≫

「あー、それなんだけど。

 道中にちょっとがあってさ。

 どの道、アルカルⅢでの滞在中とか用の食料の買い出しもしないといけないし、途中の交易ステーションの……ん?」


話をしている内に、格納庫へと到着。

停めてある宇宙船の方を見ると、何やら人だかりがある事に気が付いた。

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