第22話「やがて終わり」

ヤウーシュとアルカルⅢの関係とは、思いがけず古い。

事の発端は種族間戦争の終結に伴う、シャルカーズとの同盟締結にまで遡る。


ヤウーシュとの戦いを終えたシャルカーズは、資源探索の為の旅を再開した。

一方でヤウーシュは、一部の戦士が傭兵としてシャルカーズに随伴するだけで、星外へと繰り出そうとするものは殆どいなかった。

たとえシャルカーズから星間航行技術を提供されても、端的に言えば活用する動機を持っていなかったのである。


宇宙環境に興味はなく、新天地の資源にも用はない。

ならば何故、旅立つのか。

確かにシャルカーズの技術とは素晴らしい。

謹製の薬はヤウーシュから病の悩みを取り払ったりもしたが、逆に言えばそれくらい。

同盟締結後もヤウーシュという種族は変わらず、母星で最強の戦士の座を求めて決闘を繰り返す日々を送っていた。


変化が訪れたのは、シャルカーズに随伴していた傭兵――外れくじを引かされた若い戦士たちが帰還してからの事。

彼らは未知の頭蓋骨トロフィーを自慢げに掲げながら、大いに謳った。


曰く、灼熱の惑星で山の様に巨大な獣と戦い、その首を落としたと。

曰く、凍てつく惑星で音よりも早く飛ぶ鳥に襲われ、だが撃ち落としてやったと。

曰く、嵐の止まない惑星でかつてない程に硬い鱗の竜と相見あいまみえ、しかしその鱗ごと叩き斬ったと。


その武勇伝を聞くに及び、母星に残っていた戦士たちは己のしでかした過ちに気が付いた。

狩るのが難しい難敵とは、確かに母星にだって居る。

しかしその全ては既知の存在であり、未知なる新天地で『見た事も聞いた事もない獲物』と死闘を繰り広げ、そして狩る。

そんな興奮と、どうして比べられるだろうか。


新たな地、新たな敵、新たな首。

雇われる事で、新天地へと乗せていってくれるシャルカーズ宇宙艦隊。

少女シャルカーズたちが出航前に放った一言が、戦士たちをそらへ駆り立てた。


――生命の居る星で狩りがしたい? まぁ、少しなら寄り道してあげますけど……――


ここで乗らなければ、また帰還した戦士の土産話を聞かされる側に回る。

それではまさに、大後悔時代!

なら乗るしかない、この雇用ウィーアーに!


こうして明確な動機を手に入れたヤウーシュは、シャルカーズに雇われるか、あるいは借金してでも宇宙船を借りる事で次々と宇宙へ旅立つ事になった。

そして生命の居る星に降り立っては、そこで見つけた獲物を狩ったり、あるいは返り討ちにされて死んだり。

それはヤウーシュにとって、幸せな宇宙開拓時代の始まりだった。



アルカルⅢが発見されたのは、まさにそんな時代の最中。

この星には既に知的生命体――アルカル星人と、彼らの興した石器文明が根付いていた。

だが当初、この星の価値は低く見積もられる。

シャルカーズにとって有用な鉱物資源が存在せず、またヤウーシュから見てもな生物資源が存在していないから。


アルカル星人ほか、アルカルⅢの生物が相手では弱すぎて狩るに値せず。

そう評価されたアルカルⅢは長らく放置され、訪れる者は絶えていた。


しかしある日、ひとりの戦士が降下する。


――ここが、あのアルカル星人のハウスね――


降下したヤウーシュの戦士は、誰も見向きもしないこの星の価値を、再度見つめ直そうとしていた。

突如現れた”異形の存在”に驚いたアルカル星人――地球人の戦士たちに、弓と石槍で包囲されながら、ヤウーシュの戦士は吼える。


――出しなさいよ、まこと……まことの実力、出しなさいよ! 実力を見せーてー! あと悪いけど脊髄、貸しーてー!――


そして起こったのは、やはり虐殺だった。

ヤウーシュを相手取るには、地球人では全てが不足していた。

骨も、肉も、皮も、全てが脆弱。


積みあがった屍の山の上で、ヤウーシュの戦士は消沈する。

やはりこの星に価値は無いのか、と。

だがそこに最後のひとりが現れた。

その村落の戦士、最後の生き残りが、尚も立ち上がると戦いを挑んできた。


熾烈な戦いの果てに、ヤウーシュの戦士は敗北した。

流れ出た己の血の海の中で、アルカルⅢにも価値ある獲物――”戦士”は居たのだと感動しながら、そのヤウーシュは果てた。



装着者の死を、ガントレットは遠く離れたヤウーシュ母星へと通知する。

ヤウーシュの戦士が、アルカル星人によって返り討ちにされた。

その事実をうけて、ヤウーシュ社会は激怒する。


『そんな事……許さない!』


すぐさま母星からアルカルⅢへ調査団が派遣された。


そして詳細な調査の結果、ヤウーシュ戦士を討ち取ったのが、現地で『偉大コナンなる・ザ・コナングレート』と呼ばれていたアルカル星人の若者である事。

そして同時に、基本的には脆弱なアルカル星人の中から、極めて低確率ながら。

この個体の様な、”先天的に闘争に特化した個体”が誕生してくる事などが判明。


調査団はそのような個体を『異能闘争体』と命名した。

ヤウーシュ社会は激怒する。


『アルカル星人さぁ……強かったんなら教えてよね!

 こっそり強いとか、そんな事許さないよ! ボクとも決闘しようね!』


ウキウキで”最初に発見された異能闘争体”へと会いに行く調査団。

そして目にしたのは、狩猟が下手なせいで餓死しかけている若者コナンの姿だった。


『あーっお客様! そんな死因はダメです! 困ります困ります!』


調査団、慌てて若者コナンを介抱。

そして更なる追加調査の結果、困った事実が判明した。


確かに異能闘争体は闘争に特化しているものの、飢えたり、病にかかったり、天変地異に巻き込まれると簡単に死んでしまう事。

おまけに外見で区別出来ない為、どのアルカル星人が異能闘争体なのかを事前に判別する事が困難だったのだ。


調査団は頭を抱えた。

せっかく狩るに値する獲物を見つけたというのに、このままでは狩る前に死なれてしまう。

それはヤウーシュ社会にとっての損失にも等しい。


悩んだ結果、ヤウーシュは種族としてひとつの決断を下した。

それはアルカル星人の保護だった。

誰を救えば良いか分からないなら、全部救ってしまえば良い。


その日から――


『腹減ったぁ? しゃーねーな、このムギ? だかイネ? とかいう草やるから育てろ』


『流行り病だぁ? まったく……これ飲んで暖かくしてちゃんろ寝てろ!』


『大雨で河が氾濫したぁ? じゃあココとココとココに堤防を造るから手伝えオラ!』



程なくして。


――おぉ、偉大なる我らが神よ――


遥か天空から空駆ける船によって降臨し、人類を救済する異形の存在。

そんなヤウーシュの事を、アルカル星人たちは神として崇拝しだしていた。

ヤウーシュも笑顔で対応する。


『さ、伸び伸び生きなさい。困った事があったら何でも言うといい。君たちは大事な異能闘争体候補なんだ』


異形の神は時おり、闘争に優れる生贄をアルカル星人に求めた。

アルカル星人――地球人側も、神に見いだされる事を至上の名誉と考え、進んでその身を闘争に捧げた。

生贄は神に殺され、時には神を殺す。

この人ならざる存在は、何故か人類が神殺しを達成すると酷く喜んだ。



またこの時期になると。

シャルカーズを介して、ヤウーシュはガショメズとも接点を持つようになる。

ヤウーシュはこの交易種族から、『ゼノザード』という珍しい生物を購入した。


『良い事思いついた。これアルカルⅢで増やそう』


ヤウーシュは早速、アルカルⅢの南極点にある大陸に巨大な地下神殿を建造した。

そしてアルカル星人の協力を得てゼノザードを養殖し、その神殿内へと解き放つ。

成人したばかりのヤウーシュ戦士は、『装備縛り』の状態でその神殿へ足を踏み入れ、ゼノザードを討ち取り、その証を己が身に刻んでから脱出する。


名付けて『成人の儀』。

アルカルⅢで定期開催される運びとなったこの儀式は、予約困難になる程の人気を博した。


多くのヤウーシュがアルカルⅢを訪れ、地下神殿で戯れたり、異能闘争体と戦って殺したり、あるいは殺されたりする。

アルカル星人はそんなヤウーシュの庇護下で、大体の悩みからは開放されて繁栄を謳歌する。

まさに両者両得。


ヤウーシュとアルカルⅢ、蜜月の時。

だがそんな関係も、やがて終わりを迎える事となった。

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