閑話「整備主任の憂鬱」2
「……」
サメちゃんがふら付く足取りで船外へと出てくる。
その表情は強い臭気を嗅ぎ取った猫めいた表情――フレーメン反応を思わせた。
一般にフレーメン反応とは、その動物が『笑っている』『驚いている』等の誤解を人間に与える事も多いが、特定の感情と結びついて行われるものではない。
しかしサメちゃん。
「ぷ゛しーーー!!」
タラップを降りて、くしゃみ。
「……クァマーセさん! クァマ……このゾ野郎!!」
そしてご立腹。
サメちゃんは激怒していた。
必ず、あの邪智暴虐の戦士に苦情を言わねばならぬと決意した。
だがその時既に、クァマーセは体格相応の歩幅でずんずんと遠ざかり、18番ポートから出て行ってしまうところだった。
「……ぬー!」
発散先を失った怒り。
サメちゃんは握り拳を作り、身を捩る。
「ぬーーーー!!」
尾を激しく振り回し、地面にビタンビタンと打ち付ける。
スタンピングと呼ばれる、シャルカーズにとっての『怒』の感情表現だった。
そこへ沈んだ表情の2班がやって来る。
各々の手には掃除用具が握られていた。
サメちゃんは残酷な指示を出さねばならない。
上長とは得てして、その様なものであるが故に。
「掃除よろしく……」
「「「はい……」」」
2班と入れ替わりでサメちゃんは事務所へと戻った。
そして自分のデスクに座り、頭を抱える。
18番ポートの地面に入ってしまった亀裂を修復する場合、電気設備は整備班の仕事だったが、地面そのものの修繕は宇宙港隷下の土木課に依頼を出す必要があった。
そして土木課とは業務の性質上、殆どがヤウーシュ族で構成されている。
彼らはヤウーシュ社会で戦士になれなかった落ちこぼれの、それでも他種族と比較すれば恵まれた身体能力を持った作業員たち。
そしてヤウーシュとしての例に漏れず、我が強かった。
サメちゃんの脳内に、土木課へと連絡を入れた際の反応がシミュレートされる。
――いつもお世話になっております、整備班です。18ポートの地面に亀裂が入りました。修繕をお願いいたします――
――またかよォ!!? シャルカーズさんさぁ!! 宇宙船は丁寧に扱ってもらってって、前にお願いしたよねェ!!?――
――うるさいな!! 宇宙船乗ってるのはヤウーシュでしょ!!? そっちこそ仲間に注意してよ!!――
――んだとコラァ!! やんのかコラァ!!――
結果、バッドコミュニケーション。
(うっ……しまった。別のことを言えばよかった……)
これではいけませんね。
そもそも壊したのはヤウーシュ側であって、整備班ではない。
整備班としてはヤウーシュ側への”お願い”や、啓発の為のポスター作り等々、出来る事はやっている。
そんな整備班に対し土木課が苦情を言うのは、相手を間違えているとしか言えない。
といった正論を並べ立てれば、論破する事自体は容易。
しかしそうすると今度は、シャルカーズvsヤウーシュという種族間摩擦へと問題がすり替わってしまう。
最終的には勝利するだろう。
責任者としてシャーコが出て来て、シャルカーズ側に『申し訳ない。土木課には後で制裁を加えておくので。物理的に』と頭を下げてくれるのだ。
事実、過去にそうなっていた。
ただし向こうの氏族長が出てくると、シャルカーズ側としても重役が対応せざるを得ない。
そして対応した重役は、原因が『現場の言い争い』だと知るとサメちゃんにこう言ってくるのだ。
――141.00君さぁ……もっとヤウーシュと仲良くしようよ。139.85なんだから、それくらい分かるでしょ?――
サメちゃんはこう答えるしかない。
――はぁい……――
土木課にも都合があるだろう。
戦士になれなかった階級が、現役の戦士階級へと苦情を入れられないのも分かる。
でもそれはシャルカーズ関係ないよね!!
その鬱憤をこっちにぶつけてくるの止めてくれないかな!!
という理屈よりも、感情を優先する土木課は結局、整備班へと苦情を入れてくるのだ。
哀しいかな、脳筋に正論は通じない。
サメちゃん視点で俯瞰すれば、土木課を論破して迎える結末と。
何とか
後者の方が遥かに簡単で、そして早かった。
だからサメちゃんは土木課にこう答えるのだ。
――すいませェ~ん、ちゃんと苦情は入れてるんですけど~、えへへぇ~――
――もうほんとに頼むよォ!! 次空いてんのは△△日だからその日な!! ったくよォ!!――
――お忙しいところすいませェ~ん、それでは△△日にお願いしますゥ~、それでは失礼いたしますゥ~――
そして通信を切り。
――……ぬー! ぬーー!! ぬーーー!!!――
ビタンビタンと、事務所の床にスタンピング。
ここまでが、この後の既定路線と言って良かった。
非が無いないのに責められるのは、心にくる。
思考が現実へと戻って来たサメちゃんが、べしゃりとデスクの上に崩れ落ちて嘆いた。
「つらい」
ポーン、ピロン。
その時、壁の電光掲示板から音が響いた。
同時に――
「「「ヤーーーーー!!!」」」
――事務所に残っていた3班の少女たちが歓声をあげる。
顔をあげたサメちゃんも電光掲示板を見た。
19番ポートが点灯し、『3643』と表示されている。
「……サトゥーさん」
幸せの四桁、戦士サトゥーの識別コードだった。
整備班の間でクァマーセの1145は不運扱いされているが、逆にサトゥーの3643は幸運扱いされている。
扱いが丁寧なので宇宙船の故障が少なく、何よりヤウーシュらしからぬ清潔さで船内の掃除も楽。
引き当てた日は確実に定時上がりが約束されるし、当人の性格も物腰が柔らかくて非常に紳士的。
たまに面白い土産話を聞かせてくれるし、時には本当にお土産を持ってきてくれる。
すごくいい
「「「わーサトゥーさんだーー!!」」」
3班の少女たちが我先にと事務所を飛び出していく。
「……」
本当はサメちゃんも一緒に飛び出していきたかったが本来、主任とは現場に出ないもの。
用件が無いのに軽率に出歩く訳にはいかなかった。
窓の外から閃光。
薄い雲を割って降下してきた光の塊が、ゆっくりと減速する。
そして優雅に19番ポートへと舞い降りた。
流石は幸運の3643。おまけに完璧な着地だ。
「……」
サメちゃん、そわそわ。
19番ポートを見れば、降りてきた戦士サトゥーを3班が取り囲んで何やら話をしている最中だった。
混ざりたい。
そんな事を思っていると――
「……ん?」
――3班の少女がひとり、事務所の方へと走って戻って来る。
一体何事か。
ややあって、その少女が事務所へと駆け込んできた。
「……主任! サトゥーさんが何か用事あるらしいです!」
「ヴぇ!?」
飛び上がるサメちゃん。
慌てて事務所から飛び出そうとして、急停止。
近くの壁にかけてあった鏡へと駆け寄ると、慌てて低周波帯の電波――高周波帯だと鏡の反射率が低い――で己の姿を確認した。
ツナギだが服のシワよし。髪よし。
呼びに来た少女にも確認する。
「……何か変なとこない!?」
「だいじょうぶです!」
全部よし!
建屋を飛び出すと、サメちゃんは19番ポートへと走る。
そして宇宙船の後部ハッチ近くにいた大柄な――戦士としては小柄な――ヤウーシュへと声を掛けた。
「お待たせしましたサトゥーさん! 何か私に御用だと伺ったんですけど――」
◇
「ねぇ、あれ……どう思う?」
19番ポート。
駐機している戦士サトゥーの宇宙船の下。
胴体から生えて船体を支えている脚部の陰から、ひとりのシャルカーズの少女――髪が緑色の――がにょっきりと顔を出した。
その視線の先には、シャルカーズ整備班の主任である141.00が立っている。
戦士サトゥーから渡されたお土産を大事そうに抱え、19番ポートから出ていくサトゥーの後ろ姿を見送り続けていた。
緑髪の少女の顔の下に、二人目――赤色の髪の少女がニュっと顔を出す。
そして言った。
「……恋だな」
さらにその下、三人目の少女――髪が桃色――も脚部の陰から顔を出すと続ける。
「……恋、かなぁ?」
3人の少女は脚部の陰から頭を出している順に、上からミドリ、アカ、ピンクとお互いの事を呼び合っている。
本来の名前――周波数で表される――は勿論違うが、主任が戦士サトゥーから『サメちゃん』と呼ばれる様になってから、整備班では『異種族風のあだ名』を付け合うのが流行っていた。
3人はそれぞれ、互いの髪の”イロ”をあだ名にしている。
尤も他種族の眼球レンズが捉えているという電磁波”イロ”を、彼女たち自身は視えていないのだが。
アカが言った。
「間違いないね、ありゃあ恋だよ」
「でも……サトゥーさんってヤウーシュだよ?」
種族を気にするピンクに、ミドリが答える。
「別にそれは平気だよ。異種族だって結婚は出来るし」
「え……そうなの?」
「うん。まぁ手続きが2倍必要で面倒くさいってのはあるけど」
「あぁ、そりゃあな。両種族への届け出が必要だもんなぁ」
うんうんと頷くアカが、ふと思い立った疑問を口にした。
「異種族同士で子供って作れるのか?」
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