閑話「整備主任の憂鬱」1

ヤウーシュ母星、ヒッジャ記念宇宙港。

その敷地の一角に、整備班の事務所はある。


天井灯で煌々と照らされている事務所の中には、作業着を着ているシャルカーズの少女達がいた。

現在は整備の輪番待ちをしている『2班』と『3班』が待機している。

そして事務所の一番奥には139.85主任の机があり、そこでデスクワークをしているのが141.00サメちゃんだった。


ふとサメちゃんが顔を上げると言った。


「あ、配達来たみたい」


ややあって事務所の扉が開く。

そして廊下から入室してきたのは、交易種族のガショメズ――サトゥーが見たら中世ヨーロッパの全身鎧を連想するだろう姿の――だった。

ガショメズが挨拶をする。

会話のガショメズではシャルカーズと会話出来ない為、口元にシュノーケルのような部品――発言内容を電波へと変換する翻訳機――を装着していた。


≪まいどー! 荷物の配達に……って部屋暗いな!?≫


足を止めるガショメズ。

部屋が暗い、と言われた少女たちはお互いの顔を見合わせ、次に天井を見上げた。

天井灯は煌々と灯り、部屋は明るい。

一体どういう意味だろうか。もしやこれはガショメズジョークなのか。


サメちゃんが反応した。


「あ……もしかして補助灯切れてます?」

≪切れてまっせ! 部屋暗いですわ! だけど泣かないで……暗い暗い暗い暗い、Don't Cry!≫

「「「……」」」


沈黙。


≪……今日は分子吸着ラバー付きの靴履いて来たんやけど、もう少しで滑るとこやったで!≫

「「「……」」」

≪……電子ハンコ頼むわ≫

「はい」


受け渡しを終えたガショメズ、逃げるように退室。

それを見送るサメちゃんに、近くにいた2班の少女が問いかけた。


「主任、ガショメズの人が言った”暗い”ってどういう事ですか?」

「あぁ……ほら、この部屋の明かり、シャルカーズ向けだから――」


サメちゃんが天井灯を見上げながら説明した。


「――波長の長い”電波”を使ってて、私たちのだと明るくても他種族には視えない。

 逆に他種族が明るいと感じる光だと、私たちには波長が短すぎて視えない。

 だから全種族が明るい様に、天井灯の横にあるランプ分かる?」

「隣の、あの小さい?」

「そう、あれは補助灯って言って、確か波長が600nmナノメートルだったかな?

 ”キイロ”っていう電磁波が放出されてて、部屋を照らしてる……筈だったんだけど切れてたみたい。視えないから気づかなかった。総務に言って交換してもらわないと」

「へぇ~。”キイロ”ってどんな色なんでしょうね」


補助灯を見上げながら言った少女に、サメちゃんが苦笑しながら答えた。


「私たちの目は他種族みたいにレンズ構造になってないからね……どんな感覚質クオリアなんだろうね」


ふと、逆の位置にいた3班の少女が会話に入ってくる。


「それにしても主任、ガショメズの人が部屋入って来る前によく気が付きましたね」

「あぁ、ほら。私の目――」


サメちゃんが目――スイカ器官からバチバチと電弧を放出し、得意げに言った。


「――低周波帯もそこそこ拾えるから、壁の向こうとか視えるんだよね。

 だから人目が無いって安心してサボってたりするの……結構視えてたり」

「「「……!」」」


その発言に、2班と3班の何人かがビクっと首を竦めた。

どうやら心当たりがある模様。


唐突にその時、事務所の壁からポーンと音が鳴った。

一斉に少女たちの視線が集まる。

そこの壁にはホワイトボードの様なものが掲げられていた。

他種族からすれば表面が白一色で何も書かれていないそれは、表面のナノマテリアルを操作する事で電波の反射率を変え、シャルカーズが読める文字を表示する『電光掲示板』だった。


そこの18番と書かれた欄が点灯する。

18番ポートに宇宙船が降下する事を示していた。

そして本来は即座に識別コード――誰の宇宙船かが表示されるのだが、一向にされない。


「「「……」」」


それを見ている2班の表情が沈んでいき、逆に――


「「「……!」」」


――3班の表情が輝き始めた。


手順に則れば識別コードの送信は、着陸申請と同時に行われる。

それがされていないという事は、考えられる理由はふたつ。

機械的なトラブルか、もしくは乗っているのが手順すら真面に守れない問題児か。


ピロンという音と共に、識別コード『1145』が表示される。

それはスーパーハイパーエリートな輝ける数字。


「「「あ゛ーーーーー!!」」」


2班が悲鳴を上げ――


「「「ウェーーーーイ!!」」」


――3班が歓声をあげた。


整備班の間で、上級戦士クァマーセの宇宙船は出来れば担当したくない”外れくじ”扱いされている。

使い方が荒いので故障が多いし、何より非常に『汚い』。

担当する日は残業確実の不運でぇい。それが輝ける数字1145だった。


「まぶしっ」


窓の外から光が差し込んでくる。

サメちゃんは立ち上がると窓に近づた。

目を細めて窓の外、雲量の多い空を見上げる。


雲は電波の反射率が低いため、シャルカーズ目線では空を遮るものではなく、他種族にとっての霧に近い。

その霧の向こうから、光る球体が降下してきた。

大量の、かつ強力な電波を絶えず垂れ流している宇宙船は、スイカ器官からすると小さな太陽にも見える。


その小さな太陽が、殆ど減速する事なく地上に近づいて来た。


「あ、まさか――」


狼狽するサメちゃん。

そして。


ドーン、と衝撃音。

殆ど墜落の勢いで、宇宙船が大地に衝突した。

何たるスーパーハイパーエリート着陸か。


「あ゛ーーーーー!!」


絶叫するサメちゃん。

思わず走り出していた。


「あのゾエ野郎ーー!!」


事務所を飛び出し、18番ポートへ。


惨状が広がっていた。

宇宙船を中心に、地面には蜘蛛の巣状の亀裂が入ってしまっている。

埋設ケーブルは間違いなく断線しているし、重力リフト等の地下設備もダメージを受けているかもしれない。

それを点検し、修理し、整備する。

もはや既に気が重かった。


宇宙船の後部ハッチが開いた。

タラップを降りてくるのは上級戦士クァマーセ。

この大惨事を引き起こした張本人は、一体どんな顔をしてやがるのか。


≪――おう、出迎えご苦労!!≫


意外、それは笑顔。

何わろてんねん。咬むぞ。


≪へへっ、どうだ凄ェだろ? このトロフィーな、氷の惑星で――≫

「ちょっとクァマーセさん!! 着陸は静かにやってくださいってお願いしてましたよね!!?」

≪――あァ?≫


骨の事などどうでもよい。

サメちゃんは激怒した。

必ず、この邪智暴虐の着陸を正さねばならぬと決意した。


サメちゃんにはヤウーシュ文化が分からぬ。

サメちゃんはシャルカーズの整備主任である。

電弧を放ち、宇宙船を整備して暮して来た。

けれども修理に対しては、人一倍に敏感であった。


地面を指さしながら声を張り上げる。


「前も! 説明したと! 思いますけど!!

 発着場の地面の下ってケーブル通ってるんです!! 壊されると直すの私たちの仕事なんですけど!!?」

≪……≫


クァマーセが何やら不機嫌そうな表情を浮かべた。


サメちゃん激おこプンプン号。

クァマーセの反省の見られない態度。

そもそもからして、このヤウーシュは日頃から船内の使い方がなっていない。


日頃ため込んでいた鬱憤が、ここぞとばかりに吹き出してきた。


「それと! クァマーセさんってトロフィーの加工作業、ロビーでやってますよね!?

 掃除するのが凄く大変なんです!! 工作室使ってください! ポスター見ませんでしたか!?≫ 

≪……るっせェェェ!!≫

「わっ!?」


大柄なヤウーシュの激昂。

サメちゃんは思わず飛び上がってしまった。

クァマーセがそのまま、サメちゃんを無視して歩き出す。


だがここで退いてなるものか。

サメちゃんはその後に続いた。


「うるさいって何ですか! 氏族長さんから通達行ってますよね!?

 他の戦士さんはちゃんとルール守ってくれてます! サトゥーさんなんか工作室すら綺麗なんですよ、少しは見習ってください!」


そこまで言ったところで――


「って、臭い!?」


――強烈な悪臭と刺激臭が鼻を突いた。


そういえば。


サメちゃんはクァマーセを見上げる。

その後ろ姿、肩に何か担いでいた。

生物の頭蓋骨。ヤウーシュ族にとってのトロフィー。

恐らくは加工したての。


「……まさか!?」


サメちゃんは宇宙船へと戻る。

そしてタラップを駆け上がり、船内ロビーへと飛び込んだ。


死臭。

腐臭。

アンモニア臭。

ロビーのテーブル、椅子、あらゆる備品が汚損。

被害は扉の閉まっていなかった各部屋にも及んでいた。


仮眠室はベッドもシーツも尿で汚れ。

給湯室の壁はゼノザードの皮と肉で現代アート。

工作室から持ち出された各種工具が、片づけられる事なく床の上に転がっている。

超振動メスは尿溜まりに沈み、回転ブラシは肉片塗れの体液ディップ状態。


悪夢のような光景。

それを見て、サメちゃんは言いました。


≪に゛ゃ゛ーー!!≫

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