閑話「整備主任の憂鬱」1
ヤウーシュ母星、ヒッジャ記念宇宙港。
その敷地の一角に、整備班の事務所はある。
天井灯で煌々と照らされている事務所の中には、作業着を着ているシャルカーズの少女達がいた。
現在は整備の輪番待ちをしている『2班』と『3班』が待機している。
そして事務所の一番奥には
ふとサメちゃんが顔を上げると言った。
「あ、配達来たみたい」
ややあって事務所の扉が開く。
そして廊下から入室してきたのは、交易種族のガショメズ――サトゥーが見たら中世ヨーロッパの全身鎧を連想するだろう姿の――だった。
ガショメズが挨拶をする。
≪まいどー! 荷物の配達に……って部屋暗いな!?≫
足を止めるガショメズ。
部屋が暗い、と言われた少女たちはお互いの顔を見合わせ、次に天井を見上げた。
天井灯は煌々と灯り、部屋は明るい。
一体どういう意味だろうか。もしやこれはガショメズジョークなのか。
サメちゃんが反応した。
「あ……もしかして補助灯切れてます?」
≪切れてまっせ! 部屋暗いですわ! だけど泣かないで……暗い暗い暗い暗い、Don't Cry!≫
「「「……」」」
沈黙。
≪……今日は分子吸着ラバー付きの靴履いて来たんやけど、もう少しで滑るとこやったで!≫
「「「……」」」
≪……電子ハンコ頼むわ≫
「はい」
受け渡しを終えたガショメズ、逃げるように退室。
それを見送るサメちゃんに、近くにいた2班の少女が問いかけた。
「主任、ガショメズの人が言った”暗い”ってどういう事ですか?」
「あぁ……ほら、この部屋の明かり、シャルカーズ向けだから――」
サメちゃんが天井灯を見上げながら説明した。
「――波長の長い”電波”を使ってて、私たちの
逆に他種族が明るいと感じる光だと、私たちには波長が短すぎて視えない。
だから全種族が明るい様に、天井灯の横にあるランプ分かる?」
「隣の、あの小さい?」
「そう、あれは補助灯って言って、確か波長が600
”キイロ”っていう電磁波が放出されてて、部屋を照らしてる……筈だったんだけど切れてたみたい。視えないから気づかなかった。総務に言って交換してもらわないと」
「へぇ~。”キイロ”ってどんな色なんでしょうね」
補助灯を見上げながら言った少女に、サメちゃんが苦笑しながら答えた。
「私たちの目は他種族みたいにレンズ構造になってないからね……どんな
ふと、逆の位置にいた3班の少女が会話に入ってくる。
「それにしても主任、ガショメズの人が部屋入って来る前によく気が付きましたね」
「あぁ、ほら。私の目――」
サメちゃんが目――スイカ器官からバチバチと電弧を放出し、得意げに言った。
「――低周波帯もそこそこ拾えるから、壁の向こうとか視えるんだよね。
だから人目が無いって安心してサボってたりするの……結構視えてたり」
「「「……!」」」
その発言に、2班と3班の何人かがビクっと首を竦めた。
どうやら心当たりがある模様。
唐突にその時、事務所の壁からポーンと音が鳴った。
一斉に少女たちの視線が集まる。
そこの壁にはホワイトボードの様なものが掲げられていた。
他種族からすれば表面が白一色で何も書かれていないそれは、表面のナノマテリアルを操作する事で電波の反射率を変え、シャルカーズが読める文字を表示する『電光掲示板』だった。
そこの18番と書かれた欄が点灯する。
18番ポートに宇宙船が降下する事を示していた。
そして本来は即座に識別コード――誰の宇宙船かが表示されるのだが、一向にされない。
「「「……」」」
それを見ている2班の表情が沈んでいき、逆に――
「「「……!」」」
――3班の表情が輝き始めた。
手順に則れば識別コードの送信は、着陸申請と同時に行われる。
それがされていないという事は、考えられる理由はふたつ。
機械的なトラブルか、もしくは乗っているのが手順すら真面に守れない問題児か。
ピロンという音と共に、識別コード『1145』が表示される。
それはスーパーハイパーエリートな輝ける数字。
「「「あ゛ーーーーー!!」」」
2班が悲鳴を上げ――
「「「ウェーーーーイ!!」」」
――3班が歓声をあげた。
整備班の間で、上級戦士クァマーセの宇宙船は出来れば担当したくない”外れくじ”扱いされている。
使い方が荒いので故障が多いし、何より非常に『汚い』。
担当する日は残業確実の不運でぇい。それが輝ける数字1145だった。
「まぶしっ」
窓の外から光が差し込んでくる。
サメちゃんは立ち上がると窓に近づた。
目を細めて窓の外、雲量の多い空を見上げる。
雲は電波の反射率が低いため、シャルカーズ目線では空を遮るものではなく、他種族にとっての霧に近い。
その霧の向こうから、光る球体が降下してきた。
大量の、かつ強力な電波を絶えず垂れ流している宇宙船は、スイカ器官からすると小さな太陽にも見える。
その小さな太陽が、殆ど減速する事なく地上に近づいて来た。
「あ、まさか――」
狼狽するサメちゃん。
そして。
ドーン、と衝撃音。
殆ど墜落の勢いで、宇宙船が大地に衝突した。
何たるスーパーハイパーエリート着陸か。
「あ゛ーーーーー!!」
絶叫するサメちゃん。
思わず走り出していた。
「あのゾエ野郎ーー!!」
事務所を飛び出し、18番ポートへ。
惨状が広がっていた。
宇宙船を中心に、地面には蜘蛛の巣状の亀裂が入ってしまっている。
埋設ケーブルは間違いなく断線しているし、重力リフト等の地下設備もダメージを受けているかもしれない。
それを点検し、修理し、整備する。
もはや既に気が重かった。
宇宙船の後部ハッチが開いた。
タラップを降りてくるのは上級戦士クァマーセ。
この大惨事を引き起こした張本人は、一体どんな顔をしてやがるのか。
≪――おう、出迎えご苦労!!≫
意外、それは笑顔。
何わろてんねん。咬むぞ。
≪へへっ、どうだ凄ェだろ? このトロフィーな、氷の惑星で――≫
「ちょっとクァマーセさん!! 着陸は静かにやってくださいってお願いしてましたよね!!?」
≪――あァ?≫
骨の事などどうでもよい。
サメちゃんは激怒した。
必ず、この邪智暴虐の着陸を正さねばならぬと決意した。
サメちゃんにはヤウーシュ文化が分からぬ。
サメちゃんはシャルカーズの整備主任である。
電弧を放ち、宇宙船を整備して暮して来た。
けれども修理に対しては、人一倍に敏感であった。
地面を指さしながら声を張り上げる。
「前も! 説明したと! 思いますけど!!
発着場の地面の下ってケーブル通ってるんです!! 壊されると直すの私たちの仕事なんですけど!!?」
≪……≫
クァマーセが何やら不機嫌そうな表情を浮かべた。
サメちゃん激おこプンプン号。
クァマーセの反省の見られない態度。
そもそもからして、このヤウーシュは日頃から船内の使い方がなっていない。
日頃ため込んでいた鬱憤が、ここぞとばかりに吹き出してきた。
「それと! クァマーセさんってトロフィーの加工作業、ロビーでやってますよね!?
掃除するのが凄く大変なんです!! 工作室使ってください! ポスター見ませんでしたか!?≫
≪……るっせェェェ!!≫
「わっ!?」
大柄なヤウーシュの激昂。
サメちゃんは思わず飛び上がってしまった。
クァマーセがそのまま、サメちゃんを無視して歩き出す。
だがここで退いてなるものか。
サメちゃんはその後に続いた。
「うるさいって何ですか! 氏族長さんから通達行ってますよね!?
他の戦士さんはちゃんとルール守ってくれてます! サトゥーさんなんか工作室すら綺麗なんですよ、少しは見習ってください!」
そこまで言ったところで――
「って、臭い!?」
――強烈な悪臭と刺激臭が鼻を突いた。
そういえば。
サメちゃんはクァマーセを見上げる。
その後ろ姿、肩に何か担いでいた。
生物の頭蓋骨。ヤウーシュ族にとってのトロフィー。
恐らくは加工したての。
「……まさか!?」
サメちゃんは宇宙船へと戻る。
そしてタラップを駆け上がり、船内ロビーへと飛び込んだ。
死臭。
腐臭。
アンモニア臭。
ロビーのテーブル、椅子、あらゆる備品が汚損。
被害は扉の閉まっていなかった各部屋にも及んでいた。
仮眠室はベッドもシーツも尿で汚れ。
給湯室の壁はゼノザードの皮と肉で現代アート。
工作室から持ち出された各種工具が、片づけられる事なく床の上に転がっている。
超振動メスは尿溜まりに沈み、回転ブラシは肉片塗れの体液ディップ状態。
悪夢のような光景。
それを見て、サメちゃんは言いました。
≪に゛ゃ゛ーー!!≫
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